第10話 虚栄の滅却

「『虚栄の滅却ヴァニティ・フレア』!」



 その声と同時に『虚飾ヴァニタス』が溜めていた赤黒く燃える魔力を解き放つ。

 

 ーーゴゥッ!


 少年の背中にい頭蓋骨から凄まじい勢いで放たれた、燃え盛る魔力に対してジンは考えた。



(下がったところで意味は無さそうだな)


 

 どうせ下がったところで、この勢いの前では間に合わない、直観だがジンはそう感じた。

 下がるのが無理ならどうするか? 結論が出る前に、気付けばジンは刀に青黒い魔力を纏わせて前へ駆けていた。



「面白い! 行くぞっ!」



 見たこと無い力を使う少年に、次々と魔術を放ってくる黒猫を前に、ジンの心は踊っていた。


 今まで戦った、どの猛者よりも自分をワクワクさせてくれる2人に感謝をしながら、放たれた『虚栄の滅却ヴァニティ・フレア』の中に突っ込んでいった。








「くそっ! 突っ込んでくるのかよ!」


「”吹き荒れる熱風”を使ってるにゃ! 逆風の中、そんな勢いよく来れないにゃ」



 2人は、技を放っても、なお前進してくるジンに驚くが、減速し始め、自身の身体を抑えもがき始めたジンを見て少し安堵した。



「ほらにゃ、たぶん燃え始めたにゃ」


「あぁ……さすがに、あれだけ仕込んだからな」



 『虚栄の滅却ヴァニティ・フレア』 この技は、一定段階まで膨れ上がった『虚飾ヴァニタス』の状態で使用できる技で、燃え盛るように見える大量の魔力を前方広範囲に放出する技である。燃え盛るように見える魔力に、実際の火の魔術のような熱さなどまったくない。しかし、この放出された魔力中で「熱い」「暑い」「火傷する」なんて少しでも思ってしまうと、体が思ってしまった分に比例して燃えるような痛みと幻覚に襲われる技なのである。



「とんでもない騙し技にゃ~」



 ロロの言う通り、ロロの火の魔術で仕込みをしてこそ確実に成功する技だ。”吹き荒れる熱風”を打ってくれたおかげで、触覚がある相手ならば「暑い」って思わせることができるし、火の魔術で辺りを、少し燃やしてくれたおかげで雰囲気も出るしな。

 1度効けば、どんどんダメージは大きくなる技だから、成功すれば決着まで持っていけるはずなんだけど…。



 ーーウォォォォォォォッ!



 青黒い魔力を刀に纏わせて、鬼気迫る声を挙げながら、ジンは激痛走る体を動かし2人に突貫した。



「1ノ太刀ッ! 集刃しゅうじん一伍一降いちごひとふりッ!」


『我ガ炎ヲ受ケテモ 向カッテ来ルトハ!』


「にゃ~大したもんにゃ! ”歪み捻じれた城壁”」



 ジンの刀が届く前に、フォルカたちの目の前の空間が大きく歪む。

 魔力を纏った刀は何かにぶつかった音を立てることもなく、歪んだ空間で止まり、纏っていた青黒い魔力は正面ではない後方へと放たれていった。



「くっ! これでも届かんとは!」


「こんだけ強くて、なんでこんなことやってんだよ!」



 フォルカは拳を強く握りしめ、『虚飾ヴァニタス』の魔力も纏わせて、技を止められて隙を見せているジンに向かって飛んだ。



「そんなことを聞いてどうするっ!」


「その力! 虐げられる者たちおれたちみたいな人のために使えないのかよっ!」


 

 ーーバキッッ!


 フォルカたちの技を受け、大技を止められて、フォルカたちの前で動きを止めてしまったジンにフォルカ渾身の→ストレートが突き刺さる。


 勢いよく後方に飛びながらも体制を整えて、倒れず足を付けてジンは着地する。



「はぁ…はぁ…見事な拳だ……何が少年をそこまで動かすんだ?」


「……今狙われている魔族が何をしたって言うんだ? 過去は過去だ、悪いことを企んでるならダメだけど、平和に生きるだけの皆に悲しい想いはさせたくないんだよ」


「……その想いで、多くを敵に回す覚悟があると?」


「別に魔族だけじゃない……普通の人だろうと呪い持ちだろうと命は、その人だけのものだろ?」


 

 そんなことを答えながら『虚飾ヴァニタス』が余計なことを話す前に消す。


 ボロボロのジンってやつが問いかけてきたから答えたけど、『虚栄の滅却ヴァニティ・フレア』の影響で、死ぬほど痛いはずなんだけど、どうなってんだ?


 そんなジンに近づくものが1人、その頭の上に猫も1匹。



「だ、大丈夫ですか?」


「おぉ…優しいな!」


「お、おい! エル!」



 殺気をかき消し、エルに応えるジン。

 もう戦う気はないようで、刀を納めて立ち上がる。ふぅ~と息を吐いて、フォルカのほうへ向き直す。



「ふむ…負けたな! 煮るなり焼くなり好きにしてくれ!」


「にゃ~、フォルカの味方として仲間になるにゃ!」


「…外傷は無いが、2日ほど戦力にならんダメージだぞ?」


「にゃ~、そこは追々話すにゃ」



 こんなすんなり行くものなのか? あぁ…『虚飾ヴァニタス』の代償が着そうだな。

 早くゼキルさんたちに知らせに行かないと。



「とりあえず歩けるだろうから、フォルカを背負ってついてくるにゃ」


「おう! 任務終了後に領主に捕らえられそうだったから行先があるのは助かるな!」



 先の戦いが無かったかのように笑いながら、代償で動けなくなったフォルカを背負って、4人は遺跡へと向かって歩き出した。



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