第5章  1973年 プラス10 - 始まりから10年後 〜 4 告白(2)

 4 告白(2)

 



 剛志はそんな節子が落ち着くのを待って、囁くように、頭にあった問いを節子に向けて口にする。

「お子さんは、女の子、だったんですか?」

 節子が黙ったまま頷くと、

「お名前は……?」とだけ言って、彼女からの返事を待った。

 すると、剛志の顔を見上げるようにして、

「ゆうこ、と言います」

 そっと静かに、節子はそう言い返す。

 我ながら、ずいぶん安直な発想をしたものだった。

 女の子で養護施設、さらに裕福な家庭と来たものだから、桐島勇蔵から聞かされた〝智子〟の話と結びつけてしまった。

 そもそも節子には、どことなく智子に似ているところがある。

 だからもしかしたら……智子の母親? などと、この時一瞬思ったが、そんな偶然がそうそうあっていいはずがない。

 ――でも、智子の本当の母親も、きっとこんな感じの人なんだろうな……。

 剛志の知っていた智子の母も美しい人だった。知的な感じのする美形タイプで、もちろん智子も節子も美人の方だ。

 ただ二人の場合はどちらかといえば、可愛らしさの方が優っている気がする。それはまさしく剛志にとっての幸いで、もしもそんな彼女と暮らせれば、天にも昇る気持ちだろう。

 ――もしよかったら、ここで一緒に暮らしませんか? 

 あの時、あまりに突然、予想もしない言葉に驚きまくった彼に向け、節子はさらに続けて言ったのだった。

「あ、もちろん、嫌ならはっきり断ってください。わたしはね、いろんなことが言えないまま生きてきちゃって、これ以上、そんな後悔したくないって思ってる。だから、思ったことはすぐにちゃんと伝えようって決めてるの。だからね、そちらも思った通り言ってくださって、本当に、ぜんぜん構いませんから……」

そんな声に内心、踊り出したいくらいに嬉しかった。

 しかし実際にそうするかどうか、一時の喜びだけで決められるものじゃない。

 だから今日はこのままマンションに帰って、明日またこの時間に訪ねてもいいかと声にした。

 ――彼女と一緒に、俺はこの時代で幸せになる!

 そして屋敷からの帰り道、彼は素直にそう思えるようになっていた。

 しかしそうなるためには、クリアしなければならないことがある。

 さらにきっと、節子も同じように考えて、次の日、剛志がやって来るなり過去を話し出したに違いない。

「わたしにはね、両親はおろか、兄弟、親戚だって人っ子ひとりいないの。親しい友人だってほとんどいない。まさに天涯孤独って身の上よ。だからここまで来るのに、いろんなことをして生きてきたわ。女も使ったし、いかがわしいことだって、正直やったこともある。でもね、なんと言っても最悪だったのは、わたしはこの手で、自分の子供を捨てたってことなの……」

 丁寧だった言葉遣いが少しくだけて、彼女はそんな出だしで昔の話を語り出した。

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