第3章  1983年 プラス20 – 始まりから20年後 〜 5 過去と未来(5)

 5 過去と未来(5)




 それでも国立競技場の上空は、剛志の住んでいた町から二十キロ以上離れている。

 ブルーインパルスが描き出したスモークの五輪が、あの時本当に見えたのかどうか、今となってはかなり怪しい感じがした。

 だとしてもだ。あの年に、オリンピックは開催された。

 昭和三十九年、西暦1964年に東京オリンピックは開催され、日本はアメリカ、ソビエトに続いて金メダル十六という偉業を達成。たった十五日間のことだったが、日本中が本当に盛り上がっていたのだ。だから金メダルの獲得数は知らなくても、オリンピックがあったという事実を知らないなんて、普通はない。

 一方確かに、昭和十五年に予定されていたオリンピックは、支那事変の影響やらで中止にはなった。彼はそれだって知っていたろうに、その後のオリンピックまでが中止になるとなぜ言ったのか?

 支那事変は確か、昭和十二年の七月に始まった。

 それからちょうど一年後、昭和十三年にオリンピック中止が決定する。

 剛志はそんな史実を心に思って、昭和十三年とは、終戦年の何年前かを思い浮かべた。

戦後二年でこの世に生を受けたせいで、剛志は何かというと、終戦年を基準に考えてしまう癖がある。

 終戦は昭和二十年夏のことだから、つまり中止になったのはその七年前だ。

 そう思ったのに続いて、慣れ親しんだ西暦がフッと頭に思い浮かんだ。1945年の七年前、そんな数字が浮かんだその時、ストンとある想像が降って湧いた。

 ――まさか勘違い、だったのか……?

 あの火事は、昭和三十八年の三月だ。だから伊藤がオリンピックを話題にしたのも、同じ三十八年だということになる。

 戦前のオリンピックが中止になったのが、昭和十三年である1938年。

 ――もしも1938年と、昭和三十八年を取り違えたんだとしたら……。

 戦前の騒ぎと混同したなら、中止と言い切ったところで不思議じゃない。

 そして、彼はさらに言っているのだ。

「でも大丈夫、日本ではあと四回も開催されるからね。二回は東京で……」

 その後の二回は、なんと東京以外で開催されると断言する。

 つまり四回のうちの一回は、きっと三十九年に行われたものだ。そしていつのことかはわからないが、少なくとも智子が年老いてしまう前に、もう一回東京オリンピックが開かれる。ならば剛志だって生きているだろうし、今度こそ、二度目のオリンピックを間近で観戦できるのかもしれない。

 きっと、そういうことなのだ。

 伊藤は大いなる勘違いを犯した。

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