第2話 距離が近づく

夕方目覚めると、更にメッセージが。


「昔飼っていた猫を覚えているか?」


ああ、飼ってたね、名前なんだっけ?

ミーコだったかな。


「ミーコのこと?」


しばらくで返信。


「正解」


やっぱ試してんじゃん。


「釣りに連れて行ってって頼んだら、釣りのゲーム買ってきたの覚えてる?」


「覚えてない」


ないんかい。


「メッセージ送ったのはね、おじいちゃんとおばんちゃんの夢を見たからなの」

「今も元気、なのかな?」


「さあ、親族とは付き合いを絶ってるから‥」



あかん奴やん。


「本当にでぺなんだよな?」


「そうだよ、なんで?」


「いや、ちょっと産業スパイか詐欺かと思って」


「騙されたことあるの?」


「ある」


つい最近ん百万単位で詐欺られたそうで、人間不信になっていると。


こいつ一体何者なのかしら。


「おじいちゃんおばあちゃんは元気なのかな?」

もう一度聞いてみる。


「どっちも生きてれば90超えてるからね、どうだろうか」


「全然知らないの?」


「知らないよ!」


あれ?なんか怒ってる?


「お父さん兄弟たくさんいたよね?連絡つかないの?」


「何年もしていないね」


「今は圧縮空気で発電する機械を作っている」


話題変えたね、ってか何でNIH上がりが発電機?????????


「どういうこと?」


ここから30分ほど技術的説明。

エネルギー保存の法則から始まり、具体的なガス圧が云々の話まで。


「Facebook見て」


発電している様子が動画でアップされる。


その動画に映し出された部屋はまさにエンジニアの実験室といった感じで、雑多に工具が散らばり、大きな机の上にこれまた明らかに複雑そうな機械が置かれていた。


動画には、ボンベのコックを開いて空気が送り出されると、ランプがピカピカと光りだす様子が映っていた。


「すごいねえ」


とりあえずの感想を伝える。こいつは称賛を求めるタイプだよね。


ちょっと嫌だな、あたしとそっくりで。


「もうひとつ、手掛けているものがある」


いわゆる流体解析ソフトのスクショがメッセンジャーで送られてくる。


「脈絡無いね」


とは書けないので、返信に困った。


こいつ全然私のこと聞かないな、自分語りばっかりじゃん。


そう思っているのを察したのか、また話題が変わった。


「うちのルーツを知っているか?」


「そういえば〇〇神社で撮った写真がすっごく多いよね。」


昔見た両親の結婚式の写真、七五三の写真、初七日参りの写真のそれは全て某神社のものだ。


住んでいたところから近いからかな、と思っていたけど、ちょっと気になってはいた。


「それは、うちが先祖代々その神社に仕えていたから。」


??


は?


じゃあなんで今のあなたは変態発明家なんですか?


「どゆこと?」


こっからまた江戸→明治に移行時の社家(お宮に仕える家の)の話が延々続く。


最後は寝落ちしちゃって、返信できていなかったことに朝気づいた。


はー、濃い2日間だったわー。メッセージのやりとりを見返しながら現実だったことを確認する。


あいつ、自分勝手だな(笑)。

結婚生活を続けられるタイプじゃないのは、この2日でよく分かったわ。


あいつは今頃どう思ってんのかな。


それからはほぼ毎日どちらからともなく、メッセージの交換を続けた。


あいつの持っている特許の話は相変わらずチンプンカンプンだった。


徐々に距離は近くなり、スタンプを送り合うまでになった。


だけど、ここでふと思う。


こいつは一旦あたしのことを捨てた人だ。


そこについてはどうなのよ、あたし。


んー、まあ数十年経ってるしねえ。


でも父親らしいことされた覚えもないわよね?


お母さん苦労したし!


その時こいつはどうやら贅沢三昧だったっぽい!


そんなこんなを考えながら夕食を摂っていると、iPhoneが震えた。


「どうやら熱がある」

「かなり高い」


あー?


心を許してくれる嬉しさと、頼られることへの苛立ちが強烈に渦巻く。


通り一遍の問診をして、受診勧奨する。


保険証持ってないらしい。

まあお金は有りそうなので、自費診療してくれればいいんだけど。


ふー


嫌だった。何が嫌なのか分かんないんだけど。


結局入院させられそうになったけど、逃げてきたらしい。


数日病状報告ラッシュが続いた。


その後、ついにあの言葉が出た。


「でぺちゃん」

「何?まだどっか調子悪いの?」

「いや」

「何」

「会いにおいでよ」


あーついに言わせてしまった言わせてしまったのよキタキタキタキタこの瞬間


「え」


「あたしが行く、んだ?」


「こっちから訪ねるのもなんか、ねえ」


「あー、(あー?)」


「えーっと、ちょっと考えさせて」


「そうだよな」


「直接話すか?」


「あー、それもちょっと考えさせて」

「それも?まあいいやこれ電話番号」

ケータイ番号が送られてくる。


えーどうしよどうしよ電話?電話だよね?めっちゃドキドキするー。

えーちょっと待ってなんか吐きそう吐きそう。


そう呟きながら指は電話番号を押していた。


ドキドキしながら「通話」ボタンを押す。


ププッという発信音が今日は妙に面白おかしく聞こえる。

数回の呼び出し音の後に、ついに、あいつの声が聞こえた。


「はい」


ハイじゃねえよ、と思いつつ


「えーっと、でぺです。久しぶり、でいいのかな?」


「ああ、もっとかかってくるのは後だと思ってたよ。」

こんなに声低かったっけ?声の印象覚えてないなー。


「‥‥」


「‥‥」


何を話していいか分からないときって、人生に何回もあるとは思うんだけどね、あんなに「何を話していいか分からない」ときって、そうないよね。


あいつが電話番号教えてきたのも、あたしが電話をかけたのも、相手への「興味」が最高潮だからなんだと思う。でも、いざ通話してみると沈黙が続くって、なんだかとても可笑しかった。


「フフッ」

そう考えるとつい笑い声が漏れた。


「なんか可笑しいかい?」

電話での口調はとても穏やかだった。


「ん?んー、あー、低い声だなぁと思って」


「ああ、いい声だからラジオで喋らないかと言われたことがあるよ」


「そうなんだ」

あまり興味なさそうな返事で返した。


「‥‥」


「‥‥」


再びの沈黙


「あー、えーっと、何歳ぶりだっけ?」


「君のお母さんと別れたとき、君が8歳だね」

実は確認するまでもなく、完全に記憶していた。


「ってことはお父さんは今65歳?」


「そうだよ、よく覚えてるね」

本音を言えば、あたしはこいつにずっと興味があった。


こいつの名前でエゴサならぬ父サーチをしたことは何度もある。


得体の知れない特許をいくつも持っていることも知っていた。


ただ、Facebookでの検索は、今回の夢を見るまで思いつかなかった。


自分でも不思議なんだけど。


だから今更通話で確認することなんて思いつかないんだ。


「看護師の仕事は大変かい?」

必死で絞り出してきた話題にしばらく応答する。


話したいことって、こんなことじゃないのよ。

じゃあ、「何」と言われると分かんないんだけどさ。

多分それはあいつも一緒だと思う。

そこじゃなくて、核心に触れたい。


「あのさあ、」


「うん?」


「ずっと気になってるんだけどさ、」


「何?」


「何でお母さんと別れたの?」

理由は実は母から聞いていた。ただ、それは母の言い分だ。

こいつの言い分を確かめてみたくなった。


「それは‥」

「それはちょっと言えない‥」


「言えないんだ」


「すまないが」


「嘘でも言い訳でも出まかせでも何でもいいから言いなさいよ!」

そんなことはさすがに言えず、鞘に収めることにした。


「そっか、」

「ところで、動画の機械すごいね」


「ああ、あれは‥」

技術解説が始まろうとした時、それを遮るように大きめの声で言った。


「見せてよ、その機械。直接!」


「興味あるんだね」

機械じゃなくてあなたにね。


「住所は特許公報に書いてあるところでいいの?」


「〇〇になってれば、そこだよ。一応メッセンジャーで送るよ。」

「来る、ってことだよね?」


ああー、なんかあたしこいつの思うツボ?

どんな顔して行けばいいのかしら?

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私のお父さん 凛輝 @yuki_openheart

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