08話.[案外真っ直ぐね]

「基っ、課題やるの手伝ってっ」


 夏休みの最終日付近にやはりというか丸はやって来た。

 こちらはとっくの昔に終わらせているうえに銀子先輩と一緒に過ごしているところだったから扉を閉めてなかったことにしたいところだけど、結局そんなことはできるわけもなく。


「分かった、上がりなよ」

「うんっ、この前はごめんっ」


 こういうところが丸はずるい。

 進んで憎みたくはないが悪くは思えないままでいる。


「ありがとうっ」

「うん、お疲れ様」


 流石に全くやっていないなんてこともなく量は少なかった。

 そのため、大体一時間ぐらいで片付けて「佐奈ちゃんと会ってくるっ」と丸は出ていった。


「面倒見がいいのね」

「すみません、来てもらっていたのに」

「いいのよ、優しいあなたが見られてよかったわ」


 って、それだと普段は違うみたいだ……。

 まあ、銀子先輩に対して優しくできているわけじゃないか。

 こちらが甘えているだけ、銀子先輩達が来てくれているだけ。

 いまのままだとそれだけで終わってしまう。


「でも、少し心配になるわ」

「え?」

「あなたがきちんとできているのかどうかよ、見せて」


 見てもらうことにした。

 教える側が間違っていたら話にならないから。

 あとは後で面倒くさいことにならなくて済むから。

 ……やっぱりこちらばかりが頼ることになっているんだなあと考えつつ。


「問題はなさそうね」

「よかったです、丸に間違ったことを教えたくはないですからね」


 だけどこのままでいたくないのなら頑張らなければならない。

 丸が、佐奈が勇気を出したからこそ関係が変わったわけなんだし。


「銀子先輩」

「なに?」

「もっと仲良くなりたいです、もっと頼ってもらいたいです」


 仲良くなりたいなら真っ直ぐにぶつかるしかないんだ。

 少しだけ羨ましくなってきているというのもあった。

 関わってくれている異性の中では銀子先輩がいまは一番、という微妙なあれでもある。

 だけどいまそういう細かいことはどうでもいい。


「いまのままだと足りないと言うの?」

「……十分来てくれていますけど、学校が始まったらまた忙しくなりますから」

「なるほど」


 言ってから気になった。

 そもそも彼氏さんがいたらどうするのかということが。

 いやまあ、彼氏さんがいたら諦めることしかできないけども。


「あの、彼氏とか……いないですよね?」

「ふふ、いたらあなたのお家に来てはいないわよ、泊まらせることもしないわ」

「そうですよねっ」

「いなくてよかった?」

「はい、可能性がゼロではなくなったわけですからね」


 安心できたから少し休憩をすることにした。

 いまので勇気を使い果たしたと言っても過言ではない。


「あなたも案外真っ直ぐね」

「……丸達が少し羨ましくなったんです」

「私のことが好きなの?」

「銀子先輩は魅力的な人ですからね」


 ここが自宅であることを僕はちゃんと考えていなかった。

 ここではっきり拒絶されたら逃げることも叶わないというのに。


「私は――」

「やっほーっ」


 よし、今度こそ逃さないようにしよう。

 銀子先輩に頼んで逃げられないようにする。

 ついでに扉もしっかりと閉じて完成だ。


「おいおい、だから二兎を追っちゃ駄目だって」

「違います、僕が特に仲良くなりたいと思っているのは銀子先輩ですから。でも、それとこれとは別です、あなたはいきなり来ては変なことを言って帰ることばっかりじゃないですか」

「えぇ、堀井ちゃんと喧嘩したときなんかには連れてきてあげたけど? そのおかげで堀井ちゃんとも仲直りできたよね?」

「それはそうですけどあなたは帰りすぎですから」


 大丈夫、銀子先輩が手を握ってくれているから逃げられまい。

 ふふふ、とりあえず今日の目標は三十分だ。

 それが達成できたら送って行くことにしようと決めた。


「銀、いつまで私の手を握っているつもりなの?」

「仕方がないじゃない、増森君に頼まれているんだから」

「逃げないよ、だから離して、ちょっと痛いんだよ」

「分かったわ」


 発言通り今回は帰ろうとはしなかった。

 自由にしていてもらいたいから飲み物とかお菓子とかを複数用意した。

 

「名前で呼ぼうよ」

「それなら基君と呼ばせてもらうわ」

「基弘君は銀子先輩じゃなくて銀ちゃんとか銀子とか呼び捨てにしよう」

「銀子先輩のままでいいと思います」

「まあそこは本人が気に入った呼び方でいいけどさ」


 なんというか魅力的な先輩と仲を深めて~的な感じがいいと思うんだ。

 呼び捨てとかは違う、先輩側からはそれでもいいんだけど。

 

「ふふふ、私、基弘君に言いたいことがあるんだ、聞きたい?」

「え? それはまあそういう言い方をされたら気になりますからね」


 先輩は今度は逆に銀子先輩の手を掴むと少し揶揄するような笑みを浮かべた。

 なるほど、そうやってこちらを試そうということなのか。

 流石に声をかけてからではないとできなかったものの、こちらも同じようにさせてもらった。


「できましたよ」

「え? 別に試すためにしたわけじゃないんだよ?」

「え……」

「さっき銀が少し私に嫉妬してたからさ」


 えぇ? 嫉妬なんてしていないだろう。

 僕が頼んだから仕方がなく従ってくれただけだ。


「よし、これで契約は完了ね」

「あ、送りますよ」

「はぁ、基弘君は心配になるなぁ」


 うっ、思い切り握られていやでもとすら言えなかった。

 こういうことだったのかと理解する。

 そして今日も先輩はあっという間に目の前から消えてしまった。


「思わせぶりなことを言うのはあなたも同じね、林田君のことをとやかく言える立場ではないわよね」

「す、すみません……」

「まあいいわ、珍しく勇気を出してくれたことだし」


 確かにそうだ、手に触れるだけでもドキッとしていた人間が堂々とするなんてね。

 ……勘違いしてやってやろうじゃないかという気持ちになっていなかったらできていなかったことだが、いま細かいことはどうでもいい。


「あと、私は中途半端なのが嫌いよ、私と仲良くしながら他の子とも仲良くなんて許せない」

「え、佐奈とかも駄目ですか?」

「……それは仕方がないことね、ただ、果林をしつこく誘ったりするのは気に入らないわ」

「話せるようになった人とは仲良く――」

「私とそういう関係になりたいのなら我慢しなさい」


 しつこく誘ったりしないからということで許可をしてもらう。

 佐奈ともいたいしね、丸からしたら嫌だろうけど。


「基君、本当に私とそういうつもりで仲良くしたいの?」

「はい」

「分かったわ、一日だけ考えさせてちょうだい」

「分かりました」


 帰るということだったから送ることにした。

 振られるのならここで振られた方がよかった。

 変に先延ばしにされても期待してしまうからだ。


「送ってくれてありがとう」

「はい、今日も来てくれてありがとうございました」

「ふふ、それはいいのよ、それじゃあまた明日」

「はい」


 丸に後で怒られることになろうと気にせずに佐奈の家に行く。

 こういう話は佐奈の方がいいから。


「へえ、いつの間にかそんなところまで進んでいたのね」

「うん、佐奈達に影響されたのもあるんだよ」

「ああ、羨ましく感じたということね」


 これまで佐奈以外の異性と友達になることすら難しかったから余計に影響した。

 本当に果林先輩には感謝しかない、今度絶対にお礼をしたいと思う。


「それを私に言ってくれたのは嬉しいわ」

「丸より佐奈かなって、あと、このことは丸に言っていいから」

「はは、怒られてもいいの?」

「いいよ、丸と付き合おうと佐奈が親友なことには変わらないんだから。もちろん、佐奈が嫌ならやめるけどさ」

「気にしなくていいわ、私だってあんたとはまだまだいるつもりだし」


 丸がいなかったら、なんてことは考えたくはないが考えるときがある。

 もしそうなっていたらまず間違いなく佐奈とそういう関係になれるよう動いたはずだ。

 先輩達とは佐奈をきっかけに関わることもあったかもしれないが、そこは変わらない。

 でも、現実は違かった。

 佐奈は丸が好きで、丸も佐奈が好きで。

 ひとり残されてしまったからなんとも言えない寂しさが確かにあって、一番仲良くできているからという理由で銀子先輩とそうなりたいと思った。

 だけどいまは違う、そういう理由抜きで僕はあの人と特別仲良くなりたい。

 そしてその答えは明日知ることができる、というところまできていた。

 振られてしまってもすぐには片付けられないだろうが、気持ちを伝えられたことをいいことだと考えて生きていこうと考えている。


「よし、なにか食べに行くわよ」

「え、なんで急に?」

「家にひとりでいたってごちゃごちゃ考えて駄目になるだろうから」

「そっか、うん、行こう」


 佐奈のこういうところが好きだ。

 丸だけじゃない、ちゃんとこちらのことも考えてくれている。


「丸がいなかったら告白してたよ」

「諏訪先輩がいるんだからそんなこと言わない、それに丸がいないのは嫌よ」

「僕だってそうだ、はは、口にするべきじゃないって分かってたけどついね」


 たまにはということで飲食店ではがっつり注文して食べた。

 一緒に行ってくれているのが佐奈だからというのもあるが、満足度が物凄く高い。


「じゃ、あんまり悪く考えるんじゃないわよ」

「うん、ありがとう」


 もちろん佐奈を送ってから家に。


「ただいま」

「おかえりー」


 母にもいるのかどうかは知らないものの、ちゃんと説明をした。

 珍しくにやにやしたりすることもなく、ただ短く「そっか」とだけで済ませてきた。

 なんか気持ちが悪かったから煎餅でも食べさせておくことにした。


「もがっ、も、基弘、し、死ぬ……」

「大袈裟だなぁ、煎餅が好きなんだからいっぱい食べてよ」

「はぁ、不安なのは分かるけど基弘なら大丈夫だよ」


 別にそこで不安になっているわけではないんだ。

 母がおかしかったからこうさせてもらっているだけで。


「酷い……」

「いやいや、いつも感謝しているからさ」

「嘘でしょそれ、ぐうたらしやがってって思っているでしょ」

「そんなわけないでしょ」


 肩でも揉んでおくことにした。

 そうしたら多少はマシな態度で接してくれたのだった。




「基君、答えてもいい?」

「はい、どうぞ」


 今日は自宅でもなく、かといって銀子先輩の家というわけでもなかった。

 中途半端な場所で、暑い中、銀子先輩に向き合っている。

 だが、相変わらず銀子先輩だけは涼しそうだった。


「受け入れるわ」

「いいんですか?」

「ええ、あなたといると心地良さを味わえるもの、少し気に入らないところもあるけれど」

「言ってください、直せるところなら直したいですから」


 言われたのはほとんど昨日と同じことだった。

 分かったと納得しておく。

 だって禁止にまではしていないからだ。

 帰ろうとしているなら引き止めずに帰らせるという約束をした。


「あとは『丸がいなければ告白していたよ』なんて言ってしまうところね」

「もしかして佐奈から……」

「それしかないでしょう?」

「すみません」

「まあいいわ、今日は私の家に来てちょうだい」


 ご両親は多忙なのか家にはいなかった。

 これだけ大きな家なんだから専業主婦でもいいと思うなどと偉そうに考えていたら「お母さんも働くことが好きなのよ」と銀子先輩が答えてくれた。

 やっぱりそういう人もいるんだなというのが正直な感想で。


「はい、膝を貸してあげる」

「それじゃあ」


 ああ、当たり前のように預けていた先輩の気持ちが分かるな。

 なんていい感触なんだろうか、体温が少し高めなのも影響しているかもしれない。

 手とかも意外と熱かったぐらいだからなあ。


「銀子って呼びなさい」

「え、◯◯先輩って呼び方よくないですか? 僕は◯◯君って呼んでもらえて嬉しいですけど」

「いいから従いなさい」

「じゃあ……銀子、と」


 僕がリードするのではなくぐいぐいきてくれる人がやっぱりお似合いだったんだ。

 というか未経験の人間にそんなのを求める方が間違っているというもの。

 ただ、だからといっていつまで経っても甘えてばかりではいたくない。

 僕はまだこの人に甘えてもらえていないから。


「たまには僕に甘えてくださいよ」

「ふふ、あなたはなにができるの?」

「うーん、愚痴を聞くことぐらいですかね、あとはなにか一緒に食べるとかそういう簡単なことしかできないですけどね」


 一緒に過ごす、一緒に盛り上がる、一緒に寝たりする。

 結局のところは一緒にいると言えば片付くことだ。


「じゃあ一緒に過ごしてちょうだい、夏休みももう終わってしまうからこういうときに過ごしておかないとあなたはどうせ堀井さんや果林を優先し始めるだろうから」

「相手をすることはあっても一番は銀子先輩ですよ」

「もう先輩呼びになっているわよ?」

「やっぱりこの方がしっくりくるんですよ。それにこう言ってはなんですけど、そこは重要じゃないんです」


 名前で呼ぶことは別に恋人同士じゃなくたってできる。

 だから恋人同士でしか求められないようなことを僕は求めたいのだ。


「僕はどんな形でもいいからあなたといたい、それだけは分かってください」

「ふんっ、どうせ林田君がいなかったら堀井さんに告白していたくせに」

「でも、現実はそうではなかったわけですからね、果林先輩のおかげであなたと出会うことができました」


 これからも余計なことは言うだろうがこのことに関しては言わないようにするから大丈夫。

 というか、銀子先輩が相手をしてくれている時点で僕にとっては幸せだから。

 ……面食いなところもあるのかもしれないものの、それだけではないのだから。


「ありがとうございます」

「……なんかむかつくわ」

「えぇ……」


 なにか不満を感じたら言ってほしいというのは変わらない。

 直せるところなら直していきたい、合わせてもらうばかりなのは嫌だ。

 あとはやっぱり甘えてほしい、頼ってほしい。

 そのためにも色々なことを頑張らなければならなさそうだと考えている。


「……他の異性の名前を出すんじゃないわよ」

「ははは、だけど果林先輩がいないと、わっ!?」

「もうその口を塞いでしまおうかしら」


 なにでっ、と構えていたら指で押さえつけられてしまった。

 いまこのときだけは果林先輩によく似ていると思った。

 だって、こちらを揶揄するような顔で見ているから。


「ふふ、冗談よ」

「銀子先輩は果林先輩に似ていますね」

「長く一緒にいるから影響されたのかもしれないわね、あとそれやめなさい」

「はい、分かりました」


 普通に銀子先輩の隣に座る。

 それから一切遠慮せずに手を勝手に握らせてもらった。

 拒むこともせず握り返してくれたから嬉しかったのだった。

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