05話.[距離は全くない]
「なんか人数が増えているわね」
「すみません、大勢になってしまって」
銀子先輩の家が大きくて助かった。
佐奈に丸に果林先輩、そして僕と銀子先輩だと流石に多いし。
それでも勉強をするために集まったからには真面目にやるだけだ。
自然と別れることになった、佐奈僕銀子先輩と先輩丸という形に。
「ここが分からないので教えてください」
「ええ」
とりあえずは聞きたいところとかもないからとにかく集中。
それにしても佐奈はやけに聞いているが、不安なところがあるのだろうか?
「丸坊、ちゃんと分かるかー?」
「分からないです!」
「そうかそうか、そうだよね、分からないところがあるのが普通だよね」
……あっちが不安になるから丸のやつを見ておくことにした。
そうしたらほとんどではないものの、分からないところが複数あるみたいだったから偉そうではあるが教えることにした。
「やっぱり基には近くにいてもらわないと駄目だね」
「いるよ、丸が手の届かないぐらい遠くに行かなければ」
「じゃあずっと近くにいるっ、佐奈ちゃんも一緒にねっ」
もしそれができたら嬉しいな。
丸や佐奈とは一生関わり続けていたいから。
僕だけがそういう気持ちでいるんじゃ足りない。
丸にも、そして佐奈にも同じように思ってほしかった。
「基弘君、私の相手もしておくれよー」
「果林先輩は勉強がお嫌いなんですか?」
「嫌いじゃないけど、できれば一回に行う時間を三十分にしてほしいね」
「人によって集中できる時間は違いますからね、短いからって理解できていないというわけではないから悪く考えないでほしいですよね」
「そうっ、私だってちゃんとやっているんだからさっ」
いまだって勉強会に参加しているわけなんだからやる気があるのは分かる。
でも、中にはそうそうにやめてしまうところを見てやる気がないと言う人もいるかもしれないわけだ。
そうなったらそれこそやる気がなくなるよねという話で。
結局のところ奪ってしまっているのは理解のない人達ではないだろうかと、普段はあまり長く集中できない僕はそう思っていた。
ただまあ、僕のそれは開き直りというか自分のそれを正当化しようとしているだけなのかもしれないから口にするべきではないのかもしれないけど。
「…………よ」
「え? 堀井さん?」
「こっちでちゃんとやりなさいよっ」
ああ、僕に言っていたのかとすぐに分かった。
確かに少しお喋りしてしまっていたところもあるから真面目にやらなければならない。
「あんたはまったくもうっ」
「ごめん、やるからさ」
こう言ってはなんだが彼女はできる側だ。
だから丸達の方でやればよかったと思う。
距離は全くない、少し移動すれば簡単に届く範囲で。
丸が先輩と仲良さそうにしていてイライラしていたということならそれで対策できるはずなんだけど……。
「増森君、私は果林に教えてくるわ」
「はい」
この後だってちゃんと相手をするつもりでいたんだ。
あまり一緒にいられなくて寂しいということ……みたいだからそれで多少はね。
だけどこうして露骨に態度に出されてしまうと先輩達に申し訳なくなる。
「……なんであんたはそうなのよ」
「この後相手をするって約束でしょ?」
放課後までだって丸も含めてだけどずっといたんだから。
いつでも佐奈を一番に優先できるわけじゃない。
今回のこれは銀子先輩にお世話になっているんだからさ。
それ以外は特にトラブルもなかったからよかったけど……。
「ねえ、佐奈は僕のことが好きなの?」
終わってふたりで過ごしているときに聞いてみた。
「私が好きなのは丸よ」
「そうだよね、それなのにどうしてそこまで拘るの?」
「相手をするって言ったじゃない」
「だけどいまのこれは相手をするんじゃなくてしてもらうってことになってるけど」
僕が銀子先輩や先輩ばかりを優先しすぎているのなら文句を言いたくなるのもまあ分かる。
だけど実際には違うんだからそういう態度でいられても困るんだ。
「なによ、嫌なら嫌って言えばいいじゃない」
「嫌じゃない、だけど銀子先輩達がいるところではやめてほしい」
「なによっ、結局昔からの友達よりいまの友達の方を優先したいということじゃないっ」
佐奈は出ていってしまった。
難しい年頃だ、丸なら上手く対応できただろうか?
「基弘……」
「ごめん、喧嘩になっちゃって」
「大丈夫なの?」
「とりあえずは丸に頼むことにするよ」
「そうだね、丸ちゃんがいてくれれば佐奈ちゃんも落ち着けるよね」
その旨の連絡をして入浴を済ませてしまうことにした。
少し理不尽だ、他の異性と仲良くした途端にこれじゃあね。
だったら佐奈が向き合ってくれればいい、でも、佐奈が好きなのは丸で。
先輩達ふたりに嫌われないためにもしっかり対応する必要がありそうだ。
「まあ、来てくれる感じはしないけど」
もう期末考査が目の前にある。
とりあえずはそちらで困らないように集中することに専念しよう。
それからでも遅くはない、夏休みになればリセットできるだろうからね。
毎日しっかりやったのもあったのと、元々あまり不安視していないのもあって無事に終えることができた。
お礼を言うためにたまにはと四階に行ってみたら先輩と楽しそうに話をしている銀子先輩を発見して入ろうとしてやめた。
いやここに平気で入っていけるようなメンタルはしていないからだ。
「あ、基弘君だ」
「よく気づいてくれましたね」
「え? あ、そりゃまあ友達の顔ぐらい分かるよ」
お礼をしっかり言っておく。
教えてくれた銀子先輩にだけではなく一緒にやってくれた先輩にもね。
「あ、もうちょっと待つことってできる?」
「はい、この後は特に予定もないですから」
「銀もちゃんと連れてくるから待っててっ」
期末考査後だから授業がないのも影響している。
それでもお昼まではあるからこうしてお礼もしっかり言えるわけだ。
「お待たせっ」
「早かったですね」
「そりゃまあ基弘君のために急いだわけですよ」
もう終わっているのに帰ろうとしないのはなんでだろうか?
外は普通に暑いから夕方になったら帰るという作戦なのかな?
「それでですね、私が気になっているのはですね」
「はい」
「堀井ちゃんと喧嘩でもしちゃったのか、ということですよ」
「喧嘩になりましたね」
「あ、やっぱり?」
まあああやって怒鳴られていれば気になるか。
他者が怒られているだけでもドキドキするというのにそれが友となると余計にそうなる。
勝手に決めてしまうからあれだが、先輩でもそう感じるんだから先輩が銀子先輩にああやって怒られていたりしたらこっちが引っかかって集中できなかったことだろう。
「増森君、私が関係しているのかしら?」
「違う……とは言えませんね、僕が銀子先輩達と関わるようになってから不安定になりましたからね」
「あれ、だけど堀井ちゃんは丸坊が好きなんじゃ……」
「はい、丸のことが好きだと再度聞きました、だからこれはそういうのじゃないんです」
そう、そこだけは変わらないことだ。
悪く言ってしまえば自分は気になる人間と一緒に過ごしておきながらこちらには制限をかけてきているのと同じだ。
「けれど、話を聞いている限りではあなたが他の異性といるのが気に入らないということ……なのよね?」
「僕にとってこれまで異性の友達は佐奈だけでしたからね」
案外その形を大事にしているのかもしれないと今回のことで分かった。
そこに新しい人間が入ってきて崩していくのが許せない……的な感じだろうか?
「分かった、私がちょっと行ってみるね」
「お願いします」
「基弘君は銀の相手をよろしくねーん」
そうか、お礼をするチャンスを貰えたのだといい方に考えておこう。
どうせなら先輩にもいてほしかったが、これは介入してもらわないとどうにもならなそうだから頼るしかない。
「あ、ファミレスに行きませんか? そこまで高くないものなら払えますから、勉強を教えてくれたお礼ということで」
「そんなのいいわ。でも、テストも終わったことだし……たまには悪くないわよね」
「はい、行きましょう」
行ってみたら平日ということもあって店内は空いていた。
外と違って冷房機器により涼しく心地のいい空間になっている。
案内された席に座って食事も済ませてしまおうか少し悩んだ。
「銀子先輩は――」
「あなたは堀井さんのことをどう思っているの?」
「え? あ、親友で大切な存在ですね、丸も同じですけど」
丸も同じ、異性とか同性とかどうでもいいんだ。
いつまでも一緒にいたいと思っているのは家族とそのふたりだけ。
これから変わる可能性はある、銀子先輩達も含まれるかもしれない。
だけどいまはっきり言えるのは佐奈達だけというか、まあそんな感じ。
「実はあなたのことが好きだったとか……」
「最近の行動だけで見れば勘違いできてしまいますけど、本当にそれだけはないんですよ」
「そうなのね……」
「とりあえずドリンクバーを頼んでしまいますね」
注文しないまま座っているのは邪魔だろう。
それでも注文を済ませてジュースでも飲んでいれば話していても怒られない。
長時間にならなければ一応お客さんなわけなんだから……。
「すみません、銀子先輩達は気にしなくて大丈夫ですから」
「でも、ずっと一緒に過ごしてきたのでしょう?」
「僕らで片付けるべきことですからね、僕は普通に銀子先輩達といたいですから」
もうある程度過ごしてしまっているからこれで離れ離れみたいなことにはなりたくない。
汚い欲望があるのは認めよう、汚くていいからこのままがいいんだ。
恋愛とかそういうのはとりあえずいいから普通に仲良くしたかった。
だけどそれは佐奈に対しても同じというのが難しいところで。
散々迷惑をかけられていて喧嘩に~なんてことだったら関係を切れば終わるんだけどね。
「あなたはいたいのね?」
「はい、だから銀子先輩達がよければどんどん来てください」
「分かったわ」
ある程度のところで退店して帰路に就く。
「夏休みも相手をしてくださいね」
「ふふ、分かったわ」
ちゃんと言っておかなければならないから言っておいた。
あとは丸に協力してもらって佐奈と仲直りすることにしよう。
「あれ……」
一応仲直りしようと動いていたのにいつの間にか終業式の日になっていた。
当然、仲直りするどころか顔を見ることすらほとんどできていないのが現状で。
「基、佐奈ちゃんはもう帰っちゃったよ」
「そっか、それなら仕方がないね」
「夏休みの間に仲直りできないと致命的になっちゃうよ……」
「丸は引き続き一緒にいてあげて」
「うんっ、それは任せてっ」
とはいえ、任せてばかりなのも申し訳ないからアイスでも食べてもらうことにした。
「美味しいっ」
「はは、それはよかった」
「でも、三人で食べに来たかったな」
「そうだね、僕らは三人でいないと調子が狂うね」
彼は「他人事みたいに言っているけど基のせいだから」と怒ってきた。
まあ確かにそうかもしれないが、他者から見たら思わせぶりなことばかり言っておいて踏み込もうとはしない丸にも原因があると思うんだ。
付き合えてしまえば僕が誰といようとどうでもよくなることだろう。
だからそのためにも頑張ってもらう必要がある。
「あ、丸坊達発見っ」
「あ、果林先輩……と、佐奈もいたんだ」
このことに関してもお世話になっているから困る。
丸と違ってどう返せばいいのかが分からないし。
そんな感じで固まっていたら「後は任せたよっ」と言って先輩は歩いていってしまった。
「丸、後でこいつと家に行くから先に帰ってて」
「分かった、ちゃんと来てね」
「約束は守るわ」
おっと、こいつ呼びなんて小学生時代が最後だったけどな。
佐奈はこちらの腕を掴んで歩き始めたから付いていくことだけに集中した。
「で? あんたはまた諏訪先輩達といたんでしょ?」
「そりゃそうだよ、偉そうかもしれないけどもう友達なんだから。だけど僕は佐奈ともいたいし、丸とだって遊んだりしたいよ」
「わがままじゃない」
「丸のことが好きなのに僕が他の異性といると文句を言うのもそうじゃない?」
「……いまその話はどうでもいい」
って、そのことで喧嘩みたいになっていたんですけど……。
「佐奈は自分勝手だ」
「それはあんたも同じじゃない」
「じゃあそれでいいから仲直りしようよ、佐奈ともいたいんだ」
付き合い始めたらできなくなるから手を握らせてもらう。
彼女の手は昔となにも変わってない。
柔らかくて、それでいてあまり小さくない手だ。
「基弘、今年の夏、私は丸に告白するわ」
「うん、僕にできることなら協力するよ」
もっとも、僕にできることはやはり丸を連れてくるぐらいだけど。
丸の気持ちを聞いておこうと決めた。
「……じゃ、和解ってことで」
「うん、丸の家に行こうか」
いや待て、ここで少し意地悪をしてみようか。
佐奈には説明せずに丸に『佐奈は預かった』とだけ連絡をする。
そこからは連絡がくるまで佐奈を家には行かせずにしておくだけでいい。
「もしもし?」
「佐奈ちゃんを返してっ」
「返してほしければ近くの公園まで来るしかないね」
「いまから行くからなにもしないでよっ」
当たり前だ、することと言えば多少の会話ぐらいだ。
状況が飲み込めていないので、少し遊んでもいいかなとだけ言っておく。
「はぁ、はぁ、佐奈ちゃんを返してっ」
「嫌だね、丸が佐奈とばかりいるせいで僕は寂しい思いをしていたんだよ?」
「違うっ、基が佐奈ちゃんを独占していたんでしょっ」
うーん、最近のことだけで考えれば間違っていないかもしれない。
だけど僕は確かに聞いた、告白するって確かにこの普通の耳でね。
「今年の夏祭りは佐奈とだけで行こうかなー」
「ぼ、僕が佐奈ちゃんと約束しているから駄目だよっ」
「じゃあ丸に取られてしまう前に抱き――ぐえ!?」
丸が本気でこちらにタックルしてきて無様に倒れる羽目になった。
おお、意外と土というのは冷たくて気持ちがいい。
ここは日陰が多いから休日はベンチに座ってゆっくりするのもいいかもね。
「……佐奈ちゃんだけは取られたくない」
「またお得意のそれ? みんなにも言うんでしょ?」
「佐奈ちゃんは特別だからっ、もう連れ帰るからっ」
ふたりが去った後、少ししてからふぅと息を吐いた。
少しだけやりすぎてしまったかもしれない。
せっかく佐奈と仲直りできたのに丸と喧嘩状態になったら嫌だぞ。
「ナイスアシスト」
「え、見てたんですか……」
格好良く空気を読んで帰ってくれたわけじゃなかったのか。
「でも、堀井ちゃん的にはちょっと微妙だったかもね」
「はい、少しやりすぎました、意外にも丸が全乗りしてきまして」
「まあ丸坊にとってはきっかけになったかもね」
「そうだといいんですけどね」
立ち上がってベンチに座った。
夏なのにここだけは風なんかも涼しくて落ち着く。
「果林先輩もどうですか?」
「うん、じゃあ座ろうかな」
まだお昼というのも影響しているんだろうなあ。
そして横には話しやすい先輩の存在と。
「ね、銀のこと本気で狙ってみない?」
「銀子先輩をですか? 一方通行じゃ意味のない話ですよね」
「相性はいいと思うんだよね、銀から誘うぐらいなんだから」
恋はいまどうでもいい的なことを考えてもどうしても捨てられないものがある。
それは上手く仲良くなってその先も~みたいに考えてしまうことだ。
「果林先輩じゃ駄目なんですか?」
「私に興味を抱けるの? 銀と違って適当だけど」
「楽しいですけどね」
「はははっ、それはあんまり空気を悪くしないように動いているだけだよ」
先輩は立ち上がってこちらに手を伸ばしてくる。
「ね、銀のこと真剣に考えてみてよ」
「ま、まあ、仲良くなりたいのは本当のことですからね」
「うん、いまはそれでいいから」
手を掴ませてもらったら「よっこいしょっ」と結構強い力で引っ張ってくれた。
「送ってっ」
「はい」
テストも終わり、佐奈とも仲直りした。
だから次の目標を作ってもいいかもしれないなどと考えつつ、歩いたのだった。
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