年明けこそ鬼笑う―― 一月号

 年が明けて十五分。

 あたしはうんともすんとも言わない携帯に苛立っていた。いつもいつもいつもいつも、亮平りょうへいは言葉が足りない。別にいつものことだから、いつもなら気にしないけど、今日は別だ。

 めちゃくちゃ寒い中、彼のアパートの玄関先で三十分も待たされているのだ。たぶん、彼は確実に寝ている。

 バイト上がりが一緒になって、友達が働く神社に初詣に行きたいと言ったのはあたしだ。鼻を赤くした亮平は行こうと頷いた。お風呂に入ってくると別れて、居酒屋特有のアルコールと油、煙草の匂いを洗い流して髪を乾かして訪ねてみたら、この仕打ちである。携帯に電話しても、メッセージを送っても、反応がない。

 バイト先の居酒屋が忘年会続きで疲れていたのはわかる。あたしも同じようなシフトだったし、仕事納めの無礼講や、部活やゼミ生のどんちゃん騒ぎがものすごく疲れるのもわかる。わかるけど、彼女を寒い中で待たせ続ける彼氏はどうかと思う。あたしが寒がりなことも知ってるくせに、すやすやと寝てるのだ、おそらく、たぶん、絶対。

 あたし一人で行ってもいいけど、田舎ともなれば深夜に動いてるのはタクシーぐらい。バスも電車も車庫で休んでいる時間帯だ。亮平の車をあてにしていたから、彼が部屋から出てこない限り、神社にはたどり着けない。

 嫌な時は嫌なことを思い出すものだ。

 初デートの時も落とし物を届けて遅れたし、今年の誕生日はおめでとうがなかった。何も感じてないような表情の裏で深く反省していたのはわかっていたから、キツくは言わなかったけど。もうそれは許したからいいのだけど。

 けど。どうして、わざわざ彼氏の部屋の前まで来て、待ちぼうけをする必要があるのか。クリスマスプレゼント候補の合鍵を拒否したのがいけなかったのか。年明けそうそう天罰を下す神様もなかなか意地が悪い。

 とにかく、寒くて、持ってきたカイロも仕事を放棄したのではないかと思うほど寒くて、あたしはコンビニに向かうことにした。

 赤い点滅信号も横断歩道も無視して、斜めに横切る。田んぼの横にぽつんと立つコンビニに入れば、柔和な笑顔の挨拶と、少し間抜けな開閉音が重なる。せっかく笑顔で出迎えてくれた店員には失礼だが、年が明けて初めて顔を会わせたのがコンビニ店員なんて、さみしいと思う。

 ホット飲料に手をのばし、コンビニに行くと言っていないことを思い出す。放っておけばいいとも思ったが、自分はきっちりとしておいてから、彼を頭ごなしに怒りたい。つまらないプライドが勝って、冷えきった携帯を呼び起こした。


『家の前。寝てる?』


 予想通り、最後に残したメッセージに既読はついていない。二年も付き合えば、家族に送るようなものだ。変に気を使わなくていいから、楽なのは楽だけど、誰にでも気遣いは必要だと思う。約束をすっぽかすなんてもっての他だ。


『寒いからコンビニ行く』


 それだけ打ち込んで、携帯は元あった場所にしまった。

 いつも買うミルクティーと、新発売のほうじ茶ラテと悩みながら、時間が潰せないことに気が付く。新年そうそうの深夜に雑誌コーナーで立ち読みを決め込むのも悪い気がして、スイーツコーナーを一周、ポケット菓子の商品名を一つ一つ読んで時間が過ぎるのを待つ。

 もう一度、ホット飲料の前でアプリを確認したら、既読の文字がついていた。慌てているのか、返事は来ていない。彼がごめんも、ありがとうもあまり言わないことを思い出して、心が冷える。

 体はあたたまってきたのに、体の奥底は滝行をしているようだ。あたしは、爆発しそうな怒りを沈めている真っ最中だ。

 新発売のほうじ茶ラテと同じく新発売の濃厚ショコラキャラメルサンドの会計を済ませて、コンビニを後にした。

 いぃいいっぱい、めいぃいっぱい怒って、甘いものを見せつけながら食べよう。それぐらい神様も許してくれるだろう。

 来た道と同じように道路を横切ろうとして、律儀に左右を確認する亮平を見つけた。

 田舎のコンビニなんて、数が限られているからすぐに見付けられる。駆けつけてくれたことに素直に喜べなくて、理由を引っ張り出して睨み付けた。

 離れた場所でも目が合う。

 亮平が駆け寄ってきて、あたしはうつむき、体を固くした。


「ごめん、寝てた。明けましておめでとう」


 そんな言葉が降ってきて、ホット飲料で必死にあたためていた手先より先に、胸の中が少しあたたかくなってしまった。

 あたしは怒り狂っているのだ。そう言い聞かせて、顔を上げた。

 目に飛び込んできたのは、申し訳なさそうな顔とトサカだ。どうやったら、そうなるのだと言う形の寝癖がついている。彼が今までワックスなどを使った所を見たことはないから、きっと、たぶん、トサカは寝癖だ。スタイリングではない。たぶん。

 情けない顔とトサカがシュール過ぎて、ふと口から空気がもれる。


「……初笑い?」


 と首を傾げた彼には、冷たい指で両頬を引っ張る刑を執行した。



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