第9話 始まりの鐘

〈土竜の踊り場〉の店主から話を聞いた翌日の早朝。

 ゼキルさんに頼まれていた物資の調達を済ませて、フォルカたちはエルフリッドの街を出発していた。



「エルフリッドがやろうとしてる魔術は、どんな魔術なんだ?」


「その話は戻ってからにゃ」



 ロロが今日はあまり話をしない。そんな空気を察してかエルも話をあまりしない。

 ロロの魔術の影響もあって魔物は、あまり近寄ってくること無く、人の気配も感じないけど。

 エルフリッドの街の雰囲気を不意に思い出す。空気がおいしく、食べ物も美味しくていい街だった。



「……エルフリッドの街自体は良いとこだったな」


「自然豊かで、木造の建物が多かったですね」


「まぁ王国の中じゃ、田舎だけどにゃ~」



 エルフリッドは農業が盛んな地域だけあって、街でも農業関連の土地が多い。こだわりなのか木造建築が多かった気がするし、そういうところを街のアピールポイントにしているんだろう。



「店主が最後に言ってた事件は、ちょっと怖いけどな」


「冒険者を斬り刻むってのは、とんでもない思考のやつにゃ」



 この話は全然付き合ってくれるんだな。

 正直、斬り刻むって表現をするってことは、とんでもない姿になってたってことだし、そこまで出来る実力者の犯行ってことも考えられるから、エルフリッドとしては犯人確保を早急にしないといけないだろうな。

 ロロの魔術もあって、すんなり街から出れたけど、ロロいなかったら出ることはできなかったんだろうな。



「お野菜……美味しかったですっ」


「エルは全部が新鮮すぎて、大変だっただろう?」



 働く人たちも、売っているものも全部が新鮮で驚いてばっかりだったエル、あまり答えられなかったけど、たくさん質問してくれて、色んなことを知りたいっていう想いが大きかった。

 俺自身もまだまだ知らないことだらけだから、エルの姿勢を学ばないとな。









 エルフリッドを出発して3時間ほど経過した時、ロロが急に足を止めた。



「にゃ~、やっぱりダメだったかにゃ」


「ん? 何がダメだったんだ?」


「つけられてたにゃ」



 えっ!? と驚くフォルカ、確かにロロの様子は最初のほうから変だったけど、街を同時期に出た人もいなかったし、道中も気配なんて全然なかったけど…。



「よくこんな森の中で後つけてくるにゃ~」



 ハッハハハハ! と後方の木の陰から豪快な笑い声が聞こえる。

 そこから出てきたのは、一部だけ鎧を纏って、他は青色の花が描かれた、丈夫そうな布を来ている男が出てきた。

 背中に見えるのは2本の剣、何より目立つのが、俺のよりも目立つ呪いの刻印。



「さすがに猫に話かけるわ、軍の話もしている連中を追わないわけにはいくまい」


「にゃ~、フォルカのおバカにゃ」


「……すまん」



 くそ! 早く対応策を考えたいからって油断しすぎだ! しっかりしないと。

 ロロと呑気に話をしている男だが、つけてきたってことは味方じゃないし、何かしらの理由で、俺かロロを狙っている者だろう。



「領主様の雇った、傭兵さんかにゃ?」


「おうともさ! 戦力らしき奴らは斬れと言われているので斬らせてもらうぞ」


「エル……あっちに隠れててほしいにゃ~」


「はいっ」



 エルをロロに言われた場所に、急いで避難しに行く……狙わないんだな。

 笑ってはいるが、まったく隙が無いし、ピリピリと肌に感じる殺気が痛い。



「狙うかと思ってたにゃ」


「幼い子の命を狙うほど、下郎ではないのでな」



 そういうと男は背中の剣を1本抜く、片方にしか刃のついてない変わった剣だ。

 男も呪い持ちで、戦闘に使えるタイプなのかどうかは知らないけれど、斬るって言ってたし、接近戦に自身があるタイプなんだろう。



「俺は傭兵をやってるジンって言う者だ!」


「わざわざ名乗るんだな…。」


「普通は名乗らないにゃ」



 ロロがツッコミを入れるってことは、少しは余裕があるってことだと信じたいが、俺は正直殺気が重いし、痛くてかなりビビってるのが内心だ。



「……そこの銀髪は、呪いの力は使えないのか?」


「…戦闘に使えるタイプなんて言ってないけど」


「隠れもしないし、まともな武器もないってことは、そういうことだろう?」


「わざわざ使わせたいのか?」


「あぁ……強いやつを斬るのも仕事の醍醐味でな」



 不意は突かないし、相手の能力を見るまで待つし、頭がぶっ飛んだやつってのは分かるけど、それが出来る実力と自信があるってことか。


 

 ーーっ!!


 

「にゃ!”歪んだ壁”!」



 何の音もなく…男の刃はフォルカの首元まで迫っていた。

 ロロが咄嗟に唱えた空間を歪ませ、歪ませた場所を壁として機能させる魔術によって救われた。



「仕留めたと思ったが……この魔術凄いな! しっかり踏み込んだが刀が進まん!」



 ……油断してるつもりはなかったけど、ロロがいなかったら死んでたのか…こんなにあっさり命を奪えるもんなのか? 楽しむために戦う、自己満足のために命を奪おうってのか…。



「むっ! 今の一撃で刺激してしまったようだな!」



 フォルカの身体から赤黒い魔力が溢れ出てくる。

 ジンはロロの壁から刃を剥がし、後ろへ飛び退く。



「空ノ空 空虚ノ王様 顕現セヨ『虚飾ヴァニタス』!」


「来るかっ!」



 生きるのにお金は必要だし、傭兵の仕事なんだから仕方ないことかもしれない…けれど。



「そんな簡単に奪わせてたまるかよ!」


「こいっ!」


「”降り注ぐ火矢”」



 ロロの言葉とともに、上空に赤色の魔法陣、そこからジンにむかって放たれる火属性の魔力弾。



 ーーヒュンッ!ヒュンッ!ヒュンッ!



「森の中で火の魔術とはっ!」


「生命体以外には着火しないから安心するにゃ」


『ガッハハハハハハハハ! 愉快! 愉快!』



 ロロの魔術はジンってやつに、まったく当たらないが、数が多いので足止め程度にはなっている。

 『虚飾ヴァニタス』に魔力をためろ! もっと魔力を!



「膨れ上がる魔力……面白い!」



 降ってくる火の雨を刀で斬り払いながら進んでくる。こちらから目を離していないのに、掠る気配すらない。

 『虚飾ヴァニタス』に怯える様子は一切ない。


 『八罪呪源アマルティア・オクトー』の1つ『虚飾ヴァニタス

 その能力は、『虚飾ヴァニタス』を認識できる誰かが、『虚飾ヴァニタス』の魔力に怯えたり、恐怖したりすれば、魔力は膨れ上がっていき、対象はさらに負の感情が増進してしまう能力。

 しゃべる頭蓋骨と赤黒い魔力に何も感じなければ、特に効果はないのだ。



「ロロ!もっと火の魔術!」


「”地を這う炎蛇”」



 ロロの足元から放たれる4匹の炎の蛇。うねりながらジンへ襲い掛かっていく!



「なかなかの熱量だが……轟断!」



 ジンの持つ刀に青黒い魔力が纏われていく、刀を両手で持って上に掲げ。

 迫りくる炎の蛇に対して……振り下ろす!



 ーー スゴォーーーンッ!!



 

 バチッ…バチッ…と、音をたてて、炎の蛇は綺麗な唐竹割りの剣圧で散っていってしまった。

 舞い散る火の粉の中でジンは微笑みながら2人を見ている。



「先の魔術はなんでも燃やすのか? 木が少し燃えているぞ?」


「もっと燃やすにゃ~」


『中々ノ剣鬼ヨナ ダガ 我ガ炎デ灰二成ルガ良イ』



 頭蓋骨全体が燃え始めた虚飾ヴァニタスが口を開けて魔力をため始める。



「させんぞっ!」


「”地を這う炎蛇”」



 さすがに危険を察知したジンは飛ぶようにフォルカの元へ向かう。

 それを妨害するようにロロが再び、魔術”地を這う炎蛇”を放つ。


 

「いい連携だっ! 轟断!」



 ロロの魔術は、そこらへんの奴なら大火傷もんの術だと思うんだが、まったく気にもせずに迫る来る炎の蛇を斬り裂いている。

 何よりジンってやつ、ずっと笑ってる……こんな命の奪い合いの最中に楽しんでる。楽しい要素なんかあるのか?戦いの最中なんかに。


 

「負けられないっ! あんたには悪いが命を簡単に奪わせやしない!」


「いい目だっ! そうこなくてはな!」


 

 ”地を這う炎蛇”をすべて斬り払い、今日1番の笑顔をフォルカたちに向けながら再度迫るジン。

 『虚飾』の口で燃え盛る炎も、時間をかけたことで口内からあふれ出すほど溜まっている。



 ジンっていう傭兵も、俺と同じ呪い持ちだ、しかもかなり目立つ刻印だから、どんな扱いを受けてきたかなんて想像できる。生きるために傭兵になるってのも理解できるけど、何の罪もない皆の命を奪わせるのは絶対にさせない!



「ロロッ! 頼む、合わせてくれよ!」


「そのために、ここまで魔術を打ってるにゃ!」



 『虚飾』が口を大きく開く、溜まっていた赤黒い燃える魔力が一気に圧縮され。



「”吹き荒れる熱風”」



「『虚栄の滅却ヴァニティ・フレア』!」



 ロロの魔術と『虚飾ヴァニタス』の技が放たれた!

 

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