第47話 消えた元アイドルと安楽庵探偵事務所
今日は2020年2月4日。特に変わったことはない、普通の日だ。
だけど、今日から年が変わる。
新宿の雑居ビルの八階にある『ビストロ
七階にある
六階にある、
これらの店舗及び施設は、全て空き家になっていて、今日から不動産屋の貸し物件に登録されてある。
交通の便は良くないし、築年数もすこぶる古い。だが、なかなかのオススメ物件だ。とにかく家賃が安かった。
そして、もぬけのカラの貸し物件の六階に、五人の男女が立っていた。
一人目は、メイド服の女性。
二人目は、グレーのスーツと銀の細フレームのメガネが似合う絶世の美女。
三人目は、黒スーツで短髪を整髪料でテカテカにしている青年。
四人目は、和食料理人の調理白衣を着たガタイ良く大柄な青年。
最後の五人目は、くたびれた背広姿の中年刑事だった。
一人目は、大量のお酢が入った唐草模様の風呂敷を
二人目は、手ぶらだった。特に何にも持っていなかった。
三人目は、ノートパソコンと、習字道具一式。そして、船の形をした、昔ながらの製法で作られた
四人目は、調理道具一式と、命の次に大切にしてる、異世界の料理のレシピを記したメモ帳を、ズボンのポケットに忍ばせていた。この一年でその量は、随分と増えていた。
最後の五人目も、手ぶらだった。しいていえば、手錠と警察手帳を携帯していた。
五人目の刑事は、特に変哲もない腕時計を見ながら言った。
「節入りは何時だっけ?」
三人目の黒スーツは、
「午後6時3分です。あと10秒、9、8、7、6、5、4、3、2、1、〇」
二人目のメガネの絶世の美女が珍妙に言った。
「
一人目の大量のお酢を持ったメイドが言った。
「あ〜〜〜、めっちゃ緊張する。これで6回目やけど、何回やってもめっちゃ緊張する。先生はこれで、15回目ですよね」
四人目の、和食料理人が言った。
「そう。先生は15回目。
二人目の、大量のお酢を持ったメイドが言った。
「でも、やっぱりめっちゃもどかしいですよ。春夏秋冬、年四回の
三人目の、
「しょうがないよ、こればっかりは。
四人目の大量の、異世界料理メモの持った男が言った。
「ただ、去年は随分な進歩があった。コトリちゃんが、異世界から人材をスカウトできるようになったから。
才能ある不幸な人間を看取り、この世界に転生できる様になった」
一人目の、お酢好きメイドが言った。
「そうです! スキル高いけど、ダメクライアントに追い詰められてたソフトウェア会社の社長さん。遺伝子に前世情報が記されていることを解明して学会を追い出された遺伝子学者さん。
あと、これが一番重要なんやけど、確かな瓶詰め技術で、タクミさんのお酢の大量保存に成功した加工食品会社の社長さん!
前々回の去年、つまりわたしにとって、4回目の2019年に出会ったみなさんのおかげです!!」
三人目の、
「そう。少しずつだけど、本当に少しずつだけど、少しずつ2020年はマシになっている。だからあがく。もう少しだけあがく。時間はいくらでもある。僕たちはいくらでも一年前に行ける。先生がいれば、キッカリ一歳若返って、無限に2019年をやりなおせる」
五人目の刑事がニヤニヤしながら言った。
「イツキ、おめぇは、このまま2020年に残っても良いんだぜ。〝いい人〟がいるんだからさ」
三人目の、
「ほっといてください!」
一人目の、お酢好きメイドがニヤニヤしながら言った。
「いや、戻った方がええです。わたしはもう5回も、尊敬するアイドルにスカウトされる幸運と、ファーストライブの達成感と、ラストライブの感動を味わっています。
こんなん、なんど味わってもええもんです。
せやから、イツキさんも、何度も何度もワンコさんとの馴れ初めを味わえばええです。
めっちゃ、キュンキュンすればええです」
「う、うるさいなあ!」
三人目の、〝いい人〟との運命が確定した男は、まんざらでもない顔をしてイヤがった。
最後の五人目の、背広姿の刑事が言った。
「余計なこと言ってないで、そろそろ行こう。今年にしばらく用はない」
自分から降ったのに、結構な物言いだった。
二人目は、珍妙に言った。
「了解。了解。了解。じゃ、行きますか」
二人目は、非常階段のドアを、反時計回りに回した。
ガチャリ
ドアをあけると、そこには、長い長い廊下が現れた。
長い長い廊下の左右には、等間隔でカラフルなドアが並んでいた。
そして、全てのドアに〝額縁〟が備え付けられていた。
一番手前の左のドアは、額縁の中に数字の〝1〟が書かれていた。はっきりした色合いの緑と青のツートンカラーのドアだった。
反対側の右のドアは、額縁の中に数字の〝60〟が書かれていた。一面、淡い色をした青いドアだった。
コツ、コツ、コツ……
二人目を先頭に、五人は長い廊下を歩いていった。そして、額縁の中に〝36〟と書かれたドアの前で立ち止まった。淡い色をした、オレンジと青のツートンカラーのドアだった。
二人目は、おもむろに手を差し出した。
そしてその手に、一人目のお酢好きメイドが絵の描かれた半紙を渡した。
二人目は、おもむろに水墨画をドアの額縁にはめ込んだ。
淡い色をした、オレンジと青のツートンカラーのドアがぼんやりと光った。そして、水墨画にじんわりと色がついた。
色がついたとおもったら、水墨画はたちどころに写実的になった、いや、実写になった。額縁は窓になっていた。額縁窓になっていた。そして、窓の奥は、見慣れた
三人目の〝いい人〟がいる男が言った。
「よし、行こう。今年を少しでもマシな未来にするために」
四人目のパソコン音痴の男が言った。
「ああ、自分の領分で、できる範囲で」
一人目の、元アイドルが言った。
「わたしは、とりあえずワンコさんにスカウトされる所からや。
ワンコさんが、もうすっかり『ビストロ
五人目の今回は特に何も仕事をしていない刑事が言った。
「はー、仕事したくないねぇ」
最後に、二人目が珍妙に言った。
「ハッサクは、仕事無用! ハッサクは酸っぱい! ミカン!
今年は仕事をしなかった! エライ! エライ! エライ!」
二人目は、つづけて珍妙に言った。
「タクミは仕事をするべき! もっと、じゃがいもをたくさん料理するべき! おいしい。でも鯛は悪くなかった。じゃがいも。」
二人目は、さらに珍妙に言った。
「イツキの仕事はよくわからない! 何をしているのか、わからない。
〝いい人〟を、見つける仕事?」
「正解です!」
「う、うるさいなあ!」
一人目の、恋愛脳の情報漏洩メイドが横槍を入れ、三人目は、まんざらでもない顔をしてイヤがった。
二人目は、さらに珍妙に言った。
「コトリは、一人前になった。
酸っぱいをたくさん飲んで一人前になった。ありがとうございます!」
「先生めっちゃ、おおきに!」
一人目が頭をさげると、二人目は、スタイルの良い胸をはった。
「そして、コトリは次こそ、わたしを、ワンコに紹介するがいい!
わたしもアイドルやりたい。歌う。踊る。笑う。みんなを幸せにする。生きる勇気を与える! 尊い! やりたい! やりたい!
わたしは、
衣装はふりっふりのあまっあま!!」
二人目は、長々としゃべったあと、最終的には単なる夢みがちで不思議ちゃんな願望を語った。
一人目のコトリ・チョウツガイは答えた。
「はーい!」
と、ニコニコと無責任に答えた。
「頼んだ!」
二人目は、「むっふー」と息を吐きながら、得意げに胸を張った。スレンダーな胸を張った。
二人目の、珍妙な話を延々と聞かされた何もしていない五人目の刑事は、しびれを切らして言った。
「おしゃべりはここまでだ。早く行こう」
「ハッサクは、せっかち。そして酸っぱい」
一人目は、珍妙な悪口を五人目に投げつけると、ドアノブを反時計回りにひねった。
淡い色をした、オレンジと青のツートンカラーのドアの向こうには、見慣れた
五人は、まっすぐ歩いて、そのまま去年、つまりは2019年2月4日に戻ると、コトリ・チョウツガイが、
「それじゃあ、2020年さん、しばらく失礼します」
と、メイドらしくマナー良くぺこりと頭を下げて、ドアをゆっくりと閉めた。
長い廊下は、一瞬で消滅した。
そこには、2020年2月4日の、新宿のぼんやりとした夜景が広がっていた。生活様式を大きく変える世界変容が、少しずつ音もなく迫っていた。
・
・
・
『
2019年2月4日午後12時14分につづく。
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幕間劇
こんにちは。コトリ・チョウツガイです。
最後まで、お読みいただきありがとうございます。めっちゃうれしいです。
なんや色々と訳わからん話ですみません。
最後なのに幕間劇ですみません。
一応完結なんやけど、めっちゃ書きやすいんで、ひょっこり続くかもしれません。
もしくは、今回同様、別のサブタイトルで新規に始まるかもしれません。
当たるも
もし再開したら、また読んでくれると、めっちゃ嬉しいです。
それでは、失礼します。
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安楽庵探偵事務所 〜お客様は命日です。〜 かなたろー @kanataro_
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