第16話 理不尽な鉄槌



 3人が戦っている場所から大きな爆発音のようなものが聞こえて、リーシャは何も考えずその地点に向かって走っていた。



(これ以上! エルフリッドの騎士として恥を晒すわけにはいかない!)



 1人の騎士として、領主の娘として、これ以上醜態をさらす訳にはいかない。

 敵が強大であろうが、命尽きるまで抗って見せるとリーシャは誓う。



(そして…これ以上、エルあの子を泣かせる訳にはいかない!)



 あんな小さい子に、あんな想いをこれ以上させてはいけない。あれ以上の涙を流させる訳にはいかない。リーシャは具体的な策もないまま見えてきた黒い天使に対して、自分が使用できる攻撃方法で有効そうな方法を考える。

 


(私に出来るのは、この細剣と盾を使う武技と少しの魔術だけ、けれど抗って見せる!)



 リーシャは剣に自慢の鮮やかな黄色に輝く魔力を纏わせて、黒い天使の顔を狙おうとして少し顔を上げた。



 そしてリーシャは、こちらを見て微笑んでいる黒い天使を見た。











 黒い天使が戦っていたはずの自分たちから視線を外し、まったく違う方向を見て笑った瞬間、ゼキルの行動は速かった。



「虚空夜叉ッ!」



 ゼキルの基本技の1つ「虚空夜叉」

 ゼキルの技は、自分の足が地面に付いている状態で変動する特殊な力だ。

「地夜叉」地面に足がつき続けている限り、身体能力が上がり続ける技。

「天夜叉」地面に足がついていない時間だけ、その間身体能力が上がり続ける技。

 そして今使用した「虚空夜叉」どちらかの技で上がった身体能力を元に戻すことで10秒間、戻した分の2倍の身体能力を得ることが出来る技だ。


 ゼキルは「地夜叉」で上がっていた身体能力を解除し、黒い天使が微笑んだ先に飛びだした。



「はぁぁぁぁっ!」



 ゼキルの感じた通り、そこにはすでに黒い天使がリーシャ斧を振り下ろそうとしている。

 ゼキルはリーシャにむけて右手を伸ばした。












 顔を狙って攻撃を仕掛けようと、黒い天使の顔を見ただけなのに。



(なんで? こんなに速く? 反応するとは言ってたけどっ!?)



 駆け出したリーシャの目の前には、斧を振り下ろしている黒い天使がいた。瞬きもしたかも分からない一瞬で現れた天使に対して、リーシャの体はまったく反応できなかった。



(まだ…一撃すらあたえてないのに)



 なんで? なんで、こんなにも理不尽なんだろう?

 

 リーシャはそんなことを考えながら、迫ってくる斧にどうすることも出来ず、恐怖のあまり目を瞑り、黒い天使の鉄槌を受け入れようとした。




ーードガァァァァァァァンッ!



 黒い天使の振り下ろした箇所は巨大なクレータのようなものが出来るほどの威力で、リーシャのいた場所を破壊した。



(…私、浮いてる?……あれ? 目が開けれるっ!?)



 さすがに命運尽きたと感じ、半ば諦めたリーシャは、やってこない衝撃に疑問に思い目を開けるとそこには。



「はぁ…はぁ…大丈夫かい」


「あ、ありがとうございます」



 リーシャは間一髪でゼキルに担がれて攻撃を回避することが出来た。

距離があったにも関わらず助けてもらった状況に困惑するリーシャだが、ゼキルの体を見て声をあげた。



「ひ、左腕が…」


「左腕一本で命が助かったんだ、今は悲観している場合じゃないよ」



 攻撃を回避することが出来たゼキルとリーシャの元に、エルとロロが慌ててやってくる。

 エルはゼキルの無くなってしまった腕を見て、泣いてしまっている。



「ロロ……何故避難していないのかな?」


「2人が勝手に飛び出したにゃ」



 咎めている暇もないな、とゼキルは振り向いて黒い天使の行動を確認する。

 黒い天使も仕留めたと思ったのだろうか、少し驚いたように固まっている。だがすぐに切り替えたのか、こちらに向かって飛んでくる。


 その天使の後ろからムブルグが走りこんでくるのが見えた。



「貴様の相手はこちらだっ!」



 その言葉と敵意に反応した天使は、気付けばムブルグに正対しており、右手を振り上げてタイミングを計っていた。



「全部持っていけ! 反還供憎はんかんくにく!」



 一度は通じなかった技だが、ムブルグは今放出できる限りの魔力を右腕に集中させ、天使が振り下ろしてくる斧にぶつける。



ーーバキィッ!



 「ぐぅっ!」



 拳は砕け、ムブルグの右腕はボロボロで誰が見ても使用不能という状況になってしまい、ムブルグも右腕を抑えて痛みに耐えつつ天使を見る。


 天使の右腕にはひびが入っており、その右腕を心配なのか自分の右腕を見つめる天使、すると右腕が光はじめた。



「自己再生能力なんて持っているのか……」



 ムブルグ渾身の返し技はダメージを通すことに成功したのだが、簡単に回復されてしまい、もはや打つ手なしかのような声をだしてしまうムブルグ、諦めて訳ではないが、考えても窮地を脱する術が浮かばない。



「もうやめてくださいっ!」



 響くエルの叫び声。


 敵意や殺意に凄まじい速度で反応し迎撃する天使。

 だが、エルの叫び声には見向きもしない、エル以外の4人は天使が反応しないことに疑問を持ちながらも、ムブルグに向かおうとする天使への対処法を考えていた。



「止血はしたけど動けるかにゃ?」


「ありがとう……3人は早く離脱するんだ」



 エル・リーシャ・ロロにむけて逃げるように言うゼキル。

 その言葉にエルが反応した。



「嫌ですっ……そんなことしたらゼキルさんとムブルグさんが死んじゃいます!」



泣きながらエルが叫ぶ。


先ほどエルの声に反応しなかった黒い天使が、何故かエルのほうをむいた。



「っ! 敵意をむけていないはず!」



 ムブルグはエルが危険だと判断し、天使が動く前にと、ムブルグは捨て身で天使に向かっていった。


 自分の腕は使用不能、ゼキル様のように蹴り技も実践レベルに磨いておくべきだったなと考えながら、ムブルグは自分の右脚に残った微かな魔力を纏わせる。


 エルのほうをむいていた天使は、ムブルグの敵意に反応し、ムブルグの正面に現れ、まるで何かが成功したかのような微笑みを浮かべながら、薙ぎ払う体勢にに入っていた。



「いけないっ!」



 罠だ! 天使の動きを見て罠だとゼキルが感じた時には、天使の薙ぎ払いがムブルグに直撃していた。



ーードシャァァァァンッ!



 地面を抉りながら払われる一撃、ムブルグは守るすべもなく吹き飛ばされていく。自慢の鎧は、もう原型が分からない程に、砕け散ってしまっていた。


 そして狙ったかのようにゼキルたちのところへ吹き飛ばされてきたムブルグ、全身ボロボロで息はあるものの、生きているのが不思議なくらい、悲惨な状態であった。



「ムブルグ! しっかりするんだ!」


「ムブルグさん!」



 ゼキルとエルが急いで声をかけて体を支える。

 ムブルグは思い出すかのように、ポツポツと声を出し始めた。



「ゼキル様……私のような……緑小鬼ゴブリンを傍に…」


「まだ終わらない、私以上に頑丈な鬼だ!」


「ありがとうございます……エル」


「うぅ…ひっぐ…はいっ」



 大泣きしているエルの肩に手を置いて、ムブルグは話始める。



「この先……悲しいことはたくさん……起こるだろう、だが……縛られてはならん、エルは……エル自身の夢見つけて……貫くのだ…最期まで…」


「死んじゃダメです! いやですっ」



 ムブルグは彼女のように、魔族でなくとも、こうやって魔族のために涙を流してくれる人がいるなんてな、と少し感動を覚えながらロロに最期の言葉を託す。



「ロロ……フォルカが生きていたら…修行を怠るなと…伝えてくれ」


「わかったにゃ、あんたのおかげでノアは無事跳べそうにゃ」


「なんとか……成功したか……ゼキル様、先に休ませて頂きます」


「……すぐに会おう、友よ」



 安心したようにムブルグは力を抜いて、そのまま永遠の眠りについていった。


 泣きじゃくるエルに、自身の失態のせいでと悔やむリーシャ、その2人をフォローするロロ、ゼキルは自分が最後の砦となるため、こちらにゆっくりと向かってきている天使を見る。


 黒い天使の下半身を燃やす炎が大きくなる。ゼキルは遠距離攻撃が来ると思い、ロロに声をかけようと思ったその時。



ーーゴゴゴゴゴッ!


 

 黒い天使を含め、すべての者が、遠くでドス黒い魔力をした者が現れたのを感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る