第3章  1983年 プラス20 – 始まりから20年後 〜 6 タイムマシンと乱入者

 6 タイムマシンと乱入者

 



 あと少しで正午という頃、二人は再びあの場所にいた。

 ところがだ。岩の前に立ったはいいが、すべきことがわからない。

 確かに、目の前には何かがあった。顔を左右に動かしつつ見れば、そこだけ景色が歪んで見える。陽の光のせいなのか、さらに五、六メートルも離れれば、球体という形までがちゃんとわかった。

「さて、参ったな……どうやったら出てくるんだろう?」

 知らぬ間に消え去った入り口、そこから伸びていた階段はどうやったら現れるのか?

「あれって、気がついたら消えていて、知らないうちにまたすぐに現れた。もちろんわたしは何もしてないし、伊藤さんが何かしたのかもしれないけど、わたしには、それがなんだったのかわからない。でもきっと、何か、してたはずよね……」

 剛志の疑問にそう返し、智子はゆっくり岩の周りを歩き始める。そうして剛志の真反対に立って、少しだけ大きい声で言ってきた。

「こっちからでも、そっちがちゃんと見えるのね。ここから剛志さんがいるのがはっきりとわかるわ。でも、実際より少し遠くにいるような感じかな。じっと見ていると、ここに水が浮いているって感じがしない? 透明な液体が浮かんでて、それを通して見たら、きっとこんな感じじゃないかしら?」

 智子はそう言ってから、前にある何かに向け、恐る恐る手を差し出した。

 もちろんそんな姿は剛志からも見える。彼女の指先がゆっくりと、揺らめきながらこちらを向いた。すると次の瞬間だ。

 ――出た! 出たぞ!

 思わず口に出そうになって、剛志は慌てて心の中だけでそう叫ぶ。

 智子が指を近づけた途端、ほぼ同時というくらいに現れたのだ。

 四角い銀色の板がフッと浮かんで、あっという間に溶け出すように形を変える。そのまま地上三十センチくらいにまで伸びてきて、やがて昨日と同様階段になった。

「智ちゃん、出たよ、出た!」

 剛志はなぜか小さな声で、智子にその出現を知らせようとする。しかし声は智子に届かず、それでもそんな変化は彼女の目にも映っていたらしい。

「どうして? 剛志さん、何をしたの?」

 慌てて戻ってきた智子も、剛志の耳元で囁くようにそう聞いてくる。

「いや、僕じゃない。きっと、智ちゃんだって」

「え、わたし、何もしてないよ」

「さっき、こっちの方に手を向けただろ? きっとあれだよ……」

「でも触ってないよ。確かに手は近づけたけど、ホントに触るなんて、怖いもの……」

 しかしそれでも、あれは彼女の存在を知ったのだ。

 智子の話では、伊藤は智子を抱きかかえたまま乗り込んだという。搭乗者が一定の距離に近づくと、自動で入り口が出現するようになっている。そうすれば、両手が塞がっていても乗り込めるだろうし、智子は実際、伊藤に続く、れっきとした搭乗者なのだ。

 そして時間移動が終わったら、黙っていても出口は開く。智子の話からすればそんな感じが想像できるし、とりあえずこれで、中の様子を見ることはできるが……、

 ――記憶された人間以外が乗ると、爆発するなんてこと、ないだろうな……?

 そんな恐怖を感じながら、剛志は恐る恐る階段一つ目に足をかけた。

 幸い、心配を裏切るしっかりした階段で、揺れもしなければ滑りもしない。あっという間に天辺まで上がって、難なく不思議な空間に入ることができる。

 すると智子が言っていたように、すぐに空間全体が明るくなった。

 しかしどこを見回しても照明らしいものはなく、どうやら壁そのものが優しい光を放っているようだ。見事に殺風景な空間で、唯一その中央に椅子らしきものは確かにある。

 ところが見たところ、どうにも座り心地は良さそうじゃない。階段に変化したやつとおんなじ物質なのだろう。碁石を大きくしたようなのが銀色に光って、なんの支えもなくポッカリ空間に浮かんでいる。

 ――こんなものに、本当に座れるのか?

 そんなことを思っていると、不意に背後から声が聞こえた。

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