第6話 嫉妬の魔力


ーー船内 マザーの部屋 夕食後



「マザー、今日の特訓は少し早いんですね」


「えぇ…少し体調が良くなくてね」


「だ、大丈夫ですか?」


「えぇ…では課題の曲、さっそくどうぞ」


「はいっ!」



 フィオナは今できる最大の力を引き出せるよう丁寧さを心がけて指定されていた歌を歌っていく。

 マザーの部屋は特殊で、中の音を一切外に漏らさない作りで出来ており誰にも聞かれないようにとマザーが特訓では毎回この場所を選んでいるのだ。


 フィオナの歌をおでこに手をあてながら聴いているマザー、目を強く閉じ真剣に聴いている姿勢にみえるので、フィオナにも力が入ってしまう。



「ストップ」


「はい」


「…歌っている最中に他の考え事なんて話にならないわよ?」


「すいませんっ」



 フィオナの声に現れた一瞬の濁りを聞き逃さずに、その時点で歌を止めるマザー、一旦フィオナを椅子に座らせて話はじめる。



「歌の技術は良いところまで来ているわ、あとは心ね」


「心…ですか」


「1つ1つの言葉の意味を、込められた想いをどれだけ表現できるか、この部分が先に進めれば貴方は素晴らしい歌手になれるわ」


「がんばりますっ!」



 喝を入れられたフィオナは1度深呼吸を入れて再び歌いだす。雑念を捨てて歌に込められた意味と1つ1つの言葉を意識して歌っていく。


 歌も終わりが見えてくるとフィオナは歌いきれると思い少し喜びを感じて表情も柔らかくする。


 一通り歌い終わると、フィオナは少し自信ありげにマザーに問う。



「どうだったでしょうか?」


「どうだったと思う?」


「えっ?」


「貴方は歌い終わった後にお客様に感想を聞くのかしら?」


「…それはできません」


「貴方は今の歌に自信をもって100%を注いだと言えるかしら」


「…いえ、最後に少し雑念がありました」


「その通りね」



 今の1曲歌い終わるのに4分ほどかかる。フィオナは1曲4分を100%をもって歌いきる難しさ、それを舞台では何時間も続けていくことを考えると、先の遠そうな未来に少し悲しさを覚えた。



「フィオナ…あなたの夢は何?」


「世界中の人を歌の力で笑顔にすることです。色んな歌を自由に歌って色んな想いを伝えて少しでも幸せを伝えたいです」


「歌う本人が笑っていないで、聴いている誰が楽しいのかしら? 舞台に出ることが夢ではないのでしょう?」


「でも…舞台に出ないと夢を叶えられません」


「……もっと先に目標があるのだから目の前に捕らわれず、広い精神で歌いなさい」


「はい」



 マザーに言われて、今一度気持ちを切り替えて歌い始める。


 昔は歌の練習に行くまで長かったし、着実に進歩はしている。いつの日からかマザーが数段厳しくなってしまったけれど、それも自分に対する期待なんだと割り切っているフィオナ。

 マザーに合格を貰えるように、世界中の人を笑顔にするためにフィオナは自分の出せる全力を込めて歌い続けた。


 それをマザーは額に手をあてながら聴いていた。









ーー船内廊下 夜




 昼食を食べて一時解散した後、フォルカは『嫉妬エンヴィー』を呼び出して、とある人物の感情の名残を追っていた。時間はすでに夜になっており、劇も終わり晩御飯の時間が近づいていた。



「そんなに凄いのか?」


『うん…あのサンドラって子から、私の好きな感情が滲み出てるよ』



 『嫉妬エンヴィー』が好きな感情ってことは「嫉妬」や「羨望」なんていう感情なんだけど、マザーの娘で、しっかり舞台でも目立つような役で活躍してるのに、一体何に嫉妬してるんだ?

 フィオナさんとは仲が悪いように見えるけど、フィオナさんに嫉妬してるようには見えないんだけど…でも。



(昨日のクッキー貰った男たちの話を聞くに、船内での姉妹人気が男たちの中で話題になってる可能性があるかもしれないな)


『面白くなってきたね!』


「全然面白くないぞ…」



 はしゃぐ『嫉妬エンヴィー』にツッコミを入れつつ、感情の名残とやらを追う、この名残の先にはサンドラの感情の対象がいるそうだ。


 『嫉妬エンヴィー』に着いて行くと、そこには倉庫の陰で話し合うフィオナささんとサンドラさんの姿があった。



「狼男になった2人は、あんたが色目使ってた男たちでしょ? 何したのよ?」


「なっ! 私は何もしてませんし、色目なんて使っていません!」



 喧嘩になりそうな2人に『嫉妬エンヴィー』も連れて近づく。



「あら? いくら限定チケットのお客さんだからって勝手に歩き回るのはやめてくださるかしら?」


「フォルカさん…その子は?」


「この子は知り合いの子どもだ、少し散歩してたんだ。サンドラさん、少し狼男のことで気になることがあって調べてたんだ、悪気はないよ」


『お姉ちゃんたち仲良しなんだね!』



 『嫉妬エンヴィー』が魔力を乗せて声をかける。やるつもりか…。



「何が仲良しよ…狼男になった2人は、この子にベッタリの男2人だったから、この子が何かしたんじゃないかと疑ってるのよ」


「私は2人に何もしていません!」


「なんで舞台にも出てない裏方のあんたに男が懐いてるの? どうせ裏で何かしてるんでしょ」


「私はそんなことしません! やめてください!」



 『嫉妬エンヴィー』の力もあって、互いに少しずつヒートアップしてきて、正直怖くて話に入れない。



「マザーにも、何かして夜特別に遊んでもらってるんでしょ? 一体何したのよ?」


「マザーは私の歌唱力を舞台に出れるレベルにするために、お時間を割いて付き合ってくださってるんです!」


「本物の娘である私よりも時間を割いてまで?」


「っ!?」


「おい…子どもに本物も偽物もないだろ」



 さすがに見過ごせない発言だったので止めに入る。フィオナさんもショックだったのかうつむいてしまっている。



「…姉様こそ」


「ん?」


「サンドラ姉様こそ、舞台に出て活躍して見本にならなければいけない立場なのに、舞台にも出ていない妹を弱い者イジメして…楽しいんですか?」


「…そういうところも気に入らないのよ、10年やって舞台に出られないような才能なら、さっさと船を降りたほうがいいわ。雑用しながら男に媚を売って生き残ろうなんて浅はかなのよ」


「…そんな男性の皆さんにお菓子を配ってたのは姉様ですよ」


「あんたの呪いから解放して、男の味方のいないあんたを船から追い出してやろうと思ってね」


「私の呪いは…」


「自分の呪い分からないんでしょ? 男を引っかける呪いじゃないのかしら?」


「そこまでだ…」



 さすがに酷くなってきたので、間に入って終わりの宣言をする。



「部外者は黙ってなさいよ!」


「俺も呪い持ちだ…呪いのことを知らないで悪く言うようだったら、いくら有名な劇団員だからって容赦できないぞ」


「っ!」



 少し睨みをきかせる、呪い持ちの辛さは結局呪い持ちにしか分からないし、この劇団も平等を歌ってるけど、メインはっているサンドラさんがこんなんじゃ変わらない。



「呪い持ちだろうと関係ないって言ってたけど、所詮この程度の劇団ってことか」


「なによ! 人に悪影響だしといて開き直らないでちょうだいよ!」



 開きな言ってるのはどっちか分からないけど、最後に1つ聞きたいこと聞いておかなくちゃな。



「さっき言ってたけど、あんたのクッキーは呪いから解放なんて出来るのか?」


「とあるお客さんから、もし呪いの力にかかっていたら解除できるってもんを」



 ーーアオォォォォ―ーーンッ!!



 最後まで話を聞こうと思った時、外から大音量の雄叫びが聞こえてきた。2匹どころじゃない!

 俺は2人に隠れるよう指示をして『嫉妬エンヴィー』を連れて外へと急いだ。



 

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