第15話 血濡れの防衛線


ーーエルフリッド領内・魔族の隠れ家遺跡



 ノアの能力発動準備を見守りながら、周囲の気配を察知し続けるゼキル

そこへボロボロになった、ムブルグが飛ぶように戻ってきた。



「ゼキル様っ!」


「…ムブルグ、まずはその警戒心を解くことからだね」


「…どういうことです?」


「懐かしい存在が呼び出されるのを感じたよ。不完全のようだけど、変わっていなければ少しだけ対処法があるからね」



 久々に感じましたよ、とゼキルはムブルグに言う。


 ゼキルはムブルグの正面で懐かしい魔術が成功するのを察知できていた。

七神元徳ファディーラ・シエテ』 王国領土より遥かに北東にある聖都の秘密の中の秘密である儀式だったはずのものだ。儀式は失敗したようだが出てきた気配からして『信仰ルリジオン』に似たものというところまで分かった。


 ゼキルの記憶からすれば本来の『信仰ルリジオン』は正しき信仰心を持つ者を、敵意や殺気など害あるすべてから守る守護天使だったはずだ。

 ムブルグと戦っている様子を感じていた限り、呼び出された天使は『信仰ルリジオン』に似た外見をしており、本来は「信仰心ある者を害から守る」だったものが「自身に対して害を向けた者を排除する」になってしまっている。儀式が失敗して信仰心を捧げていて守るべき対象を失い、かつ捧げる物が正しくなかったため暴走しているのだろう。



「こちらから敵意をむけていては、すぐにこちらに辿り着かれてしまうだろうからね」


「なるほど…注意致します。それでノアのほうはどうですか?」


「急ぎだったから、私の魔力を8割ほど渡したから、もう少しだと思うよ。それより腕は……」


「治療しても使い物にならぬかもしれません」


「君の素肌を見たのは何年振りだろうかね」



 ムブルグの緑色肌、鬼族の中では最弱呼ばれている「緑小鬼ゴブリン」と呼ばれる種族特有の色だ。



「……鎧を手に入れてからは記憶にありませんな」



 こんな状況下で懐かしむゼキルを見て、ムブルグは淡々と答える。


 「緑小鬼ゴブリン」と言うだけで、かなり苦労で虐げられる人生を歩んできたなと思う。どんなに努力しても肌の色を理由に差別され、認められることは無く、同じ鬼の中でも一番弱いと、競う前に定められてしまう一族。

 種族としての能力値が他の意にと比べて低く、体も小さく魔力も無くて知恵も無い。そんなレッテルを生まれた瞬間に貼られてしまうのが我ら「緑小鬼ゴブリン


 そんな「緑小鬼ゴブリン」を、他のすべての種族を同じ高さで見てくださり、同じ扱いで同じ道を歩ませてくださったのがゼキル様。

 この方には生きてもらわねば、この方の想いは途切れさせてはならないと、改めて心に刻むムブルグは、遺跡の奥からエルを連れてやってきたノアに声をかける。



「どうしたのだ?」


「ムブルグ……早く手当てをしてくるのです。ゼキル様、お話があります」



 ノアがゼキルに話をしようとした時、ゼキル達から5mほどの距離の場所で、空間が音を立てて歪みだす。

 


ーーパリッパリパリッ


 ムブルグが敵と思い前に出る。

 ひびが割れるような音がして歪んだ空間が元に戻る。元に戻った空間には1人の女騎士とロロが居た。



「……フォルカはどうしたのだ?」


「1人でやっるてにゃ~、まぁ最悪「傲慢プライド」を使えばどうにかなるにゃ」


「……鬼の魔族」



 リーシャは父が生贄になってしまった事実を少し飲みこみ始めていたが、まだ顔色が悪く、気付けば魔族の本拠地にいる自分に疑問を思いながらも、何もしてこない様子を見て、あの青年が1人で言っていたことは正しかったんだなと悟る。



「その顔を見るに、あまり語る必要は無さそうだね」


「……魔族が街を襲うつもりが無いというのは本当なんですね」



 改めてノアの話を聞こうとゼキルはノアに声をかける。



「ゼキル様、私の能力は、後30分ほどで発動することが出来ます。ですが……どうやっても、エルが能力の対象にならないのです」


「うぅ……」



 自分の能力が効かないと、エルはまったく身に覚えはないのだが、困らせてしまっているという事実から泣き出しそうな顔をしている。



「それは困ったね、まずは天使についてからまとめようか」



 ゼキルは先ほどムブルグに話をした『信仰ルリジオン』について語った。

 あの天使は残り10分ほどで辿り着いてしまうだろう。エルの問題に対処しつつ、天使から遺跡を守らなければならない。



「ふむ…1人戦力が戻ってきたね」



 ゼキルが顔を向ける方角からジンが走って戻ってきた。何か面白いことがあったのか笑顔で戻ってきた。



「少年以外揃っているのか! とんでもないのが迫ってきているぞ、どうするんだ?」


「父がやってしまったことの償いとして、私に止めさせてください」


「おぉ! さすがは領主の娘殿だ…何故ここにいるんだ?」



 かなり負い目を感じてしまったリーシャは、遺跡を守る役を自ら志願する。

 だがそんなリーシャに対してゼキルは淡々と言い放つ。



「その心意気は素晴らしいが、君の実力ではただ殺されてしまうだけだ」


「……」


「今のゼキルから感じる魔力量でも変わらないにゃ」



 言われなくても分かっていた。だがリーシャは何もしない訳にはいかなかった。父を失ったことも悲しいが、自分たちが民を騙し、危害の無い多くの魔族を犠牲にして化け物を生んでしまったことが……何よりも悲しかった。



「ジンもかなり消耗しているだろう?」


「さすがに1人で100人を気絶させるのには苦労したが、やるとなったら覚悟は決めるさっ!」


「あのっ!」



 泣き出しそうになりながら黙っていたエルが声をあげる。その顔は何か決意をしたような顔だった。



「ど、どうせ行けないのなら私がっ」


「それ以上は言わなくて良いにゃ」



 エルの言葉をロロが途中で遮る。遮られてしまった理由が分からず、エルは他のみんなの顔を見ると、ゼキルとムブルグ、ノアの見たこともないような怒ったような、呆れたような顔がそこにはあった。



「若い子にここまで言わせてしまうなんてね。元魔王が情けないよ」


「……ここで守るのは、私とジンが妥当かと」



 ムブルグはジンと2人で、命を懸けて守り切る決意で言い切る…が。



「いや…もちろん私も参加するよ、戦力になれるか不安だが」


「それでは、移動するノア達はどうするのですか?」


「ノアが居れば大丈夫……そうだね?」


「……ゼキル様」


「時間が無い、準備を頼むよノア、ロロとエル、それに騎士ちゃんは安全な場所に避難して、戦いが終わったら街に逃げるんだ。ロロ……エルを頼んだよ」


「にゃ~、元々一緒に移動するつもりはなかったから、仕方にゃいから頼まれるにゃ」



 ムブルグは納得のいっていない表情をしている。それはそうだろう、自分の仕えている王が自分も死ぬと言っているようなものなのだ。だが自分以外の者が納得してしまっている以上、何も言うことができなかった。



「まだ死ぬと決まった訳ではないよ、戦闘中にノアの準備が整えば一緒に逃げる。君はどうするのかな?」



 ゼキルは、話を聞いていたが特に意見を出してこなかったジンに尋ねる。



「ふむ…生きていたら少年の様子を見に行こう、どうせ猫たちも見に行くだろうからな、あの少年を気に入っているのでな! ハッハッハ!」



 豪快にジンは笑う。

 そして背中の刀を1本抜いて正面に突き出す。



「さぁ……いざ死闘へっ!」



 刀を向けた先には黒い天使が、すぐそこまで迫ってきていた。



「敵意や殺気を向けたらやられるよ、正面に立って相手から降ってくる攻撃に対して守っていればいい」


「なかなか厄介な能力だな」


「両手は使えぬが……まだやれる」



 ゼキルはノアに魔力の8割を譲りフラフラ状態、ムブルグは両手が使用不能レベルにまでボロボロにされている。ジンは数か所斬られた傷があり、この中では一番元気そうではあった。


 黒い天使は、明確にこちらに狙いを定めたようで一旦止まり、様子を見ている。メラメラと燃える下半身の魔力火が少し大きくなった。



「ァァァ………アアアァァァ」



ーードドドドドドドッ!



 黒い天使の燃え盛る下半身から、大量の燃える魔力弾丸が放たれる。1秒間に何発放出しているか数えきれないほどの魔弾が、3人を一斉に襲う。



「蜂の巣にでもするつもりかっ! 轟断!」


「”母なる大地の両手”」


「こぼれ弾は私が拾おう…「地夜叉」」



 それぞれが天使の放った弾丸の雨に対して技で対処していく。

 ジンは、刀に魔力を纏わせ、豪快な一刀の剣圧で同時に多くの弾丸を斬り裂き。

 ムブルグは、唯一使用できる土属性の魔術で、目の前に大きな岩の盾を作り出し続ける。

 ゼキルは、体中に魔力を張り巡らせ地面からどちらかの足が離れないように、高速で蹴る・殴る・払うなどの武術で弾いていく。


 満身創痍ながらも、遺跡には傷1つつけないという想いで、3人は終わりなき攻撃に立ち向かっていく。











「うぅ……ひっぐ…」


「泣いちゃダメにゃ、まだみんな助かる可能性あるにゃ」



 少し離れた場所に避難し、遺跡のほうで戦闘音が聞こえてから、エルは我慢できなくなって泣き出してしまった。ロロが言葉の限りをつくして慰めるも、あまり効果は無い。



「なんで、なんで…あんなに痛い思いをしなきゃ…うぅ…いけないんですか?」


「………」



 リーシャは何も言えなかった。

 ロロもそんなリーシャの空気を察して人間側を攻めるような発言をしなかった。


 「あんなに……仲良く平和に暮らしたいだけだったのに」


 「そうだにゃ~」



 本当に…本当に。

 エルを心の底から出る想いを聞いて、ここにいる魔族たちが、ただただ暮らしていただけだったと改めて認識させられてしまう。

 …私たちは、壊してしまった。こんな小さい子まで悲しませてしまっている。

 そんな事実にリーシャの目からも涙が零れる。



「……私たちは……なんてことを」


「エルフリッドに限った話じゃないにゃ、これが今の世界にゃ」



 当たり前のように、魔族は悪であると、騎士学校でも常識のように学んだ。魔族の過去犯してきた歴史や、再び平和を脅かす危険性があると。危険性魔族・魔物・呪い持ちは平和に暮らす人々の脅威になる…と。



「私は…何をしてきたんでしょうか?」



ーードカァァァァンッ!!



「っ!!」



 3人が戦っている地点で巨大な爆発音、それを聞いた時にはリーシャとエルの足は自然と爆発音に向かって駆けだしていた。



「にゃんでこんなにも、おバカばっかなのかにゃ~」



 ロロはため息をついて、駆け出して行った2人の後を追っていった。










「ぐっ……一体どれだけ放てるんだ」



 自慢の鎧はほとんどすべて砕け散り、3mを超える巨体を晒してしまっているムブルグ、全身血まみれでフラ付きながらも、土の魔術と己の体でなんとか防いでいた。



「はぁ…はぁ…緑小鬼ゴブリンとは思えん気概だなっ!」


「気概に種族なんぞ……関係ない」


「むっ…すまん、失礼な発言だったなっ」


「失礼な発言なんぞ……慣れておる」



 軽口を叩き合いながら、少し量が減ってきた天使からの燃える魔弾を防いでいく2人。

 そんな2人を後方で見守りながらも、自身も限界が近づいてきていると焦るゼキル。



(不味いな……3人とも限界が近づいてきている。ノアの準備は後10分はかかるはず)



 ゼキルが3人の体力と、残りの準備時間を考えながらどうして行くか考えていると…事件が起きる。



「くっ……近づかないを良いことにっ! 遠距離攻撃とはな! あの面近づいて斬ってやりたくなってくる!」


「っ! いけない!」



 ゼキルがジンに危険だと言う前に移動していた黒い天使は、ジンの正面で斧を横に薙ぎ払おうとしていた。



「しまっ!」



ーードガァァァァァンッ!



 黒い天使の薙ぎ払いがジンに守る隙すら与えず払われる、血しぶきをあげ、木々を薙ぎ払いながら吹き飛んでいくジン。

 黒い天使は、ジンが吹き飛んだのを確認してすぐ、横にいるムブルグに狙いを定めた。



「傭兵っ! ぐっ!」



 振り下ろされる斧に対し、一旦ゼキルのほうに飛んで距離をとる。敵意や殺気を向けなければ速くは無いが、少しでも向けてしまえば反応出来ぬ速さ、どうしたものかとムブルグは考える。



その時。



黒い天使が2人とは違う方向を向き……微かに微笑んだ。



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