12時発、1時着。――十二月号

 わたしの年末は門の外から聞こえるカウントダウンから始まる。今年で三回目。しかも、わずか三十秒程で終わってしまう。

 ゼロ、と言われた瞬間、赤い門がひらいた。流れこむ参拝客に、元気だなぁとのんきなことを考える。まだ余裕があるのは波がこちらに来るのがもう少し後だとわかっているからだ。

 今年なんて、宮司さんからの声がけが「石崎いしざきさん、元気してた?」だったので、さむいですねぇと答えておいた。去年はなんだっけ、「久しぶり」だったかな。そんな気がする。

 初参りをすませた人から、授与所へやってきた。特別なお守り以外は全部七百円。それ以外は千円、絵馬や破魔矢は大きさと装飾をよく確認してお初穂料をいただいていく。うっかりど忘れしたら机の下に隠れた表を見る。お守りの写真と金額がかいてあるから、計算する振りをして確認できるのだ。頭でシュミレーション。とちらないためと大事な準備。

 開け放たれた窓からは熱気と寒さが同時にはいり、巫女装束はヒーターにあぶられる。

 ちぐはぐな温度を構う余裕もなく、参拝客が押し寄せてきた。

 ここからが本番だ。おしとやかに目の前のことをこなし、次々にくる要望をさばく作業になる。

 お守りや破魔矢を渡し、古札返納所やおみくじの案内、絵馬の奉納場所ややり方を伝え、求められればお守りの説明をする。

 わたし達が任された場所には、本職の巫女さんはいない。五人が横一列に並び、客に対応していく。一番右端には、去年も一昨年もその前の年も「元気してた?」と声をかけられていた人が座っていて、反対の端にはわたしがいる。

 巫女さんがいるのは、社殿をはさんで対の場所に位置する授与所だ。ぎゅうぎゅうの人混みの中、あっちに行ってほしいと言うことはできない。

 つまり、この授与所助職バイトだけでよろしく、というより、人がいないんだどうにかしてくれということ。

 こちらの裏事情なんて知らず、参拝客はわたし達が本物だと思っている。本物と同じ白と赤の上下を着ているから、客はそれを目掛けてきた。

 わたし達だけでどうにかこうにかして、さばかないといけない。

 お祓いはあちらの門を出て、右手になります、お手洗いはここの裏の坂道を下りてすぐですよ、御朱印は向かいの授与所のみになります。

 いろいろな質問、要望をさくさくと片付けてお金やお守りの受け渡しを終えれば、二時間なんてあっという間だ。本当に、今年はよく声をかけられる。

 少し落ち着いた、丑三つ時午前二時には嬉しい客が来た。

 仕事中に手を振るわけにもいかないけど、つい腰が浮いてしまう。

 セミロングの髪もマフラーで巻き付けたゆりちゃんの顔がおっとかがやいた。人影をくぐりぬけて、目の前まできてくれる。

 声をかけようとして、反対側から参拝客に声をかけられた。目配せだけで、私は後でいいと言うゆりちゃんに甘えて仕事をこなす。

 対応を終えたわたしはゆりちゃんに向き直った。


「ゆりちゃん! 明けましておめでとうございます。いらっしゃい!」


 仕事に疲れすぎて、うれしさ百倍だ。

 

「うん、おめでとう。意外と広いから見つからないかと思ったよ」


 年末だろうと年始だろうと普段と変わらないゆりちゃんだ。テンション低いととられがちだが、ほんのりと口元が笑ってるやさしい顔。

 寒さと忙しさで閉め出していたあたたかい感情が戻ってきたようだ。今のわたしは誰もがご機嫌ねと言うぐらいにこにこだろう。笑顔は心からが一番である。


「わざわざ並んでくれたの?」


 わたしが首をかしげると、ゆりちゃんはお守りを選びながら答えてくれる。


「まあ、ね。バイト終わりに来たから、こんな時間になっちゃった。連れもいたし、思うほど大変じゃなかったよ」


 ゆりちゃんのバイトは居酒屋の配膳だ。夜遅くまで働いて、深夜に神社まで大変だろうと心配したが、無用のようだ。気付いたら、ゆりちゃんの傍らに見覚えのある影が立っている。


「あ、柴田くんも来たんだ。ようこそお参りくださいました」


 そう言って頭を下げたら、柴田くんも会釈してくれた。ゆりちゃんのバイト仲間で彼氏さんの柴田くんと一緒なら、夜道も安心だ。なんだか、隙のない雰囲気だし、背が高い分、迫力もある。柴田くんとは面識はあるけど、交流はしたことがない。とことん、無口だからだ。

 ゆりちゃんは梅のお守りを手にして、わたしに渡してきた。

 わたしは百回は言ったかもしれない言葉を口に出す。


「七百円、お納めください」


 ゆりちゃんから千円を受け取ってお守りをつめた後、ぽそりと何だか軽いものが落ちたみたいな音がした。

 ゆりちゃんは正確に音を拾えたようで、柴田くんに顔を向けて答える。


「そういえば、そだね。私らだと、お支払ください、とか、頂戴します、だよね」

「なんで、『お納めください』なんだろう」


 ぽつりと彼氏さんが呟いた。

 話せるんだ、と初めて声を聞いたわたしは感心してしまう。わたし達がこの仕事の説明会で必ず受ける注意がある。一に神社への奉仕活動であること、二に身だしなみ、三に言葉使いだ。

 柴田くんが言ってきたことは、まさに三の言葉使いだ。「頂戴します」、「お支払ください」とは言ってはいけないと、しっかりと釘を刺される。「何々円のお初穂料なります」「何々円、お納めください」が正しい言い回しだ。

 ちゃんと説明を受けたはずなのに、わたしは自分の中に噛み砕いて飲み込んで消化してしまっている。だから、んーと誤魔化しながら説明した。


「あくまで、神社の力をわけるってことで、商売じゃないからね。よく古いお守りは神社に返すでしょ? 授ける、与えるって形で、『あげる』じゃないからだろうねぇ」


 わたしの説明はよくわからないって言われるけど、通じたようだ。柴田くんはこくりと頷きだけ返してくれた。

 奉納とか、詣る、とか、何にしたって神社が上の立場の言葉が多い。姿形をちゃんと見たわけじゃないけど、神様はえらいのである。

 柴田くんもゆりちゃんと同じお守りと、健康お守りを受けて二人は帰っていった。

 そこからは寒さと戦いながら、途切れることのない参拝客の相手をしていく。

 気付けば四時。交代で夜食に行く時間だ。楼閣の下にある部屋に潜り込んで、炊いたご飯とレトルトカレーをセルフでいただく。毎年のこの忙しい時なので、手軽優先なのはわかるけど……うん、今年もカレーの痕がつかなかった。ごちそうさま、と手を合わせて、わたしは持ち場に戻らずに社務所を目指す。

 今年は去年と違って、いや、今年、いや、去年であってるか。まぁ、前と違って仮眠がある。二十三時から翌八時が一般的な助職の仕事だけど、今年は人がいないんだどうにかしてくれ、なので仮眠をとって、昼十二時までの奉仕だ。本職は八時まで働いて、夜の二十時からまた働くと小耳に挟んだ。一日二日だから、できるんだろうけど、過労死しないでくださいと神様にお願いしておいた。もし、過労死したら、神様は何様なんだ、になるだろう。

 よくわからないことを考える頭を強制終了して、八時から仕事の再開する。

 ぼーぅとしてきた、お昼前。思わぬ人を見つけて瞬きをした。見違えじゃないとわかって眠気が吹き飛んだ。

 普段、バイトをしている銭湯の準常連さんだ。週一、あるには二週間に一回は見る人が境内を歩いている。いつものスウェット姿ではなく、くたびれたジーンズにあたたかそうなモフモフのついたダウンジャケットが不健康そうな細身を包んでいた。あの人の顔にはたいてい隈ができているから、無精髭まで加わると怪しさ増し増しだ。勝手なイメージだけど、二浪ぐらいした受験生のようだ。

 準常連さんは参拝を終えたのか、手持ち無沙汰に周りを見渡して、人が少ない所を選んで進んだ。そして、わたしの前で止まり、絵馬を指差す。

 目が合った。

 胡散臭そうに目を細め、口を半分開く。途中で思い直したようで、一回、口を閉じてから話しかけてきた。


「絵馬をひとつ」

「千円、お納めください」


 千円渡されたので、お釣りはない。

 絵馬をわたしながら、感謝を込めて挨拶をする。


「ようこそ、お参りくださいました」


 準常連さんは器用に片眉を上げて、また何か言いたそうな目をしたけれど記入所の方へ去っていった。

 どんな願い事なんだろう、とちょっと興味を引かれたが、客が雪崩れ込んできたのでその疑問は何処かに飛んでいった。

 結局、ちょっとオーバーして、仕事は終わった。


 真上にのぼったお日様。12時過ぎに神社を後にして、原付を走らせる。正月とは無縁そうなコンビニに寄ったら、12時半にアパートについた。

 部屋着に着替えて、肉まんとココアをお腹におさめる。ちょっと冷めてしまったけど、疲れた体にはしみる脂と甘さだ。

 ベッドに潜りこんで、携帯を確認したら、12時55分。通知をタップすれば、年賀メッセージが何件か入っていた。メーカーやお店のものは後回しにして、グループに流れ込んだメッセージを読み進める。

 皆、実家で過ごしているのかな、と思うと少しだけ羨ましくなった。

 返そうと思っているのに、瞼は重たい。

 スリープを呼び起こそうとボタンを押したら、1時になった。

 それを最後に意識は夢の中。起きてるような寝ているようなふわふわした感覚だ。

 こうして、私の今年が終わる。もう年は明けているのに、と誰かが言ったような気がした。

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