第16話 双姫の夢、空を切り裂いて


 情報収集するはずが、気付けば戦っていた劇団での日々も終わりだ。ヴァネッサさんから聞いた情報ではクピドゥース帝国とエルビス公国の名前が出てきた。昨日であった奴も帝国騎士って言ってたし、かなり距離があるが王国領の西にある帝国を目指すのもいいと思ったが、サンドラさんに種を渡した奴がさらに北にむかったかもとサンドラさんが言っていたので、ここより北を一旦目指すことに決めた。


 早朝出発の準備をしていると、フィオナさんが訪ねてきた。


 何故か大荷物をもって。



「お願いがあってきました!!」


「おはようございます! フィオナさん」


「おはようございます、エルちゃん」



 エルが丁寧にあいさつしているが、他のメンバーは持ってきた大荷物を見て何か察している。



「お願いします! 皆様の旅にお供させてください!!」


「ふむ…却下だな」



 ジンが間髪入れずに1ミリの罪悪感もなく言い切る。あまりの速さにリーシャとエルが面白い顔をしている。きっとあまりにもあっさり断ったジンに驚いているのだろう。



「俺が言ってしまったが良かったか?」



 ジンが俺のほうを向いて聞いてくる。

 確かにジンの言ったことは間違ってなくって、これは危険な旅だから、こんな無謀な旅人じゃなくて他の人たちを探すほうがいいってことだ。



「フィオナさんが想像以上に危険になる可能性が大きい旅だ」


「自衛はしっかりします!」


「俺やジンみたいなのが襲ってきたらどうするんだ?」


「迷惑かけないように自害します!」


「…それはそれで困る話だな」



 あまりの決意のしようにジンも困っている。エルの顔を見ていると仲間が増えるのが嬉しいのか少し期待している顔をしていて、リーシャは立場的にも口は出さないって感じか。



「フィオナは自身の呪いを都合のいい様に使われても文句言わないにゃ?」


「はい! もちろん役立てるのなら頑張ります。でも本当に悪いことに使う場合は断ります」


「俺たちがすることが今は世間的に悪いことだとしたら?」


「それにしっかりした理由や決意があるなら手伝います…昨日フォルカさんも似たようなこと言ってくれましたよね?」



 思った以上にしっかりとした覚悟があるようだ。

 この短時間で何があったのかは知らないけれど、きっと何を言われても大丈夫なように考えてきてるんだろう。

 


「お願いがあるんですけど、旅の行く先々で悲しんでいる人たちがいたら、少しその人たちにお話を聞く時間を毎回作ってほしいんです。出来れば歌わせてもらったりすると嬉しいです」


「それが…フィオナさんのやりたいことなんですか?」


「そうだよ…もし良かったらエルちゃんも手伝ってほしいな?」


「はい! がんばります!」



 気付けば行く流れになり、エルを味方にされてしまったけど、他のみんなも特に異論は無さそうだし、ジンもロロが言うなら何も言うことはないんだろう。



「ふぅ~それが荷物の全部?」


「…もう少し持ってきていいですか?」


「にゃ~、後30分にゃ~、広場の前で待ってるにゃ」


「行ってきます!!」



 持ってきた荷物を馬車の中に置くと、凄い速さで船へ飛び出して行ってしまったフィオナさん、あんな感じならすぐ馴染めそうだな。







ーー船外 広場 出入口



 走り出したフィオナさんを見送って俺たちも広場の出入口に馬車をとめて地図を見ながら待っていると。眠っていたはずのヴァネッサさんが女性劇団員の肩を借りながらこちらにやってきた。



「大丈夫なんですか? ヴァネッサさん」


「皆様には大変ご迷惑をお掛けいたしました。ディオスクリ歌劇団の代表として謝罪させてください」



 頭を深々と下げて謝罪してくるヴァネッサさん、気付けば広場には全員の劇団員たちが集まって、こちらに頭を下げている。



「それと…よろしいのですか?」


「フィオナさんのことですか?」


「えぇ…まさか自分から行くとは思っておりませんでしたが」


「凄い決意だったので、まぁ大丈夫だと思いますよ」


「受け取ってください」



 ヴァネッサさんがなかなかの大きさの袋を渡してくる。きっと中には金銭やら何やらたくさん入っているんだろうけど。



「これは復旧に使ってください。絶対受け取りませんよ」


「…そう言うと思っておりました。ではこちらを」



 断られることを見越していたのか、小さい袋を渡してきた。こっちにも金銭やらが入ってそうな感じなんだけど。



「これはあの子の親としてのケジメです。これは私も譲れません」


「…そう言われたら受け取るしかないじゃないですか」



 そう言ってヴァネッサさんから袋を受け取る。

 

 そこでヴァネッサさんからこれからの劇団の予定だったり、これを機に何をしていこうだとかの展望を軽く教えてくれて、そろそろフィオナさんがくるだろうからと広場のほうに下がっていった。


 するとタイミングよく追加の荷物を持ってきたフィオナさんが船から出てくる。



「あれ? いないと思ったらなんで皆外に?」


「あんなに朝早くからドタバタしていたら気付くわよ~」



 1人の劇団員が笑いながら言う。フィオナさんは出来れば黙って出ていきたかったのか申し訳なさそうに広場を通り過ぎようとする。

 劇団員たちもなんとも声をかけれずにいるのか沈黙の時間が流れる。


 フィオナさんが出入口目の前についたとき。



「…フィオナ」



 出入口近くに立っていたヴァネッサさんがフィオナさんに声をかける。その声は驚くほど透き通っていて聴きやすかった。



「……頑張りすぎないようにね」


「……お母様」


「貴方が笑顔でいられれば…きっとどんな人でも笑顔にできるわ」


「……はい…行って参ります」


「えぇ、いってらっしゃい」



 ヴァネッサさんが優しい笑顔をむけながらフィオナさんに向けて言う。その言葉を受けたフィオナさんは体を震わせて俯いている。

 それでも振り向かずに俺たちのほうへ歩いてくる。ヴァネッサさんはそれ以上何も言わずに見守っている。





「フィオナ!!」



 広場奥の劇団員の集団の中からサンドラさんが出てくる。遠目だけれど泣きそうなのか少し顔を赤くしている。

 そんなサンドラさんの声を聞いて、フィオナさんの足が止まる。



「私…貴方が夢を叶えるために努力している間に、世界で1番の踊り子になるために、また1から励み、築き上げておくわ!」


「サンドラ姉…」



 サンドラが大きく息を吸って再度叫ぶ。



「いつかフィオナの夢が叶ったら、世界1の踊り子になっている…私と一緒に…」



 サンドラさんの目から涙からあふれ出していて上手に叫べないのか、頑張って手で涙を拭っている。



「私と一緒に…ひっぐ…舞台にたってください!!」


「…サンドラ姉様」


「酷いことしてきた姉って…自覚はある! だけど、今の私の夢は、貴方と一緒に最高の舞台に立つことなの! だから!」


「サンドラ姉様!!」



 サンドラさんの言葉を遮ってフィオナさんが後ろを振り向きながら叫ぶ。



「私…夢を絶対に叶えてきます。世界中に歌で笑顔を届けてきます、そして世界で1番の歌姫になってきます! ですから!」



 フィオナさんも体を震わせながら叫ぶ。その叫び声はヴァネッサさんの声のように透き通っていてすごく頭に浸透してくる声だった。



「世界1の踊り子の隣の席! ディオスクリ歌劇団の主役歌役の席! その席にふさわしい女になって帰ってきます!」


「フィオナ」


「世界1の姉に恥じぬ歌姫になるため! ディオスクリ歌劇団をお母様とお父様がやっていた時以上のものにするために! 私行ってきます!!」



 フィオナさんの声は世界に響き渡ってるんじゃないかってくらい、何か胸に、自分の魂に語り掛けられてるかのように染み渡る。

 フィオナさんも我慢が出来なくなったのか、言い終えた後に手で涙を拭って泣き顔を見せないようにしている。


 

「ディオスクリ歌劇団の皆様! 10年間お世話になりました! 世界1の歌姫になるため! 行って参ります! 絶対に戻ってくるので待っていてください!」



 フィオナさんの叫びを聞いて、劇団員が次々と泣き叫んでいく。



「くそぉぉぉぉ! 我慢してたのにぃぃ!」


「そんなのずるいよぉ!」


「行ってらっしゃいっ!! 風引かないでね!」


「うぉぉぉぉぉ! 寂しいぜぇぇぇ!」



 各々が自由に泣き叫んでいて、お祭り騒ぎみたいになっている。みんな我慢してたのか、それだけフィオナさんが劇団員のみんなにどれだけ想われていたのかよくわかるな。

 俺も少し泣きそうだからな。



「皆様お元気で!」



最高の笑顔で放たれた最後の挨拶は、まるで今日の青空のように晴れやかで美しかった。


 再度こちらを振り向いて歩きなおすフィオナさん、思い残すことはないって顔で馬車までやってくる。



「よし…行こうか」


「はい! 皆さん改めて、フィオナ・ゲザルグと申します! よろしくお願いします!」



 フィオナさんの元気いっぱいな挨拶に、リーシャは今の光景にやられたのか号泣しており、エルは拍手して喜んでいる。ロロとジンは先頭にいるけど、きっと微笑んでいるだろう。



「じゃ~出発だ!」



 俺たちは手を振って挨拶してくれているディオスクリ歌劇団のみんなに見守られながら、広場を後にした。


 フィオナの顔は希望と覚悟に染まっていた。



 

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