第2章  1983年 プラス20 – 始まりから20年後 〜 1 児玉剛志

    第2章  1983年 プラス20 – 始まりから20年後 



   昭和三十八年に起きた火事現場で、いったい何が起きていたのか? 

      伊藤博志は何者で、智子はどうなってしまったのか? 

        二十年経っても、すべては謎のままだった。

   



 1 児玉剛志


「おい、智子!」

 剛志は坂の下から、何度もそう呼びかけたのだ。

 けれど智子はまるで気づかず、そのままさっさと走って消えた。

 その日、児玉亭の客から林が火事と聞いて、剛志はジッとしていられなくなる。

 すぐに「行ってくるよ!」と大声をあげ、傘も差さずに飛び出したのだった。そして林への最短コースである急坂を見上げて、ずっと上を伊藤が走っているのに気がついた。やがて坂を上がり切った伊藤が視界から消えて、そこへ入れ替わるように智子の姿が現れる。

 ――こんな雨の日に、二人して何コソコソしてやがんだよ!!

 剛志は最初、こんなことを素直に思ったのだ。だから気づかれぬよう二人を追いかけ、とことんついて行こうと考える。ところがすぐに、そもそも二人は一緒じゃないと気がついた。さらになんということか、二人は次々、剛志の知らない他人の家に入り込んでしまうのだった。

 こうなるともう火事どころの騒ぎじゃない。

 間違いなく今、あの二人に何かが起きている。

 それがなんなのかまるで知らず、となれば放っておけるはずがない。だから何度もジャンプを繰り返し、身体を擦りつけながらなんとか塀を飛び越えた。

 ところがそこで彼にだけ、新たな苦難が降りかかるのだ。

「こら! そこで何をしている!」

 走り出そうとした途端、いきなり怒号が響き渡った。

 声のした方に顔を向けると、中年の男が目に入る。彼は縁側に立っていて、明らかに怒った顔で剛志を睨みつけていた。

 さらに前を向けば、智子が開きっ放しの傘を塀の向こう側へ放り投げているところだ。

 そんな認知をした瞬間、剛志の判断は素早かった。

 睨んでいる男のもとに走り寄って、何よりまずは頭を下げる。

「勝手に入ってすみません! 実はあっちの林が火事なんです」

 そう言ってから顔を上げ、思いっきり申し訳なさそうな顔をした。

「だから俺、どの辺まで燃えているかが知りたくなって、それでつい、勝手にここに入り込んじゃいました。本当にすみません!」

 裏の林が火事だと聞けば、きっと少しは慌てるだろう。

 そんな剛志の予想は思った以上に当たるのだった。

「林が火事?」

「はい、ほら、向こうから煙が出てますよ……あっちです、ほら、あっち! あっち!」

 そう続けると、男は指差した辺りに目を向けて、あっという間に剛志のことを忘れ去った。

 いきなり踵を返し、何事かを叫びながら家の中に入って消える。そんな声を聞きながら、剛志は奥の方の塀まで思いっきり走った。勢いよくテーブルに飛び乗って、そのまま塀の上目がけてジャンプする。

 ところが勢いがありすぎたのだ。腹辺りを塀の上にのせるつもりが、勢い余って塀の先までいってしまった。クルッと身体が反転し、「まずい!」と思った途端、ガツンとけっこうな衝撃だ。

 気づいてみれば、落ち葉の上で大の字になっている。そしてその時、まさか気を失っていたとはまるで思っていなかった。

 しかし今から思えば、何かが起きるくらいの時間は過ぎ去っていたに違いない。

 彼が伊藤と出会えた時には、すでにその何かは起きてしまった後だった。

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