第3章  1983年 プラス20 – 始まりから20年後 〜 5 過去と未来(4)

 5 過去と未来(4)

 



 ところがこれはそうじゃなかった。〝αデジタル〟という最新式で、シンプルなモニター風のデザインに、ツマミなんてどこにも付いてない。さらに画期的だったのは、着脱式なんかじゃない無線リモコンに、MSXパソコンと接続可能なRGB端子を搭載していることだ。

 智子が知っているリモコンと言えば、模型を動かす時のラジコンくらいのものだろう。

 剛志はテーブルに置かれていたリモコンを手に取り、早速テレビ電源のスイッチを入れた。

 いきなり画面が明るくなって、智子が驚いて剛志の方を振り返る。そしてそのまま、手にあるリモコンを手渡そうとした時だった。

 そんな時ちょうど、テレビから聞き覚えのある音楽が響き渡った。

 たまたまチャンネルがNHKで、「ニュースセンター9時」のオープニングシーンが映し出される。その途端、智子がテレビに顔を向け、驚きの声をあげたのだった。

「え! これって天然色なんですか? すごいすごい、すごく綺麗! でも、今やってるのってニュースですよね? なのに、白黒じゃないなんて、なんかもったいなくないですか? 今はもう、そんなことないのかな?」

 そう言いながらも、顔はテレビを向いたままだ。

 あの頃、テレビはもちろん白黒だった。それでも邦画などでは少しずつ、総天然色のカラー作品も制作されるようになっていた。ただしカラーの作品を作るには、比べ物にならない費用がかかる。そんな事情を当時の人も知っていて、だから智子もそんなことまで考えたのだろう。

 それから剛志は、智子を連れて自宅マンションを説明して回った。

 すると智子は何を見ても、それなりにしっかりと驚いてくれる。さすがに発売されたばかりのウォシュレットではなかったが、洋式で水洗ってだけで智子は目を丸くした。そうしてバスルームまでを見終わって、彼女がポツリと言ったのだ。

「わたし、伊藤さんから聞いていた話、ぜんぶ噓っぱちだと思ってたんです。だけど、もしかしたらあれって、本当のことだったんでしょうか?」

「何? 伊藤さんから、何か聞いてたの?」

「はい……でも、とても信じられるような話じゃなかったんです。でも今、実際わたしの身に起きていることを考えたら、本当なのかもって、少し、思ったりして……」

 智子はさらにそう続け、伊藤から聞いたという話をポツリポツリと話し出した。

 そして今、絨毯に座りっぱなしでテレビに夢中になっている。簡単な夕食を終えてから、もうかれこれ二時間以上テレビの前から離れていない。

 ただ食事中、智子は両親のことなどいろいろ聞いた。

「ごめん、本当にご両親のことは知らないんだ。きっと調べれば、すぐに引っ越し先もわかるはずだよ」

 そんな言葉を返した途端だ。

「あの、いいですか? そもそもあなたは、伊藤さんと、どういうお知り合いなんですか? だいたい、あなたの名前だって、わたし聞いてないし……」

 そう言って、剛志の顔をジッと見つめた。

 この時、剛志はとっさに浮かんだ名前をあげて、

「ごめん、そうだね、名前も言ってなかったな。僕は鈴木……鈴木角治って言います。それで、本当に僕は、ご両親のことは何も知らないんだ。でも決して怪しい者じゃない。本当に、伊藤さんから直接頼まれたんだから……智子ちゃんを、頼むってさ……」

 嘘とホントの半分ずつくらいを必死になって声にした。

 これだけで、智子が納得したかはわからない。ただそれでも、彼女はほんの一時黙った後に、急に顔を上げて剛志に向かって聞いたのだった。

「テレビ、見てもいいですか?」

 それから智子は、〝欽ちゃんのどこまでやるの〟に大笑いして、今は〝特捜最前線〟という刑事ドラマを食い入るように見つめている。その間、剛志はソファーに腰を下ろし、さっき聞いたばかりの話について考え続けた。


 まるで学者のような見識かと思えば、ごくごく一般的な知識が欠けていたりする。

 彼の時代には呼び方自体が変わったのか、沖縄という地名さえ出てこなかったらしいのだ。

 もしかしたら、現代とは比べものにならないくらい専門性が進んでいて、そんな常識など必要としないのか……。

 どちらにしても、伊藤が未来人であるのは疑いようがないだろう。

 それでも、どうにもおかしいと感じることがある。

 中止にならないオリンピックを、どうして中止になると言ったのか……?

 あの事件の翌年、確か十月の土曜日だったと思う。剛志は開会式の中継を一目見ようと、珍しく寄り道せずにまっすぐ家に帰っていた。まだまだ事件のショックを引きずってはいたが、日本で開かれるオリンピックにワクワクしていたのも事実だった。

 家に帰るなり14インチテレビにかじり付き、開会式が始まるのを今か今かと待ったのだ。

 この時の興奮を、剛志は一生忘れないと思う。

 昭和天皇の開会宣言の後、国立競技場の上空に五輪の輪っかが浮かび上がった。

スタジアム上空三千メートルに、五色のスモークによって五輪の輪が! ――と、こんな感じのアナウンスを聞いて、彼は矢も盾もたまらず表に飛び出したのだ。母親の草履を突っかけて、商店街を抜け川土手までを必死に走った。そして土手の上から目を凝らし、遠く空の向こうに確かに見えた。

 見えた! 見えた! この喜びを早く誰かに伝えたい。

 そんなワクワクいっぱいで、剛志は来た道をさっき以上に慌てて戻った。

 店の方から飛び込んで、仕込み中だった正一へ喜び勇んで告げたのだった。

「見えた! 国立競技場の輪っかが、土手の上からもちゃんと見えたよ!」

 この時、店のテレビも点いていて、剛志の言っている意味がわかったのだろう。正一はほんのちょっと顔を上げ、「ほお、そうか」と嬉しそうに声にした。

 今になって思えば、高校二年生の割にずいぶん純粋だったと思う。しかしあの頃は剛志だけでなく、学校中みんなが同じように興奮していた。日本中の老若男女が、オリンピックに酔いしれていたように思うのだった。

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