07話.[おやすみなさい]
「終わってしまったわね」
「そうですね」
果林先輩と母を探すために行動しなければならない。
どうせなら丸達とも会えたらいいかもしれない。
「あ、基弘っ!」
「ど、どうしたの?」
佐奈に詰め寄られてどうしようもなくなる。
ただまあ、今回のこれは丸のせいだから責めるなら丸にしてもらいたいところだ。
「どうしたのじゃないっ、三人で見て回るって言ったでしょうがっ」
「丸から聞いてないの?」
「それは……聞いたけど」
母と先輩も近くにいてくれたからみんなで帰ることにした。
男ふたりに女の子が四人――母も含めていいのかは分からないけど……。
「丸、楽しめた?」
「うん、それに告白もしたよ」
「え」
ほう、じゃあもう関係が変わったということなのか。
だけどなんか悔しい、三人で見て回りたかったな。
だってこれまでは毎年一緒に行っていたんだからさ。
付き合い始めたということなら来年も危ういところだし……。
「だからもう佐奈ちゃんは僕のだから」
「佐奈は物じゃないよ」
「いまはそういう細かいことはいいから」
なんだいなんだい、可愛げがなくなっちゃって。
純粋無垢だった丸はもういないんだなあ。
誰に対しても可愛いとか言っていた丸はもう見えなくなるわけだ。
そうしたら佐奈にべったりしている丸しか想像できない。
「基弘君のお母さんっ、今日はありがとうございましたっ」
「こちらこそありがとうっ」
「それではこれでっ」
あ、先輩はそうやってひとりですぐに離脱するんだから。
でも、呼び止めようとしたら「いらないよー」と言って走り去られてしまった。
「基、僕も佐奈ちゃんを送ってくるから」
「分かった、じゃあまた今度ね」
そうしたら何故か佐奈のお母さんに会いたいとかで母も消えた。
……ふたりでいたかっただろうに微妙に空気が読めていなかった。
「行ってしまったわね」
「そうですね、自分の近くにいてくれる人はみんなこんな感じです」
まあ後は帰るだけだったんだからそれでもいいんだけど。
それにしてもあっさりと変わってしまったものだ。
これまでずっと抱え続けてきていたというのに、相手が少し変わっただけでここまであっさりと上手くいってしまうんだなって。
「私の家に来ない?」
「え、もう二十一時前ですけど」
「無理なら無理でいいわ、もし来られるということならそのまま泊まってほしいの」
え、それはどうなんだろうか?
もし泊まる泊まらせるということなら僕の家に来てほしい。
銀子先輩にやらせるばかりで申し訳ないが、あの家にいるのは結構大変だからだ。
隠しても仕方がないからちゃんと言った。
けど、答えはNOだった。
「じゃあ、お風呂に入ってきます」
「それならあなたのお家で待たせてもらうわ」
「分かりました」
……それなら銀子先輩が着替えを持ってきてくれれば楽なのにとは思いつつも口にはせず。
待たせてもあれだからとささっと入浴を済ませて、それからしっかり連絡をしてから銀子先輩の家に向かった。
「誰もいないんですか?」
「ええ、だからあなたに来てほしかったの、果林は帰ってしまったから」
「そうですか」
もう入浴も済ませている身としてはそれほど気楽なことはない。
別にいまさらふたりきりになってしまったからって緊張もしない。
「花火を見る前にしたか、花火が終わった後にしたか、あなたはどちらだと思う?」
「花火を見る前にですかね、丸と佐奈ならそうしそうです」
「私達がただ立って待っている間にどこかでは男の子が女の子に、女の子が男の子に告白をしているって面白い話よね」
「そうですね、他にも色々当てはまりますね」
見ることができるのは一部だけだ。
気づけばなにかが起こっていて、ぼうっとしている間に終わっている。
始まりがあれば終わりがあるというのはどれに対してもそう。
「果林みたいにできなくてごめんなさい」
「え? 謝らないでくださいよ、今日だって銀子先輩のおかげで寂しい思いを味わわずに済んだわけなんですから」
母はそうそうに先輩と行動し始めてしまったからあのままだったら寂しくひとりぼっちで。
花火があるとは分かっていてもひとりでいることに耐えきれず初めて帰宅していたかもしれない可能性すらあったのだ。
「果林先輩は果林先輩のままで、銀子先輩は銀子先輩のままでいいんです」
「そうなのね」
「はい、一緒だったらつまらないですよ」
とはいえ、僕は変わらなければならない気がする。
すぐに汚い欲望をぶつけたくなるところとか本当に。
手を繋いだのだって自分がしたかったからという理由が強かったわけだし。
「お風呂に入ってきたらどうですか?」
「あ、そうね、それじゃあ行ってくるわ」
「はい、ゆっくり入ってくださいね」
こっちはもう布団を敷いてくれているから転んでみることにした。
そうしたら快適すぎてなんか眠たくなってきたぐらい。
あ、だけど少し小腹が空いたような気がして眠るまではいかなかった。
「お、遅いな」
もう一時間も経過しているわけだけど……。
だからって確認しに行くわけにもいかないから待つことに専念。
でも、日付が変わっても戻ってくることはなかった。
「ま、増森君」
声が聞こえてきて目を開けた。
真っ暗な部屋の中でも分かる、目が慣れているからだろう。
「……お風呂から出たんですね」
「え、ええ、数時間前にね」
異性の家だというのに普通に寝てしまっていた。
あと、気軽に異性の家に入るべきではないとか言っておきながら結局これなことに苦笑するしかできなかった。
「それでどうしたんですか?」
時間を確認してみたらもう二時すぎだった。
こんな時間に自分の家でも異性がいるところに行くべきではないと思う。
まあ、なにもできないけども。
「あ、やっぱり帰ってほしいとかですか?」
「え? あ、違うわよ、ただ……」
ひとりで寝られないということもないだろうから、……いや、分からないな。
「少し外に出ない? 泊まってもらったのに全然話せなかったから」
「分かりました」
外に出てみたら夜風が涼しかった。
生温い感じじゃない、とにかく落ち着ける要素しかない。
あとは今日も空が綺麗だからぼうっと見上げるだけでも楽しかった。
ひとりだとこの時間は夢の中だからきっかけを貰えてよかったな。
「果林に連絡してみたけれど駄目だったの」
「かと思えばいつの間にか現れますよね」
「ふふ、そうね、その場に留まっているよりもあの子らしいわね」
友達としては不安になるところもあるのだろう。
変なことに首を突っ込んで変なことに巻き込まれる可能性もある。
夜に外出をして危ないことに巻き込まれることもある。
でも、大人しく家にいなさいなどと言ったところで届かない、と。
だからどうかなにもありませんようにと願うことしかできない。
……って、なにをごちゃごちゃ考えているのか。
「嘘なの」
「え?」
「……実は自分で誘っておきながら恥ずかしくなって行けなかったのよ」
「それなのによく来られましたね、こんな真夜中に」
「お祭りに行っていたからかしら、部屋でひとりになったら寂しかったのよ」
その気持ちは少し分かる。
あっさり寝てしまったが、なんとも言えない感じになっていたから。
あとは自分の知らないところであっさりとふたりの関係が変わってしまったことなんかも影響していた。
「ははは、銀子先輩でも恥ずかしいことってあるんですね」
「あるわよっ」
「ま、まあまあ、馬鹿にしているわけではないですから」
大声に驚いた。
いつも余裕たっぷりの銀子先輩だから余計にそう思う。
揶揄されたら余裕がなくなるというのもギャップがあって可愛いかもしれない。
「あなたの手って小さいわよね」
「そうですか?」
「ええそうよ、ほら、私の方が大きいなんて複雑じゃない」
手は熱かった。
真っ暗だからだろうか? そこに一瞬物凄く意識が向いた。
でも、あまりよくないことだからぱっと離す。
「……そ、そういうのやめてくださいよ」
「なんで? あ、ドキドキしてしまうとか?」
「もう寝ます、おやすみなさい」
質が悪い、分かってて言っている。
僕だっていまさらになっていいのかって気持ちになってきているんだから。
銀子先輩以外が誰もいない家で寝ようとしているんだから。
「待ちなさい、ひとりだと寂しいと言ったでしょう?」
「それならもう一緒に寝たらどうですか、夜中に起こされるのは嫌ですからね」
客間に続く扉の前で足を止めた。
少しだけやけになっていたところもある。
あとは単純に「なにを言っているの?」と冷静に言葉で蹴ってほしかったのだ。
そうすれば気恥ずかしさとかもどこかにいくから。
「……ごめんなさい」
「……あ、ああいうことはやめた方がいいですよ、もしかしたら襲われていたかもしれませんからね」
僕も所詮欲望まみれの男だから欲望を抑えきれずにがばっといってしまう可能性はある。
「そ、それじゃ……」
「私もそこで……」
「じゃあ……」
ふたりきりで過ごすだけ。
例え寝ることになってもそれと変わらないんだから気にしなくていい。
銀子先輩は真っ暗な部屋の中、手際よく敷布団を敷いていた。
「おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
距離もしっかり保たれているからうっかり、なんてことにもならないからいい。
そもそも寝相は悪くないからそんな事故は起こらないけども。
眠たかったのもあって朝までしっかり寝た、なかなかの精神力をしていると思った。
「おお、いい天気だな」
「そうだねー」
「果林先輩、銀子先輩に誘われたのならちゃんと来てあげてくださいよ」
「まあまあ、ふたりきりでよかったでしょ?」
ご両親が帰宅する前に起きられてよかったと思う。
先輩がこのタイミングで来てくれたのも救いだ。
「基弘君、さすがに……したよね?」
「なにもしていませんよ、一緒の部屋で寝たのは寝ましたけど」
「えぇ、抱きしめるぐらいしようよー」
無茶言わないでほしい。
手に触れられただけでドキッとしている人間がそんなことができるわけがない。
もしできたのなら、そのときは自分に一番驚くことだろう。
「……そこにいたのね」
「おはよーっ」
「ええ、おはよう」
やっぱり先輩といられるときはどこか安心したような顔になってる。
いつか僕もそういう存在になれたらいいけど、近いような遠いようなという現状から変わっていけるのかという不安があった。
「銀、結局なにもなかったって本当?」
「寂しかったから泊まってもらっただけよ」
「ふーん、一緒にいてくれれば誰でもいいんだ?」
「あ、あなたがどこかに行ってしまうからじゃない」
「嘘だよっ、それに基弘君には約束を守ってもらう必要があったしね」
先輩はこちらの肩に手を置いて「草食系だから協力してあげないといけないし」と言った。
事実そうだから言い訳はできない。
銀子先輩とだって先輩がいてくれなかったら出会えていなかったわけだから。
「じゃ、私はこれで帰るよ」
「もう、あなたはすぐそうですよね……」
「そんな顔をしないでよ」
今度同じようなことがあったら銀子先輩にしっかり捕まえてもらおうと決めた。
「ご飯を作るわ、だから食べてちょうだい」
「手伝います」
「そう? それなら一緒に作りましょうか」
とはいえ、出しゃばるのはあれだから少しぐらいでいい。
そして銀子先輩は非情に効率よく調理を進めていった。
「できたわね」
「はい」
食べようとしたところでご両親が帰宅して慌てる羽目になった。
だけど凄く話しやすい人達でその後は楽しく話をしたりもした。
ある程度のところで申し訳ないからと外に出てきた形になる。
「ふふ、慌ててたわね」
「あ、当たり前ですよ」
向こうからしたら大切な娘に近づく変な奴って感じだろうから。
先程のあれだってきっとあまりイメージはよくないと思う。
「心配しなくていいわ、だって私から誘ったんだもの」
「そうですかね?」
「ええ、それに私はあなたのことを信用しているから大丈夫よ」
まあ、それならいいかと片付けておいた。
「ありがとうございました」
「こちらこそありがとう」
ひとり帰路に就く。
丸や佐奈とゆっくり話したいという気持ちが出てきていた。
「というわけで、今日は丸が遠慮してね」
「え、やだっ」
もちろんただ言ってみただけだ。
丸からしたらもうただの親友じゃないんだから違う異性といてほしくないよなあ。
「佐奈ー」
「駄目だからっ」
「話すぐらいさせてよ」
「……狙わない?」
「狙わないよ」
ということで佐奈の家にふたりで向かった。
今日のこれは誘われていたのもあるし、僕が話したかったのもあるから空気が読めていないわけではない、はず。
「あれ、なんで丸もいるのよ」
「はあ!?」
「冗談よ、上がりなさい」
もう少し冷静に対応した方がいい。
付き合っているのに本気でそんなことを言うはずがないのだから。
もし本気で言っているのであればそれは付き合って現実を知ったということだ。
「やれやれ、あんたはまったくもう……」
「え、僕?」
「ずっと一緒に行ってたのよ? あんたのせいで十数年の記録が途切れたじゃない」
「それは丸に言ってよ、僕だって佐奈達と行きたかったんだから」
「諏訪先輩と一緒に来たの、見てたけど?」
しかも佐奈には言ってないけど誘われていたという……。
でも、佐奈達の方を優先したんだからそこだけは分かってほしい。
「佐奈達も大切だから」
「言葉が軽いのよね」
「信じてよ、そうじゃなければ今日来てないよ」
面倒くさいことにしてくれたうえに自分だけ告白できてすっきりできているであろう丸は床に寝転んで自由にしていた。
多分これは佐奈が甘くしすぎた弊害だと思う。
「佐奈、彼女になったからって丸に甘々では駄目だからね?」
「分かってるわよ、それに丸に甘くしたことなんて一度もないわ」
「嘘つき、丸のことが好きだからってよく僕らが勝負をした際には丸ばかり勝たせてたよね」
「そんな昔の話をされても知らないわ」
こうやってなかったことにするあたりはよく似たふたりだ。
言い忘れていたからしっかりおめでとうと言っておいた。
「で? 諏訪先輩のことが好きなの?」
「仲良くしたいよ」
ただひとりでいるのが嫌だったとはいえ誘ってくれたのは嬉しかった。
少しやけになっていたところもあるが、一緒に部屋で寝られたのもいいのではないだろうか。
多分この先、ああいうことはほとんどないだろうからせめてもの思い出としてね。
「はっきりしなさいよ、明らかに一緒にいたくて行動しているじゃない」
「うん、一緒にいたいよ」
「じゃあいまから呼ぶ?」
「いい、今日は佐奈や丸といられればそれでね」
もう夏休みもそこまで時間が残っていない。
わがままだからあれもそれもこれもとどれをも望みたくなるのだ。
佐奈達も大切、銀子先輩達も大切、家族も大切ということでいい。
「あーあ、佐奈が丸と付き合い始めちゃったから来てくれなくなるんだろうなあ」
「それはないわ、行くって言ったじゃない」
「そんなの学校が始まってみないと分からないでしょ?」
「変わらないわ、私達はずっと一緒にいるべきなのよ」
まあ、全く知らない人と恋をして付き合い始められるよりはいいか。
把握だってしやすいからこっちはいつまでも続くようにと願っておけばいいんだ。
「ね、丸もそうでしょ?」
「……佐奈ちゃんを取られないならそれでいい」
「基弘は諏訪先輩に興味があるんだからそれはないわよ」
それだって本当はどうなっていたのか分からない。
先輩がいなければ出会うことすらできていなかったわけだし、もし丸がいなかったのであればそれはもう佐奈に一生懸命になっていたことだろうし。
「丸がいなかったら分からなかったけどね」
「じゃあ基はいらないっ」
彼女にめちゃくちゃ呆れたような顔で見られてしまった。
だけど言っても仕方がないことだからこれでいいんだ。
「丸、そんなこと言わないで」
「……なんで佐奈ちゃんが」
「私は丸と基弘、ふたりとずっといたいのよ」
「……じゃあ佐奈ちゃんに免じて許してあげる」
「ありがとう」
が、少し可愛くなくなってしまったから泣きついてきても勉強は教えないと決めた。
今度こそ守ろうと思う、不安そうな顔をされても絶対に揺らがない自信があった。
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