03話.[安心していいわ]
「あんた、浮かれてない?」
「え?」
課題のプリントをやっていたらいきなりやって来た佐奈にそんなことを言われて手を止めた。
浮かれているというのは丸みたいにいつでもハイテンションな子のことを言うと思う。
「なんか椎野先輩達とばかりいるじゃない」
「いやほら、それは佐奈が来てくれないから」
「どうだか、もう私のことなんてどうでもいいんじゃないの?」
えぇ、それは寧ろ佐奈の方だと思うけど。
「……他の異性にデレデレしているのもむかつくのよね」
「え、そんなこと言ったら佐奈は丸にデレデレしているわけですが」
「はぁ」
変な感情を持ち込むと面倒くさいことになるから気をつけているんだ。
それに僕のこれは寂しいだけだから特jに問題にはならない。
問題があるとすれば椎野先輩達が佐奈にとってライバルになるかもしれないということだ。
「佐奈――」
「基ー!」
落ち着かせて理由を聞いてみたら佐奈を探していたということだった。
そしてそのまま自然に佐奈を連れて出ていってしまう丸。
「元気だなあ」
「だよねー、丸坊はいつでもあんな感じだから見ていて楽しいよ」
いつの間にか現れる人だとすぐに分かった。
毎時間わざわざ下の階に来るのは疲れないのかな?
「椎野先輩も行ったらどうですか?」
「おいおい、堀井ちゃんに精神攻撃を仕掛けろと言うんですかい?」
「いえ、一緒にいたいなら行ってみたらどうかと言わせてもらっただけです」
一応、考えてあげているということだろうか?
ふざけているようでそうではないってことかもしれない。
「そうだ、銀とちゃんとやり取りしてる?」
「いえ」
「はぁ、これだから草食系は……」
そんなこと言われても困ってしまう。
登録したままでいいと言われている状態ではあるが、特に話すようなことがないんだ。
それにどうせなら直接会って話をしたかった。
ただ、先輩みたいに勝手に来てくれたりはしないからそれも難しいんだけどと内で呟く。
「土曜日に予定入れないでね」
「はい?」
「じゃ」
まあふたりきりにならないのであればそれでいい。
あ、だけど諏訪先輩に関しては先輩がいてくれない方が喋れるかもしれない。
……えっちなことを考えているとか変な発言をされても嫌だし。
とにかくいまは放課後まで集中して過ごすことだ。
体育や数学なんかもあるから余計に集中しなければならない。
「でも、お弁当を食べているときぐらいはぼうっとしていてもいいよねぇ……」
誰も友達がいてくれない教室で食べるよりも階段とか空き教室で食べた方がいいと分かった。
あと、傍から見れば丸は積極的に佐奈を誘っていたから邪魔をしたくなかったんだ。
「ふぅ」
窓の向こうからやってくる風は生温かった。
もう夏休みが目前まできている。
夏祭りとかそういうイベントを楽しんだらふたりの関係が変わったりしないだろうか?
そういうのはふたりきりで行っていいからそれ以外では家で集まったりしたかった。
丸の家に泊まるのでもいい、僕の家に泊まるのでもいいから。
仲間外れみたいなことにはならなければいいと願っておく。
「基弘」
「おお、ここがよく分かったね」
落ち着く場所で一緒にいて安心できる相手と話せるのは幸せだ。
「丸が男友達と盛り上がり始めたから来たの」
「ようこそ」
「うん」
おかずを食べたり窓の外を見たり白米を食べたりを繰り返していく。
会話がないぐらいで気まずくなるような関係ではないからこれでいい。
話したいときに話す、話しかけられたら話すぐらいでいいのだ。
「気に入らないわ」
「あくまで椎野先輩達が来てくれているだけだよ」
自分から上階へ行こうとする勇気はない。
向こうだって自分が行くならともかくとして、勘違いして来てほしくはないだろう。
「誰でもよかったってことじゃない」
「誰でもいいわけじゃない」
佐奈が丸のことを好きでなければそういうつもりで一緒にいた。
でも、現実は想像や妄想とは違うんだから言っても仕方がないことで。
彼女は確かに丸のことが好きなんだからそういうつもりでいるわけにもいかないわけで。
だからというわけではないが、興味があるなら他の異性と一緒にいるしかないわけで。
「僕だって男でそういうことに興味があるよ、佐奈が無理ならそうするしかないでしょ?」
「……やっぱり誰でもいいんじゃない」
「そういうわけじゃないけどさ、せっかくきっかけを貰えたわけなんだから無駄にはしたくないって考えててね」
ただの後輩という認識のままで終わっても別にいいんだ。
僕が嫌なのは釣り合わないからなどと言い訳をして正当化しようとすることだ。
一パーセントでも可能性があるのなら頑張りたい。
それに単純に先輩達といるのは楽しいから。
「……がっついて嫌われるんじゃないわよ」
「うん、そこは僕のことを知っている佐奈なら分かるでしょ?」
「そんなの分からないわよ、相手次第で人間は変わるものじゃない」
彼女は少し長い髪を押さえつつ「今回のこれで私の知らないあんたが出てくるかもしれないじゃない」と言ってきた。
変われるようで変われないような感じだからそっかとだけ答えておいた。
そこからは会話という会話もなく予鈴が鳴ったら戻ったのだった。
「こんにちは」
「こんにちは」
今日は涼しそうな格好をした諏訪先輩と出会った。
結局あの約束はなしになっていたのもあって、暇だったから外に出てきてみたらこれで。
「今日はおひとりなんですか?」
「ええ、少し歩いていたの」
「そうですか、それならお気をつけてくださいね」
どんどんと暑くなっていくのに諏訪先輩は汗を微塵もかいていなかった。
そういうところも羨ましい、この目で見ていると涼しいような気がしてくるぐらい。
でも、別れたらそれはすぐに錯覚だと分かった。
年々気温が上がっているのに涼しいわけがない。
まあ汗をかけるというのは体的にいいことだから悪く言うつもりはないけど……。
「待ちなさい」
「あ、諏訪先輩もこちらに用があるんですか?」
「ええ、そうなのよ、それなら別々に行動する必要なんてないわよね?」
「あ、そうですね、目的のところまでは一緒でいいですね」
とはいえ、こちらは特に目的もなく歩いているからすぐに別れることになるだろうと考えていた自分、
「あの、まだ大丈夫なんですか?」
体感的に三十分ぐらいが経過してもなお諏訪先輩は付いてきているから気になった。
「なに? 一緒にいたら駄目なの?」
「い、いやあ……」
「私はただ歩いていただけよ、そこで知り合いを発見したら一緒にいたくなるものじゃない?」
「え、あ、そうですね」
休日に知り合いと会うのが嫌そうな人なのに意外だ。
って、こうやって勝手に決めつけられてこれまで大変だったことも多そうだ。
分からないから外側だけで判断するしかないというのがまた難しいところで。
「お休みの日も林田君達といるわけではないのね」
「はい、意外と遊んだりはしませんね」
中学校の部活が終わってからは三人で集まってよく勉強をしたものだ。
母がいたから基本的には丸か佐奈の家だった。
多分、そこで時間を重ねたのがいまの佐奈の想いの強さに繋がっている。
「どうして送ってきてくれないの?」
「基本的に受け身でして、あとは直接顔を見ながら話せた方がいいんですよね」
「なるほどね」
ちまちま打ち込むより直接話した方が楽だ。
あとスマホ越しだとにやにやしていそうでそれを直視するのが嫌だった。
もちろん、微笑ましくて思わず笑ってしまう程度の経験しかないけども。
「嫌というわけではないですから」
「果林のことも嫌がっていなかったのはそういうことなのね」
「はい、丸と佐奈がふたりで盛り上がってしまったらひとりですからね、そこに椎野先輩や諏訪先輩が来てくれるのは普通に嬉しいですから」
まあ掃除はちゃんとするべきだと思うけど。
というか意外だな、諏訪先輩がさぼるなんて。
なんて、なんにも知らないくせに勝手にイメージを更新し続けてしまっているのは確かで。
「興味があるの?」
「そりゃまあ自分も男ですからね」
「正直なのね」
「隠そうとしてもこういうのはばれるじゃないですか、それに正直に言っておいた方が先輩達からしても判断しやすいかと思いまして」
嫌なら去ればいい。
去ろうとしている人間を追うような勇気はないから自由になれるはずだ。
「あなた的には果林みたいな明るい子の方が好み?」
「一緒にいて心地良さを感じられる人がいいですね」
「そうね、心地良さを感じられるのならもっといたくなるものね」
僕なんて単純で非モテだから優しくされたら多分すぐに惚れてしまう。
そもそもこの時点で僕にとってはありえないことなんだ。
大して一緒に過ごしたこともない異性の先輩と休日に一緒にいるなんてね。
「少し休憩しましょうか」
「そうですね、ちょっと喉が乾いていたのもあったので――」
「それなら家に来る? 自動販売機とかで買うのはもったいないでしょう?」
「えっ」
「多少大きくても普通の家よ? 両親だって今日はいないから安心していいわ」
……諏訪先輩はこういう人なんだろうか?
出会って間もない人間も家に誘ってしまえるような……。
別にそれは自由だが、なんか引っかかるところがある。
「早くしなさい、水分補給は大切なんだから」
「あっ、えっと、じゃあ……」
「ええ、行きましょう」
たまに有無を言わせない雰囲気になることがある。
そうなると僕にはもう従うしか選択肢がなくなってくるわけで。
こういう点では椎野先輩がいてくれた方がいい気がした。
通訳してくれそうだしね、いまのじゃ優柔不断な自分を叱られたような気持ちになるし。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
外がすごければ中はもっとすごいに決まっている。
――というわけでもなく、あくまで普通な感じだった。
少なくとも自分がここにいるのは場違いだ、なんてことは感じないから。
「甘いものもあるわよ、食べる?」
「いえ、そこまでは……」
「変な遠慮をしないっ」
「飲み物を貰えただけで十分ですから」
「はぁ」
ため息をつかれても困ってしまう。
が、諏訪先輩のなんだこいつといった風な表情が変わることはなかった。
「今日は家出じゃなくて泊まりに来たよ」
「それは聞いていたから分かってるよ、ようこそ」
ああ、同性というのはどうしてここまで落ち着くのか。
丸も外以外だと比較的落ち着いているからどんどん来てくれればいい。
「ご飯は食べてきたんだよね?」
「うん、迷惑をかけたくなかったから」
「そっか、じゃあゆっくりしてよ」
お風呂にも入ってきているみたいだからこのまま寝てしまっても問題ないと。
「佐奈ちゃんのことなんだけどさ」
「うん」
「なんか最近は元気がないみたいなんだ、基は分かる?」
「え、そうなの? あ。暑いのが苦手だからじゃない?」
「でも、いきなりだよ?」
だけど小さい頃にいきなり夏バテ、みたいなことがあったからそれでもおかしくない。
僕らにできることは夏だからちゃんと水分を摂れとか、ちゃんと寝なよとか言うことだけ。
「果林先輩達が来てからなんだよね」
「そういえば丸は知ってたの?」
「うん、中学生のときから関わりがあるよ」
……なんで僕だけないんですかね。
あれだけ一緒にいたのに先輩が来るときに限って会えなかったというのはおかしい。
会わせないようにしていたとしか考えれない――とまで考えて、駄目だと捨てた。
疑ったところでいいことなんてなにもないし。
「分かったっ、基が相手をしてくれないからだっ」
「普通に一緒にいるけどね」
お昼休みだってなんだかんだで過ごすことが多い。
大抵は丸が男友達と盛り上がり始めるからではあるが、こちらとしては地味にありがたいとしか言いようがない。
佐奈のことを考えればもちろんよくはない。
だって好きな子とは過ごせないから仕方がなく来ているわけだからね。
でもまあ、それはいちいち言わなくていいだろう。
結局、来てくれて心が喜んでしまっている以上、そう口にしたところで説得力がないし。
「丸が友達ばかりを優先するからじゃないの?」
「え、やっぱりそうかな?」
「やっぱりって自覚あるの?」
「……最近は椎野先輩とか他のお友達といることが多いから」
おいおい、そりゃそうなって当然だろう。
ただ、丸は知らないから仕方がないとも言えてしまうか。
「佐奈といてあげてほしい、もちろん無理なら無理でいいけど」
その場合はいらないだろうが僕がなるべく一緒にいようとすればいい。
愚痴として吐かせておけば溜め込んで爆発、なんてことに繋がる可能性は低い。
「分かった」
「うん」
「いまから呼んでもいい?」
「いいよ」
泊まってくれてもいいし、丸に送り迎えをやらせて一緒にいる時間を増やすのもいい。
それでどうやら来てくれるみたいだったから丸に頼んだ。
そうしたら「基も」ということになったから迎えに行くことにする。
「あんたも来たんだ」
「うん、丸だけだと不安だったから」
「丸はそこまで弱くないわよ、ねえ?」
「でも、僕だけだったら佐奈ちゃんを守れないかもしれないから」
「はははっ、ここら辺りは治安がいいから大丈夫よ」
やっぱりそうだ、丸が行ってなかったから元気がなかったんだろう。
丸と楽しそうに会話をしながら歩いている彼女はとても楽しそうだった。
家に着いてからもそう、なんか抱きついていたぐらいだし。
それにしてもすごい話だ。
午前中は諏訪先輩と過ごして、午後は慣れ親しんだふたりと過ごせるなんて。
「寝る場所はどうすんの?」
「丸は僕の部屋で寝かせて佐奈は客間ってところかな」
「佐奈ちゃんと同じ部屋でもいいよ?」
「許可できるわけがないでしょ」
それとこれとは別だ。
彼女のことがそういう意味で好きなら寝てもらうけど。
「じゃあ遅くまでお話しできるようにリビングで寝ていい?」
「ん? 別にいいけど」
「じゃあそういうことで。佐奈ちゃんっ、いっぱいお話しようねっ」
「分かったわ」
それならある程度時間が経過したらさっさと部屋に帰ってあげることにしよう。
いまはとにかく不安にさせないようにしたい。
佐奈も丸も大切だ、だから本当なら丸の気持ちもちゃんと考えてやらないとならない。
他の子が気になる、好きだということなら仕方がないから。
でももし佐奈とそういうつもりで仲良くしたいということだったらもちろん動く。
「佐奈ちゃんからいい匂いがする」
「お風呂に入ったから」
「僕からはそんないい匂いがしないけどな……」
「そこはまあ使用しているシャンプーとかの違いよ、単純に髪の毛の量とかも影響しているわ」
「佐奈ちゃんみたいにいい匂いになりたいっ」
……本当にこれで好意がないなら怖いぐらいだ。
佐奈はあくまで普通に対応しているように見えるけど、あの内側はきっと冷静じゃない。
というか、僕の家のはずなのに邪魔者なんじゃないかって気持ちになるのはなんでだろう。
「それなら同じシャンプーを使えばいいじゃない」
「教えてっ」
「冗談よ、合う合わないがあるからもっと慎重になった方がいいわ、それに別に悪い匂いじゃないんだからいいじゃない」
「意地悪……」
「違うわよ」
お邪魔みたいだから挨拶をしてから部屋に戻った。
明日焦らなくて済むようにしっかり準備を済ませてから電気を消してベッドに寝転ぶ。
今日は父も休みで少しは回復させることができただろうからこのまま寝ればいい。
「ふぅ」
あそこで甘えておくべきだっただろうか?
貰っておけばあんな冷たい顔をされなくて済んだかもしれない。
もしかしたら次はもうないかもしれない、なんてことにはならなかったかも。
後悔してももう仕方がないが、少しだけ気になってしまった。
「基弘、入るわよ」
「うん」
来た理由を聞いたら丸がもう寝てしまったかららしかった。
先程まであんなに盛り上がっていたのにすごい話だ。
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