第12話 暴かれた過去


 激戦の中に響くフィオナの声、ジンに狙いを定めていたヴァネッサはその声に導かれるようにフィオナのほうを向いてしまった。



「やっとこっちを向いてくれましたね、でも戦闘中ですよ! お母様」



 ヴァネッサを呼んだ本人は何事もなかったかのように微笑んでいる。ヴァネッサがフィオナを見ている隙はあまりにも大きく。



ーーズシャッ!



「ゲェロォォォ!」


「っ! しまった」



 リーシャの突きはカエルの舌によって弾かれてしまったが、ジン渾身の1振りは弾いたカエルの舌をしっかりと切り裂いた。



「よし!」


「まずは一手!」



 ついに攻撃を直撃させることに成功した2人は距離をとるためにフィオナがいる位置までに飛び退いた。それと同時にリーシャが展開していた『星空領域スターリーヘブン・魔雲盾ジ・アイギス』の光るベールが消えた。



「今の隙はフィオナ嬢か?」


「はい、お母様みたいなことは出来ませんが…今の私は届けたい人にどんな音よりもしっかりと声を届けられる気がします」


「気をそらすことは出来ると言うわけか」


「はい」



 舌を斬らせたカエルは暴れている。

 船内が揺れるほどの大きな揺れだったが、ヴァネッサはこちらをにらみ続けたままだ。表情をみるに非常に怒りをにじませている。



「よくもやってくれたわね」


「隙を見せるほうが悪いのだろう?」


「フィオナ、許さないわよ」


「今のお母様に許して貰うつもりはありません」



 ヴァネッサはカエルの前足を叩く、するとカエルは暴れるのをやめて大きな口を目いっぱい開けて、ジンたちのほうをむく。



「舌がないなら狙いやすい! いくぞ!」


「はいっ!」



 ジンとリーシャは再び自身の武器に魔力を纏わせて突っ込んでいく。

 先ほどまではカエルの舌にリーシャが邪魔されていたが、これならばどちらかが攻撃をあてることができると踏んだのだ。



「”まとめて吹き飛びなさい!”」


「ぐぉっ!?」


「きゃっ!」


「うぅっ!」



ーーズシャァァァァンッ!



 何故かカエルの口から大音量で聞こえたヴァネッサの言葉は、ジンとリーシャだけでなく、甲板の床板を何枚か吹き飛ばすほどの衝撃波で前方に存在したすべてを吹き飛ばした。










「『嫉妬エンヴィー』もっと速く走れないのか?」


『なんで大きくなったら背負ってくれないの?』


「走りにくいんだよ!」


『え~? いいじゃん!』



 『嫉妬エンヴィー』は大人姿になって戦闘力は増したけれど、中身は大して変わらない。

 さっきから凄い音がしてる船の甲板は近づいてきてるけど、あの黒いやつほどじゃないけど大きな魔力を2体分感じるし、ジンとリーシャが頑張ってるのを感じる。

 ロロはエルを連れてしっかり避難しつつ、被害が大きくならないようにしてくれているはず!



『この先に凄いのいるけど、あたしのままでいいの?』


「代えてほしいのか?」


『絶対嫌!』



 だったら聞くなよって思うけど、確かに『嫉妬エンヴィー』の能力でどうにかなる存在ならいいけど、ジンとリーシャが手こずってること考えると厄介なんだろう。


「この階段上ってすぐだな!」



 急いで階段を上がった先に広がっていたのは


 ジンもリーシャもフィオナさんも、扉も壁も一部の床も吹き飛ばされて何もない甲板に不敵に佇んでいるヴァネッサさんとデカいカエルだった。



「大丈夫か?」


「なかなか厄介でな…」



 自分の上に乗っかっていた木の板をどかしながら3人とも立ち上がる。ここまで被害が大きいってことは相当範囲が広いってことか。



『『隣のお花は真っ赤っ赤ルーフス・ジェラシー』使わないほうが良いよね?』


「そうだな…」



 ヴァネッサさんとカエルの攻撃がこれ以上3人を狙うようになってしまったら大変なことになるからな。



「あら…それはフォルカ君のお友達かしら?」


『狼さんと違ってしゃべれるんだね、おばさん』



 『嫉妬エンヴィー』の一言に一瞬空気が凍り付いたような気もするけれどヴァネッサさんが話を続ける。



「あなたたち2人は特上の餌になりそうね。素晴らしい魔力量だわ」


『でしょ~? ねぇおばさん聞いてもいい?』



 『嫉妬エンヴィー』が魔力を込めてヴァネッサに問いかける。

 魔力を使ってまで質問したってことは何かたくらんでいるんだろう。


「冥土の土産に聞いてあげるわよ?」


『おばさんは何でフィオナを迎え入れたの?』


「そんなことを聞いてどうするの?」


『何? 答えてくれるんじゃないの?』



 激しい戦闘だったのが気付けば『嫉妬エンヴィー』とヴァネッサさんの質疑応答時間になってしまっている。

 この時間で3人が少し回復できるといいんだけどな。もう一人コソコソついてきてる奴もいるし。



「私と同じ呪いを持って、私に憧れている子どもがいると聞いたのよ。私の将来の後釜に相応しいと思ってね」


『自分の身体を犠牲にしてまで?』


「あら? 何故貴方がそれを知っているのかしら?』


『私って見た目に反して、とっても長生きなんだ! フィオナの呪いは見た瞬間に何かわかったよ!』



 じゃぁ教えといてくれよと『嫉妬エンヴィー』にツッコミを入れたくなったが俺を含めた全員がこの問答を邪魔しないように黙っている。



『自分より大きな刻印を見て嫉妬でもした? それとも自分の叶えられなかった夢を、もう一人の娘と一緒に叶えさせようとしたの~?』


「何故あなたがそれを…」



 そう、これが『嫉妬エンヴィー』だ。『嫉妬エンヴィー』の魔力を乗せた声に乗せられて会話を続かせてしまうと、よほど純粋な想いでない限り『嫉妬エンヴィー』にいかなる負の秘密も暴かれてしまう。



『もう1人の娘が歌より旦那さんが得意としていた踊りに熱心で悔しかったんだもんね! それでフィオナには同じ呪いを持ってるし、歌にだけ意識が向くように育てたんだもんね! 舞台で歌うことしか考えられないような環境を作ってさ!』


「……」


『旦那さんとの夢を叶えたかったんだもんね~、最高の歌と踊り! サンドラは才能あってグングン伸びて1人で舞台に立てるようになったけれど、フィオナの呪いを克服させるのに思った以上に苦戦しちゃって、日々フィオナの呪いを受けていたおばさんは脳にダメージを受けすぎて、フィオナとサンドラをどうしていこうっての忘れちゃったんでしょ?』


「……」


『魔物化して元気になった今なら思いだせるでしょ?」


「…黙りなさい」


『目標は忘れちゃったけど、毎日特訓することは覚えていた。でもフィオナの歌声は制御こそできてないけれど自分より美しかった、それに嫉妬したおばさんはフィオナを自分の前以外で歌わせるのを禁止した。呪いの影響じゃなくて自分の醜い嫉妬から子どもの夢を奪うなんてね! 当初の夢を忘れちゃったから仕方ないのかな?』


「お母様…」


「”そこの5人は止まりなさい”」



ーーゴウッ!



 何故かカエルの口から聞こえてきたヴァネッサさんの声のせいで、口が開かないというか全身動かない。

 他のみんなも動けないで戸惑っている。『嫉妬エンヴィー』もきっと失敗したって顔してるだろう。


 俺から見てても正直惜しかったって思う。


 大人になった『嫉妬エンヴィー』は自分の力で相手の負の感情をすべて暴いた瞬間に、少しの間だけ相手を支配できるんだけど、まさかこんな方法で会話を終わらせられるなんてな。

 『嫉妬エンヴィー』は俺や自分のだけ向く攻撃や意識をどうにかするのは上手いんだけど、こんだけ広範囲の攻撃には今の状態では為す術がないのが弱点でもある。



「はぁ…はぁ…危なかったわ、あのまま話を続けていたらどうにかなってたわね」



 ヴァネッサさんにも『嫉妬エンヴィー』の力がバレてしまったようだ。

 不味いな、ヴァネッサさんも気絶させて、あのカエルを討伐する方法がなかなか浮かばない。



「もういいでしょ、まずは一番脆そうなフィオナからよ」



 そう言ってヴァネッサがフィオナに狙いを定めたその時、今まで黙って身を隠していた人物がフィオナの前に立ちはだかる。



「あら…”フィオナとサンドラはしゃべっていいわよ”」


「……正気に戻ってお母様」


「あなたがこうしたんでしょ? サンドラ」



 そこにはフィオナを守るようにしてサンドラが立ちはだかっていた。



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