第5話 嘆きの状況
盗人の男に案内されると、何故かこんな時間なのに明かりがしっかりついている小屋へとたどり着いた。
近づいた瞬間に男が家の中に走っていったので母が起きてたんだろう。
「ふむ…邪魔するぞ」
「失礼します」
小屋の中に入ると中はお世辞にも綺麗とは言えないが物がとにかく少なく最低限の物しかないって感じの場所だった。
男は母と思われるおばあ様に怒り気味で寝るように催促している。
「何時だと思ってんだよ! 頼むから寝ててくれ!」
「何言ってんだい? まだ晩御飯も作ってないだろ?」
「さっき食べたよ、なんだ腹減ったのか?」
「食べてないじゃないか! 何言ってんだい! まったく」
話がかみ合わずに互いに怒り気味だ。
この小屋に来るまで認知症ってやつがどんなもんかの説明は気になったからしてもらったけれど、物忘れ・遂行機能の低下・認知力の低下・精神状態にも以上を来たし、今の魔術では治すことが出来ないものらしい。
今の現状は晩御飯を食べたことを忘れた母が起きて作ろうとしているってことか。
「想像以上だな…」
「ふむ…今のところ見ると時間感覚も理解できていないな」
「あの女性もかなりの歳に見える…身体的にも機能低下が目立つな」
「確かに2人で暮らしているなら寝ている時間以外は動けんのも理解は出来る」
怒る母をなんとか説得して布団まで連れて行き寝かせる男。たった3分ほどの出来事だったがその顔は疲労感に溢れていた。
「この通りだ…確かに盗みは許されるもんじゃねぇ、けど40になって雇ってくれる仕事なんて家から出てなきゃいけない時間が多いもんばかりだ。少しでも目を離したら辺りを徘徊しちまう、排せつも上手に出来ないからどうなるか分からねぇ、言い訳だが母ちゃんが寝てるうちに生きるために出来ることはこれしか無かったんだ」
寝かしつけた母を起こさないため小言程度の声量で話を続ける男、確かに今の光景を1日に何度も繰り返しているんだろう。相談できる人もいないし、王都に行く金もないか。
「騎士が村に来た時に頼んでみてはどうだ?」
「やったさ、でもそういう相談は王都に専属の者がいるからってさ、金が無いから連れてってくれと言っても無駄だったよ」
「連れて行ってもくれなかったのか」
「1回そういうのを許すと次から次へと来るからって言われたんだ」
「間違っては無いが困った話だな」
盗みが許される訳じゃないけれど、この状況はそれはそれで世界の仕組みが作り出した闇とも言えるような光景だ。もしかしたら耐えきれなくなり無理心中をしてしまう可能性だって考えられるな。
「明日は団長クラスが来るらしいから頼んでみるが結果は変わらないだろうよ」
「団長クラスが来るのかよ…」
聞いといてよかった情報だ、村として納めるものを取りに各地を巡る時期だとは聞いていたがタイミングが悪いもんだな。
「一緒に頼んでやりたいが、俺たちも呪い持ちで安心できる立場じゃなくてな」
「ハッハハハ! なかなか難しい問題だな」
ジンは考えるのが面倒になってきたのか笑っている。でも難しいのは確かだ。王都に住むのも施設に済ませるのも、まず施設を探すにも金がかかるって話だからとてもじゃないけど厳しいもんだろう。
「俺は出頭してもいいから母ちゃんを王都の施設に済ませてやってくれねぇーか? 旅人なんだろ?」
「俺たちは王都には行く予定は無いし、むしろ危険な旅だから今より危険だぞ」
「そうか…」
「ふむ…盗みはいかんがどうにかして金を作らんとな、正面で畑でもやったらどうだ?」
「俺だって足腰にきてるんだ…俺が体をやっちまったらそれこそお終いだ」
「それもそうか…」
ここで話し合っても終わりは見えてこないな、とりあえず事実は確認したし男には盗みの罪はもちろん償ってもらうけどどうにか出来ないか他のメンバーにも相談してみないとな。
「はぁ…とりあえず俺たちは戻るよ、昼前に来るから逃げるなよ」
「いいのかフォルカ?」
「もちろん罪は償ってしまう、でもそれで男の母さんが死んでしまってはそれこそ後味が悪いだろう」
「ふむ…まぁここで話していても仕方ないな」
「いいんですか?」
「別に許す訳じゃなくて方法を考えてくるだけだ、ちゃんと逃げるなよ」
そう言い残して俺とジンは宿に戻って休むことにする。どうにか出来るなんて確証はないけど、朝みんなに相談して良い意見があればそれで言って無ければ最悪2人まとめて王都に連行してもらうしかないな。
◇
ーー高地の村 宿 朝
「寝ていたら大変なことになってますね!」
「うぅ~、ごめんなさい」
ぐっすり休んでいたフィオナとエルを含めて状況を確認する。とりあえず騎士団の偉いさんが来るらしいので居なくなるまでここから出るのは危険だ。
それと盗人の件、まったくいい案が思い浮かばなかったのでリーシャを頼りに相談させてもらう。
「夜の話は本当だったんですか…確かにお母様を1人には出来ませんね」
「まぁ…最悪2人とも盗みの罪で王都へなんて思ったけれど」
「あの男が不在で1人で暮らすよりかは王都の牢獄のほうがいいと?」
「死ぬわけじゃないだろ?」
「確かにそうですけど…」
確かに可哀想だって思わないわけじゃないけれど死ぬよりかは増しなのかなって思ってるし、さすがに認知症っていう状態の人をただ牢獄に入れておくとも思ってないからの提案だ。
「わかりました」
リーシャが決意をしたような感じで立ち上がる。
「私が村長さんに少し協力してもらい、ここに来る師団長に話をしてきます。みんなと違い知り合いもいますし、カズトがここにいるのならば来るのは恐らく第6師団だと思いますので」
「そうなのか?」
「予測ですが、今日まで休暇をとり村に団が来た段階で合流し各地へ出向く予定のはずです。そしてカズトが所属していたのは第6師団だったはずですので知り合いもいます。これでダメなら私から2人を盗みの罪で差し出します」
「1人で大丈夫ですか?」
「ただ話をするだけですから大丈夫ですよ、エルフリッドのことは知られてると思いますが、今はそれは関係のない話なので大丈夫です」
「じゃぁ、俺たちは出発までの準備するか…昨日寝てた2人頼むぞ」
「「はい!」」
リーシャに任せっきりなのは申し訳ないけれど一緒に行けば迷惑なので俺たちは俺たちで出来ることをやろうと部屋の中で出発の準備をすることにした。
◇
「そろそろ帰ってきてもいい時間だけど」
「外が騒がしいにゃ」
リーシャが村長を訪ねて、それから騎士団に話に行く流れになっていてそろそろ2時間ほどたつ、騎士団が到着したってのは40分ほど前に宿で働いている女性が教えてくれた。
そして外がガヤガヤ騒がしい、外で鬼ごっこでもやってるのかってくらいガヤガヤしてる。
嫌な予感しかしない。
「にゃ~全部裏目に出てる説あるにゃ」
「ハッハッハ! 面白くなってきたな!」
「無くなった金銭を探せって言ってますよ」
「聞こえるのか?」
「はい…耳も凄く良いんですよ」
フィオナが目を閉じて集中して外の音を拾ってくれている。騎士団と思われる集団の金銭が無くなったっぽいな、村中を探しまわっているんだろう。
俺たちからすれば大迷惑な話だ。
「盗まれたかもっていう話もしてますね」
「それこそ嫌な予感がするな」
ーーガチャッ
部屋の扉を開けて入ってきたのは宿で働いている女性だった。こんな雰囲気で正直いきなり入ってきたのは驚いたが、何やら急いでいるらしい。
「騎士団の金銭を盗んだのが呪い持ちで、村長のところへ行った女の子が呪い持ちの仲間ってことで捕えられようとしてるわよ!」
「ほ~ら、全部裏目にゃ」
「俺とジンで行くから3人は安全と隙を見てなんかしてくれ」
「面白くなってきたな!」
「面白くねぇーよ!」
とりあえず俺とジンはリーシャのいるところへと急いだ。
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