第5話 星の誓い

 フォルカたちが魔族の隠れ家に到着してから10日間が経過した。

 フォルカはロロとムブルグに修行を付けてもらい、『八罪呪源アマルティア・オクトー』の制御や身体能力向上に費やしていた。もちろんエルとの約束も忘れておらず、エルと一緒に遺跡内にいる魔族にエルの気になることを聞きに行ったり、エルが周囲と馴染めるように手伝ったりという日々を過ごしていた。


 今日の修行をなんとか終え、クールダウンしているフォルカのところにロロが嬉しそうな顔してやってきた。



「明日からエルフリッドに行って情報収集しに行くにゃ!」


「随分突然だな……」


「そろそろ動きがあるんじゃないかってことで、いい機会だし行くにゃ」


「まぁタダで世話になる訳にも行かないしな」


「しっかり休んでおくにゃ」



 ロロはそう言って去っていく、エルフリッドの軍がどんな動きをしてくるのか探るってことは、危険もある可能性が高いってことか。

 王国としても魔族の隠れ家が見つかっているなら手早く始末しろって言ってそうな気もするし、何時どうなるか分からないのは不安だからな。

 ロロは魔術で認識阻害や気配遮断なんかを使用できるから適任なんだろう。



「役に立てなさそうだけど、やれることはやらなきゃな」



 フォルカは平和に暮らす魔族たちを守りたいと1人決意をして遺跡の中へ戻っていった。









 みんなが寝静まった夜中、毛布の中でゴソゴソとうごめく者が1人。



(……眠れない)



 フォルカさんとロロさんに助けられて、ここに来てから時間が経ってるけど、まだまだ慣れない。

 ゼキルさんに自分が何をしたいか探してみると言いって言われてから、フォルカさんに手伝ってもらって、色んな人に、たくさんの話を聞かせてもらうことができた。

 

 ……でも、何がしたいか見つからないし、楽しいことや誰かのためになることって言われてもピンとこない。



(ロロさんが散歩は気分転換に良いって言ってたし……行ってみよう)



 遺跡内部だけと心に決めて、エルは誰も起こさないように、ひっそりと毛布から出た。










(フォルカさんとロロさんは街に行くって言ってた)



 フォルカさんが明日街に行って情報収集するから今日は早く寝るって言っていたのを思い出す。

 街ってどんなところなんだろう? 情報収集ってどんな風にするんだろう?

 みんなが移動するから荷物まとめないとって言っていたことと関係あるのかな? 捕らわれて連れていかれないように逃げなきゃいけないってことなのかな?



(私はなんで捕まってたんだろう?)



 エルは気付いた時には捕まって馬車の中にいた。自分の名前は分かっても、何をして生きてきたのか思い出せないのだ。



(でも……楽しいや嬉しい…感情はなんとなく分かる)



 楽しい記憶も悲しい記憶も無いけれど、明確にその感情が理解出来ている自分を不自然に感じていた。



「誰かが私の記憶を消したって言ってたけど……なんで?」



 何か記憶を消されないと行けないほどのことをしてしまったんだろうか?


 なんて考えながら歩いていると。



「……眠れぬのか?」



「あっ……ごめんなさい」



 急に声をかけられて、咄嗟に謝ってしまうエル。

 怒ったつもりはなかったが謝罪をさせてしまい、腕を組み悩んでしまうムブルグ。



「咎めているつもりはない……しかし気配をあまり感じなかったので驚いたぞ」


「誰も起こさないように気を付けてました」



 気を付ける程度で気配を消せるはずない、と思うムブルグだったが、それ以上追及はしなかった。



「何か悩み事でもあるのか?」


「えっ?」



 簡単に言い当てられて少し驚いてしまう。そういえばムブルグさんには何かしたいことがあるのか聞いたことがなかった気がする。



「……聞いてもいいですか?」


「ふむ…せっかくだ、少し歩きながらでどうだ?」


「ありがとうございます」



 了承してもらえると思っていなかったエルは、自分に歩幅を合わせているつもりなのか、少しぎこちない歩き方をしているムブルグの後ろをついていった。








「ムブルグさんは……何かしたいことはあるんですか?」


「……我のしたいことは今叶っているな」


「今?」


「狙われてはいるが、今はゼキル様が望まれた平和な時間がある」


「今……楽しいですか?」


「あぁ……大人も子供も様々な種類の魔族が住んでいるが、皆笑っている。これ以上無い楽しい日々だ」



 鎧のせいで表情はまったく分からないけど……ムブルグさんの声色は本当に楽しそうだ。



「この日常を守るために私は力を尽くすのだ、長い時間をかけて辿り着いた私のしたいことだ」


「長い時間かかった……したいこと」


「ふむ……失敗を経験し、多くの出会いと別れを重ねて辿り着いたのが今なのだ」



 ムブルグは静かに語る。

 自分も昔は人間を目の敵にしており、戦争に勝利してやると意気込んだ小さき鬼だったと、小さく弱かったムブルグは当時、役に立たないと罵られながらも努力を続けた結果、戦争に召集されたが、自分の役割は先陣という名の肉壁だったと、後方の魔術部隊を活かすための時間稼ぎの役目だったと。



「当時の私は、その役割も魔族の栄光のためだと自分に言い聞かせていた」


「…魔族の栄光」


「その時ゼキル様が言ってくださったのだ、「栄光よりも己の命に価値を見出せ」とな」


「……命の価値?」


「弱かろうが、小さかろうが命はすべて同じ、散らすために生まれたのではない…と」



 ムブルグは当時を思い出す。

 戦闘能力の無い者は価値がないと判断され、無理やり戦争の役に立てるように価値を押し付けられていた時代を。

 栄光とは言うが、散っていった多くの魔族たちを誰も称えることは無く、強い者だけが褒め称えられていた世界。

 そんな価値観が常識だった魔族の中で、力を持ちながらも考えに反対していたゼキル様、当時無価値と言われていた我らにとって光のようなお方だった。



「定められた価値なんて考えず、己の価値は己で定めろ…と言うことだな」


「己で定める…」


「我は、ゼキル様が守りたい存在を守るため、それが出来ると信じて己を高めたさ」


「…大変でしたか?」


「大変ではあったし、挫折も多かった……が充実していた面もあったな」



 エルはムブルグを見て、こんなに話をしてくれる人なんだって思うのと同時に、話をしなさそうな人でも夢中になるほど捧げたことがあれば、こんなにも楽しそうに話が出来るまでになるんだなと思った。

 自分は、したいことを見つけて、ここまで楽しそうに語るまでになることができるのか? 何者になりたいのか本当に見つかるのだろうか? 不安も押し上げてくる。



「ふむ……世界は危険も多いが広い、たくさん経験を重ねて見つければよいのだ」


「……経験」


「フォルカたちがエルフリッドに行くのが気になるのであろう?」


「うぅ……そうです」



 なんでバレているんだろう? そんなに分かりやすかったかな?



「…一緒に行くがよい、情報収集はロロがやるであろうから、フォルカが面倒を見てくれるだろう」


「本当ですかっ?」


「だが…その望みは自分で訴えて叶えるものだぞ」


「うぅ…頑張ります」


「己の手で掴んでこそ、大きな1歩になるはずだ」


 

 正直、1人でお願いするのは不安だし怖いな。

 でも自分で頑張るのが経験だし、大きな1歩になるって言っているから大事なんだと思う。

 明日の朝、出発する前に頑張ってみよう。



「さて……明日頑張るのなら、そろそろ眠らないと大変だぞ」


「ムブルグさん……ありがとうございましたっ」



 しっかり正面をむき、エルはムブルグにお礼を言い、急いで部屋に向かって走っていく。そんなエルの後ろ姿を見てムブルグは想う。



「聞いていた以上に立派な子だ………そうだとは思わぬか?」



 ムブルグは近くに誰かが居るのか確信しているように、少しだけ大きな声で問いかける。

 にゃ~という呑気な声だけが、どこからか返事をするように返ってきた。



「ふむ……我も休むとしよう」



 ムブルグは立ち上がると、ガシャガシャと少しうるさいが、どこか満足したような足取りで部屋へと戻っていった。

 





 


 

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