06話.[約束をしました]

「ね、銀のこと真剣に考えてみてよ」


 と、果林先輩に言われてからもう一週間が経過しようとしていた。

 銀子先輩が元々使用しない人なのか夏休みに入ってからやり取りは一切できていない。

 こんなのじゃ真剣に考えたところで届くわけがないと悪い方に考えるしかできない。


「基、ここって分かる?」

「うん、これはこうすればいいんだよ」

「ありがとう」


 丸と喧嘩にならなかったことだけが救いだ。

 ちなみに丸と佐奈はいい感じになっているらしい。

 この後も一緒にお出かけをするんだと、それはもうデートだよねという感じで。


「くそー……」

「ん?」

「いや、まんまと基に騙されたわけだから……」

「でも、特別なのは本当なんでしょ?」

「当たり前だよ、その場の思いつきで言葉にしているわけではないし」


 少しだけ危うさはあったものの、佐奈の前であれを引き出せたのは大きい。

 なので、そちらはもう丸や佐奈が自分達でなんとかするから気にしなくていいんだ。

 僕が気にしなければならないのは自分のことで。


「僕ね、どうせならああやって吐かされるよりもちゃんと言いたかったんだ」

「ごめん、少しやりすぎたって反省しているよ」

「でも、ちょっと勇気が出なかったところもあるから基には感謝してる」

「そっか」


 少しでも力になれたのならそれでいい。

 自分のことを気にしなければならないのは分かっていても気になるものだから。

 いつの間にか、ってわけじゃないんだろうな。

 僕といるところを見て焦ったのかもしれない。

 しかも最近で言えば、言動だけで判断すればまるで僕のことを気にしているみたいだったわけだから。


「あ、そういえばさっき諏訪先輩と会ったよ」

「そうなんだ」

「凄く暑いのに諏訪先輩だけは涼しそうだった」


 そう、そこが羨ましいところであり、大丈夫なのかなと心配になるところではある。

 汗をかけることって本当は幸せなんだ。

 汗をかけないと熱がどうしてもこもってしまうから夏なんかにはやられやすいし。

 まあだからってなにかをしてあげられる、というわけじゃないんだけど。


「僕なんか汗っかきだから少し不安だな……」

「佐奈はそういうの気にしないでしょ」

「でも、どうせならいい匂いでいたいから」


 それはまあ確かにそうだ。

 尋常じゃないくらい汗をかいていなくても汗をかくことで体臭というのは気になるか。


「丸は大丈夫だよ」

「ほんと? 臭くない?」

「うん」


 そんな会話から一時間ぐらい更に真面目にやって解散となった。

 このまま家にいるのもなんだからと外に出てみることにした。


「あつ……」


 すぐに逃げ込みたくなったものの、歩いて公園に向かうことに。

 今日も今日とて緑に囲まれていて日陰となっているから涼しそうだ。

 そして、そういうのが一切関係ないと言わんばかりの人がベンチに座っていた。


「あら、こんにちは」

「こんにちは」


 もしかしたら銀子先輩に会えるんじゃないか、そんなことを期待しながら出てきただけ。

 だから約束とかは一切していないのに会えたことで少し固まってしまう。

 それでもすぐに意識を戻して、なんとなく隣に座るのは恥ずかしいからブランコに座った。


「課題はやってる?」

「はい、先程は丸と一緒にやっていました」

「偉いわね、果林なんて最終日付近までやらないからこっちが心配になるわ」

「でも、やると決めたらすごそうですね」

「そうね、気づいたら終わらせているんだもの」


 うーん、どうすればもっと仲良くなれるんだろうか?

 そもそもまだ仲良くできているとは言えないから狙ってみようなんて言われてもね……。


「あなたも酷いわね、わざわざそっちに座るなんて」

「少し気恥ずかしかったので」

「最近はふたりきりでよくいたじゃない」

「いやあの、探すために出てきたわけですけど会えるとは思わなかったので」

「え、私を探していたの?」


 頷いたらなんか物凄く柔らかい表情を浮かべられてしまった。

 だからというわけではないが、丸が銀子先輩と会ったから、ということも説明しておく。


「あなたのお家に行ってもいい?」

「はい、今日は母もいるので安心できますよね」

「別にあなたが乱暴を働いてくるとは思っていないけれど」

「ははは、それなら行きましょうか」


 個人的にはだから許してほしい。

 家に入ってもらったら心配だから飲み物を飲んでもらうことにした。


「大丈夫ですか? 体調が悪かったりしませんか?」

「大丈夫よ、体調が悪かったら家に帰っているわ」

「心配になるんですよ、汗をかいていないみたいなので」

「かいているわよ?」

「それならいいんですけどね」


 こちらもしっかり補給をしておく。

 母がいないのは前回のことから学んで客間にいるからだ。

 リビングで煎餅を食べているところだと思う、大好きすぎだね。


「林田君に聞いたけれど、上手くいっているみたいね」

「はい、やっと関係が変わりそうです」

「中学生の頃からなのよね?」

「いえ、それよりもずっと前からですね、よく相談されていたので」


 ずっと一緒にいたからとはいえ、相談してくれたのが普通に嬉しい。

 丸もそうだ、今日だって佐奈だけではなくて僕のところにも来てくれたのが嬉しい。

 まあ丸の方は勉強を教えてもらいたかっただけなのかもしれないけど、僕がそのように感じたというだけでいいのだ。


「果林先輩とは長く一緒にいるんですか?」

「そうね、五年生の頃から一緒にいるから」

「ずっといたいですよね」


 だけどなにか変えようとすると空回りするからあくまでいつも通りでいるしかない。

 ……僕だけが忘れ去られる可能性が高いというのが微妙なところだった。


「私もいたいわ、果林のことは好きだから」

「でも、性格とか真反対って感じですよね」

「それがいいんじゃないかしら、自分みたいな人間が友達だったら多分大変だから」

「そうですかね?」

「卑下するつもりはないけれど、面白みもない人間だから」


 そんなこと言ったら見た目も普通レベルで能力も普通レベルでって感じの僕はどうすればいいのかという話だろう。

 銀子先輩のことだから「そんなことないですよ」と言われたくて口にしているわけではないだろうし、うん、なんとも言えない気持ちになってしまった。


「にこにこと楽しそうにしてくれている果林先輩もいいですけど、柔らかい態度で接してくれる銀子先輩もいいと思いますけどね」

「柔らかい……」


 傍から見れば無表情で冷たく見えるときもある。

 でも、先輩といるときは年相応の反応を見せているし、勉強とかも嫌な顔をせずこちらが理解できるまで柔らかく丁寧に教えてくれたりもするし。

 本当にきっかけを貰えてよかったと思う。

 自分だけだったら興味を抱いても話しかけることができずに終わっていただろうから。


「私は果林みたいにできているの?」

「そうですね、一緒にいやすいですよ」

「……その割には気恥ずかしいとか……」

「それは単純に男としてですかね」


 相手が年上で、しかも異性というのが影響している。

 ……あとは僕からしたら綺麗すぎるから、というのもある。

 だからこそ冷たく見えるときもあるってことなんだけど。


「やっほーっ」

「「えっ」」

「ん? なにかイケないことでもしていたのかな?」


 話し声が聞こえてきていたわけではないのに先輩が急に入ってきた。

 別にそれは構わないものの、あまりに唐突すぎると驚くというものだ。


「あのねあのね、丸坊達がデートしていたから銀達もしているかなって見に来たんだ」

「デートはしていませんけど一緒にいてもらっていますね」

「おおっ、私の言ったことを少し守ってくれているのかな?」

「仲良くしたいですからね」


 当たり前のように正座をしていた銀子先輩の足に体重を預ける先輩。


「あ、羨ましい?」

「銀子先輩の足が疲れてしまいますよ」

「これはいつものことだから気にしなくていいわ」


 より仲がいいことが分かっていいことだ――って、偉そうか。

 とりあえずはお客さんが来たときにする対応をしておいた。

 ……なんかにやにやしているのが気になるけど。


「ふぃ~、今日の分は堪能したからもう帰るねっ」

「えぇ」


 唐突にやって来ては唐突に帰るというのを好んでいるのかもしれない。

 でも、こちらとしては振り回されているのと同じだから複雑なんだ。


「まあまあ、銀を独り占めしたいでしょ?」

「すぐに帰ってほしくないです」

「おいおい、ふたりを狙うのは駄目だぞー?」


 どうせ来たのならいてくれればいい。

 ふたりきりになったからってなにができるというわけじゃないから。

 が、言うことを聞いてもらえずに帰られてしまった。


「ねえ、果林と交わした約束ってなに?」

「銀子先輩や果林先輩と仲良くするって約束をしました」

「本当にそれだけ?」


 うっ、冷たい視線が突き刺さる。

 柔らかいときはとにかく柔らかいのにこの差は……。


「……果林先輩から『銀を狙ってみない?』と言われまして」

「それをあなたは受け入れたの?」

「いえ、一方通行では意味がない話ですからとにかく仲良くしたいと言いました」


 いまはただそれだけが望みだ。

 汚い欲望はあるが、そこだけは変わらない。


「よかったわ、変なことを企んでいないで」

「変なことはしませんよ」

「変なことをあの子と企んでいたら怒らなければならなかったもの」


 いまので十分だったとは言えない。

 少し冷たい顔をするだけで相手は簡単に吐くことだろう。

 なので、できればそうならないように気をつけようと決めた。


「よし、仲良くしたいということだからもう少し一緒にいる時間を増やしましょうか」

「いいんですか?」

「ええ、ひとりで歩いて時間経過を待つよりもあなたといた方がいいもの」


 歩くのが好きだった、とかではなかったのか。

 そこが少し驚きだった、先輩をもっと誘えばいいのにとも思う。


「もしかして家にあんまりいたくないんですか?」

「そうなのよね、大きいのはいいことだけれど……寂しくて」

「じゃあもっと果林先輩を誘ったりすればいいんじゃ……」

「あの子は意外と忙しいのよ、連絡してみても大体は外にいるということで無理だから」


 親友を放っておかないようにと偉そうではあるが言っておこうと決めた。

 ということで、ある程度は一緒に過ごそうと決まったのだった。




「基、今年は佐奈ちゃんとふたりきりで行きたいから基は我慢して」


 あともう少ししたら集合場所へ、となっていたときに送られてきたメッセージだった。

 なんでなんだと当然嘆いた。

 なにもほぼ行く時間になってから言わなくてもいいじゃないかと。

 救いなのは、誘ってくれたのは佐奈だということだろうか?

 ま、まあいい、ここは大人な対応をしてあげることにしよう。


「母さん、一緒にお祭り行かない?」

「えぇ、どうせならお友達と行きなよ」

「それが丸に佐奈を取られちゃって」

「銀子ちゃん達は?」


 家に誘うことも多かったから母とも仲良くなってしまっていた。

 いや、同性ということもあって対僕の場合よりも上手くいっているかもしれない。

 そういうのもあって、ではなく、単純に誘う勇気がなかった。


「仕方がない、ひとりだと可哀相だから付き合うかな」

「ありがとう」


 花火も見たかったから仕方がないんだ。

 あとはひとりであの会場を見て回りたくなかった。

 うっかり丸達と遭遇しようものなら、ふふ、って感じだ。


「あ、基弘君」

「果林先輩はおひとりですか?」

「ううん、あっちに弱った銀がいるよ」


 人混みとかが苦手なのだろうか?

 先輩も母とは仲良くしていたから普通に楽しそうに会話をし始めた。


「銀子先輩は大丈夫なんですか?」

「「え? あ、じゃあ行ってあげてよ」」

「どうして母さんまで……」

「「まあまあ、私達は一緒に見て回っているからさ」」


 まったくこの人はもう……。

 それでも心配だったのもあるから水を買って銀子先輩を探し始めた。


「あ、そこにいた――」

「きゃっ!? って、驚かせないでちょうだい……」


 えぇ、思い切り正面から話しかけたのになにこれ理不尽……。

 とりあえずは水でも飲んでもらうことにする。

 幸い、そこで拒絶されるようなことはなく少し安心できた。


「堀井さん達と行くんじゃなかったの?」

「直前に丸からふたりきりで見て回りたいと言われまして」

「ということはひとりなの?」

「いえ、母と来ていたんですが果林先輩に見に行ってあげてと言われまして、心配だったのもあって行かせてもらった形になりますね」


 いやもうどうしても二人で行きたいと言ってきていたから泣く泣く断ることになったのだ。


「あの、一緒に見て回りませんか?」

「……堀井さんを優先してこっちの誘いは断ったくせに」

「すみません……」

「ま、まあいいわ、どうせなら楽しく見て回れた方がいいもの」


 銀子先輩は立ち上がって「果林はあなたのお母さんに取られてしまったから」と言った。

 別に仕方がなくでもいい、銀子先輩と見て回れるのならそれで。


「うっ、相変わらず人が多いわね……」

「無理ならあそこで待っていてください、食べ物を買ってきますから」

「い、いいわ――きゃっ」


 ここで中途半端な動きをするのは自殺行為だ。

 みんな楽しむために同行者か屋台にしか意識がいっていないから余計に。


「て、手を繋ぎませんか?」

「え、あなたと?」

「嫌なら嫌でいいです、だけどその方が理由ができるかなと」


 手を掴まれているから仕方がなく付いていくしかない。

 そういう形にすれば多少は人の多さというのも……、気になるかもしれないけど……。


「分かったわ」

「ありがとうございます」

「私だって少しは味わいたいもの、あとは花火を見たいから」

「はい」


 こちらはまだなにも食べていないから銀子先輩に合わせつつ買って食べることにした。

 ひとりではなくただ銀子先輩がいてくれるというだけで満足していた。

 お祭りの雰囲気は好きだ、単純に人が楽しそうにしてくれているのも好きだ。


「暗くなってきたわね」

「はい、花火の時間ももうそろそろですね」

「もうお腹いっぱいだから花火の時間まで休憩しない?」

「いいですね」


 ついでによく見える場所を探そうということにもなった。

 母には花火が終わったら一緒に帰ろうと言ってあるからそれまでは楽しみたい。


「ふふ、男の子と手を繋いだのなんて小学生のとき以来だわ」

「それって彼氏……ですか?」

「え? あはは、それは違うわよ。六年生のときに一年生の子と登校するということがあったでしょう? そのときの子が可愛い男の子だったの」


 ああ、僕は逆に女の子だったから少し緊張したな。

 でも、よく話をしてくれる子で最後辺りは仲良くなれていた気がする。

 一緒に登校しなくてよくなったときは少し寂しかったぐらい。


「いきなり彼氏って思うのがおかしいわね」

「……手を繋ぐってことになったらそれぐらいしか思い浮かばなくて」

「意外と独占欲があるのかもしれないわね、さっきだって本当は私と手を繋ぎたかっただけなのでしょう?」

「え、あ、……ああいう形の方が人の多さに負けなくて済むのかなと……」

「まあ、あなたがいてくれたからというのはあるわね」


 いやまあ確かにそういうのもあったけど断定されてしまうのも困る話だ。

 しかも先輩みたいに少しだけにやっとしながら言ってきたものだから……。

 ああいう顔も魅力的だなとか考えた自分もおかしい。


「あと、何度も仲良くしたいと言ってくれたわよね」

「せっかく知り合えたのなら仲良くなりたかったんです」

「堀井さんが林田君とだけ仲良くしようとしているから?」

「いえ、あ、あのふたりとももちろんずっといたいですけどね」


 今日の銀子先輩は少し意地悪だ。

 男なら魅力的な異性といたくなるのは当たり前なのに。

 自覚していないのなら自覚した方がいい、そうすれば色々なことに気づけるだろうからね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る