第15話 歪み渦巻く怒りの海


 帝国騎士団 第8部隊 副長って言われたけど、かなりお偉いさんが今俺たちの前に立っている男か。呼び名が「隠者ハーミット」。

 呪いの気配で見つけたって言ってたけど、何の用なんだ?



ーーパリンッ



 突然、男騎士の指輪が1つ砕けおちる。

 その瞬間男は我に返ったようにフォルカたちを睨む。



「…面白い精神魔術だったぞ」


『あぁ~、解けちゃった!』



 『呪罪完全契約テリオス・シンヴォレオ』状態のインヴィの魔力を防ぐなんて相当なものだと思うんだが。あの指輪の効力だったんだろうか? それにしても落ち着いてる男だ。



「この指輪を壊すほどとは…どんな能力だ?」


『ねぇ~フォルカ、そろそろ様子見終わりでいい?』


「俺たちに何の用だ?」


「凶悪な呪い持ちを根絶やしにするのは現人類の共通認識ではないか」



ーーガシュッ!!



 男が言い終わった瞬間、『歪み渦巻く怒りの海リヴァイアサン』が男を食い千切ろうと攻撃しており、マントを食い千切られる程度で避けたようで、そのまま木の上に登っていく。



『あたしのフォルカを殺そうなんて…逃がさないよ』



ーーギャリギャリギャリギャリッ!



 凄まじい勢いで『歪み渦巻く怒りの海リヴァイアサン』が伸びていき木々を斬り倒しながら男を追っていく。


 正直俺にはもう男の気配を1ミリも感じないんだけど、それでも追い続けられるのが『歪み渦巻く怒りの海リヴァイアサン』の力でもあり、インヴィの力なんだろう。


 伸びの限界だったのか少ししたら『歪み渦巻く怒りの海リヴァイアサン』が伸びるのをやめる。一体どんだけ伸びるのか聞いてみないとな。


 突然俺の視線が水に染まる。これはインヴィの結界技?



捻じれ逆巻く母なる海レヴィアタン



ーーバキィィンッ!



「…やるな」



 気付けば俺の後ろにいた男が折れたナイフを持って笑っている。さっきまで逆方向に逃げていたのにどうやって後ろまで移動してきたんだ?

 『捻じれ逆巻く母なる海レヴィアタン』の力で俺に振ったナイフの力方向は捻じれて反対の方向に力を与えられた結果折れたんだろう。


 『捻じれ逆巻く母なる海レヴィアタン』の中に居ると俺も何も出来ないから、見てることしかできない。



「…これほどの結界、しかも生命を呼び出すとは…どんな呪いだ?」


『おじさん面倒くさーい』



 インヴィが楽しそうに笑う。でも目は全然笑っていない、たぶんだけどしつこく俺を狙い続けるのにイライラしてるんだと思う。


 男が少し驚いた表情をして飛び退く、また木の上に登って様子見をしている。俺もさっき驚いたけど『歪み渦巻く怒りの海リヴァイアサン』が元の長さに戻っていて男にむけて口を開いているのに驚いたんだろう。



「とんでもない伸縮速度だな」


凹み竜巻く災いの海ラハブ



ーーズゴォォォッ!



 『歪み渦巻く怒りの海リヴァイアサン』の口から放たれたのは、青黒い水の渦。凄まじい速度かつ広範囲に放たれる巨大な砲撃は男の乗っている木を吹き飛ばし天へと昇って行った。


 砲撃を打ち終わった後、少しの静寂からインヴィが悔しそうに言う。



『ごめ~ん、仕留められなかった!』


「まぁ…あれだけ神出鬼没に動くやつだ、仕方ないよ」


『でも当たりはしたからね!』



 インヴィが指さす先には、肉片になりかけている左腕の肘から先らしき部分が落ちていた。避け切れなかったんだろうけど、この様子見るに紙一重だったっぽいな。


 帝国騎士団の偉い奴が呪い持ちに対してあんな様子じゃ、どこの国の騎士の偉いさんも俺を見たら殺しに来るんだろうな。



『あのおじさん、あたしの攻撃受けたから次からは不意打ちされる前に、あたしがフォルカに教えるね?」


「そんなことできるのか?」


『うん!』



 インヴィによると、インヴィの攻撃にはすべて『隣の芝生は青く見えちゃうセロース・アイ』のような簡単なマーキング力があるらしくて、『歪み渦巻く怒りの海リヴァイアサン』だろうが『凹み竜巻く災いの海ラハブ』が素肌に掠りでもしたら、当たった者がある程度の距離にこれば何をしてでも察知できてしまうらしい。



『フォルカを狙ったんだもん! 地獄の底まで逃がさないからね!』


「俺も次会う時までには、もっと強くならないとな」



 俺はまだまだ弱すぎる、本来インヴィと連携をとって動けていれば楽な戦いだったかもしれなかったのに。



『えぇ~フォルカはあたしが守るよ?』


「ありがとなインヴィ、そろそろ戻るか」


『うん! またすぐ呼んでね!』



 あまり話は出来なかったけど、派手にやったし疲れたので戻ることにする。文句1つ言わずに帰ってくれるインヴィに感動を覚えながら船を歩いて戻ることにした。








ーー船内 廊下 夜



「眠れない…」



 フィオナはヴァネッサが休んでいるので中止となっている特訓がなく、毎日こなしてきたものが無くなるとなると落ち着けないのか、静まり返った船内を気分転換に散歩していた。


 あれから色んな人に相談してみたけど、何故かみんな旅の良さや自由に旅してみたいだとか、フィオナは自由に歌いたいならやってみたら? と同じようなことばかり言われてしまう。


 すると、本来電気がついていない時間である医務室の明かりがついているのを見つける。



「…何かあったのでしょうか?」



 フィオナが医務室に近づくと、そこから数人の声が聞こえてきた。



「お母様…本当に申し訳ありませんでした」


「…しっかり猛省し、また1から築き上げなさい」


「はい…さっそくフィオナのことでご相談がありまして」


「…私もフィオナのことで考えたことがあるわ」


(私のことで言いたいこと…?)



 フィオナはヴァネッサの声がしたので挨拶をしにいこうとしたのだが、中からサンドラと座長の声も聞こえてきて立ち止まることにした。



「あの子は、素晴らしい歌姫になるわ…私以上のね」


「そんなバカな…」



 ヴァネッサの発言に座長は少し間抜けな声を出してしまう。ヴァネッサは誰もが認める世界の歌姫だ、そんな自分よりも凄い存在になるだなんて、本人以外の者が言っていたら笑い話で済むがヴァネッサ本人が言うと笑えないのである。



「フィオナは1度舞台に立ってしまえば、すぐに1番人気と実力を手にすると思います」


「サンドラまで…」


「あの子は私に恩を感じて、自分の夢よりも舞台に立つことを優先しているわ」



 ヴァネッサが自分の心境を上手く言い当ててくることに驚くフィオナ、ヴァネッサは一瞬ではあるが魔物化したことによりフィオナから受けた呪いの影響を元の状態に戻したことで色々思い出したという。



「あの子は自由に歌いたいのよ…世界の人に向けて自分の想いを自由にね」


「はい…私もそう思います。のでフィオナには旅を進めるように皆に手を回しました」


(…いつの間に…)



色んな人にさりげなく聞いてみたけど、ほとんどの人が不自然なくらいに自分に世界をゆっくり見て周ったほうがいいって結論に持ってきた意味がようやく理解できた。


「あの客人たちは旅をしているそうです。私たちが差し上げれる物をすべて差し出してでもフィオナを連れていってもらえないか明日の朝頼もうと思っています」


「…危険では?」


「あの子の伝えたい想いは、彼らの旅の中にある気がするんですよ。それに彼らの実力は見たでしょう?」


「応じてくれるでしょうか?」


「危険な旅ですから多額の金額を請求されるでしょう。復旧にお金をかなり使うでしょうから、私の私財と売ったら良い値がしそうな私物で手を打ってもらえないか交渉しましょう」


「私も手伝わせてください」


「待ってください!」



 話を進める2人を座長が焦ったような大きな声をだして止める。



「才能があって容姿も良い! 呪い持ちっていうストーリー性もある! 絶対に売れるんですよ? ただでさえ復旧で金が飛ぶんです! もったいない!」


「あの子には…大きな夢があるの、そして私以上の可能性があるの。私と夫では果たせなかった願いが…きっとあの子は自然とやりのけるわ」


「10年間も舞台裏の仕事を必死にやってくれたの…不甲斐ない姉だけど、妹の夢を応援してあげたい」


「くそっ!」



 自分がどれだけ言っても無駄だとわかって、最後に悪態をついて諦める座長。彼は彼なりに「ディオスクリ歌劇団」のことを考えての発言だったんだろう。目の前にいる2人は家族視点でしか話をしていないことに少し腹をたててしまったんだろう。



「彼らは朝早く出てしまうでしょう…サンドラ、私の部屋の価値あるものをかき集めておいてちょうだい」


「はい、私の分も追加しておきます。数年困らないぐらいの金銭にはなるはずです」


「交渉をどのように進めるかは私が考えておきます」



 聞いていられなかった。


 こんな悲惨な状況で、体もボロボロなあんな状態で…自分のことを1番に考えて、自分たちが築き上げてきたものを捨ててでも私のことを考えてくれている状況に。


 舞台裏で10年間働いてきただけの私が…お母様とお姉様に何も誇らしいことなんてしていない私なのに、1つの部屋に閉じ込められていただけの私がいくら夢のためだとは言え、1人だけ自由になってしまうんだろう? 許されるのだろうか?


 止めるべきなのだろうか? 私が言って止まるのだろうか? 自分の夢を追ってもいいのだろうか? こんな大変な状況化で旅に出るなんていいのだろうか?


 

(お母様、サンドラお姉さま…私は世界に少しでも幸せを届けることが出来るのでしょうか?)



 フィオナは終わらない問答を頭の中で繰り返し、バレないように自分の部屋へと戻っていった。


 何故か聞こえてきた猫の鳴き声を聞きながら。

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