彼方なるハッピーエンド――三月号
大学三年生の春休みともなれば、就職活動が本格的になるわけで。
優秀なヤツから早々に
教育学部なのに何で就活してんの?とはよく訊かれる。同級生にも、世話になった会社の人にも。別にいい、俺だってバカだなって思ってるから。
だってさ、よく考えてみろ。気になる会社の社員と話す機会なんて、教師人生の中であると思うか。
今だけだ、合同セミナーや会社説明会に気兼ねなく行けるのは。
めちゃくちゃ無口な
「お疲れ様です、
その声に思考がさえぎられて顔を上げた。
日本人形みたいなロングストレートをそのまま流した
まぁ、そのおかげで美川さんだと思っていた名字が、深川だと正しく覚えられた。
そういうことをやらかしつつ、一年がたち、今では一緒にゲームをする仲だ。猫育成放置ゲームに表示される友人は俺しかいない所が、また深川さんらしい。
深川さんは、ひとつ下なのに物怖じしないし、限りなくマイペースだ。俺に敬語は使うが態度が取りようによってはふてぶてしい。笑わないし、愛想もない。だからこそ、俺も気が楽と言えば楽だ。
おつかれ、とこぼした俺の目の前に深川さんが座る。空いた席はいくらでもあるのに、ここなのだ。女子の会話も、グループの騒がしい笑い声も確かに聞こえないが、他にも似たような席はある。なんとなく、猫を手懐けたような気分になる。
彼女の置いたお盆には黒ごまプリン。食堂は気が利いているので、ホイップとさくらんぼも乗っていた。
春休み中の縮小営業で利用者もまばらだ。まぁ、近くのカフェが一、二件と限られているのが原因だろう。
そのおかげかなんだかは知らないが、こうやって約束もなく深川さんと出くわすのだから、世間はせまいのかもしれない。
ゲームを進める俺を無視して、いただきますときれいに食べ、ごちそうさまと手を合わせている。きちんとするべき所はきちんとするので、嫌いにならない理由にこれも含まれるだろう。
「聞きたいことがあるのですが」
「んんー? 携帯のこと?」
投げやりな俺に深川さんが爆弾を投げてくる。
「いえ、好きなものは何ですか」
沈黙。
スキナモノハナンデスカ?
コミュニケーションが片寄っている深川さんは、俺のとまどいを読まない。自分の言葉がちゃんと伝わっていると確信しているのか揺るぎなく俺を見つめている。
「え、は? え? 何なの急に?」
息が止まってなかなか訊くことができなかった。やっと聞けた言葉が何とも情けない。
「携帯の使い方を教えていただいているので、何かお礼の形になるものを贈ろうかと思いました」
そうか、そうだった。彼女は最初からそうだった。携帯に疎いので、俺が使い方を教えることになったのは一年ぐらい前になる。その時も報酬とかなんとか、たいそうな言葉を言っていた。
いちいちそんなことしなくても、俺はいいのに。
それを、やんわりと伝えても首を横に振るのが深川さんだ。ゆるぎない、マジでゆるぎない。だから、ゲームで友人登録してもらって、毎日更新される
「好きなもの、ないんですか?」
真っ直ぐな彼女に再び訊かれた。
好きなものといえば、やはりゲームだろう。寝食忘れてついついやっちゃうから。就職セミナーにも顔を出すぐらいだ。教師になる夢を捨てたわけでもないが、ゲームに関われる仕事も甲乙つけがたい。
好きなもの、好きなもの……肉? からあげ? 食堂のからあげでもおごってもらうか? 後輩に? 女性に? いやいやいやいや、そこは見栄をはらせてくれ。
深川さんが真面目な顔で小首を傾げている。その仕草に俺が弱いことを彼女は知らない。
好きなもの……好きなもの……。好きなものじゃなくても、シャーペン一本とか、ノート一冊とかでいいのに。売店のちっさなチョコでも十分すぎるのに。好きなもの……好きなもの……。
まだ悩み続ける俺の前にいる人は表情を崩さない。顔の角度を戻して、その口を開く。
「三千円までは考慮します」
彼女に妥協という言葉はないのだと悟った。
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