第43話 白衣の天使と白衣の天使の生首

「そうですか……では、イツキさんとやら、あなたなら、ご存知なのではないですか? 転生のメカニクスを」


 そう言って、納音なっちんGゲール・かおりは、ニコニコしながら

イツキ・ケブカワを見た。


 イツキ・ケブカワは、「はぁあああ」とため息をついた。

 面倒なことになった。本当に面倒なことになった。

 この人に嘘は通じない。曖昧な表現は通じない。面倒くさい。本当に面倒くさいことになった。


「結論から申し上げます。かおり先生、あなたが私たちの世界に転生できる確率は約0.8%です。」


「なるほど? その根拠は?」


「少々、マイナーな東洋思想で恐縮ですが、〝十二運〟という概念があります。胎児から生を受けて成長し、やがて老衰し病となり死に、墓に入り、その生涯は絶たれる。そして再び胎児となる。

 生首の方のかおり先生の現在の十二運ステータスは〝死〟。

 その後〝墓〟を経て〝絶〟となり、〝胎〟となる……つまり、胎児として新たな生命として異世界へと転生を果たす」


「なるほど! 面白いですね!」


「〝墓〟〝絶〟〝胎〟三つのステータス変動の推移には、それぞれの5つの分岐を辿ります」


「東洋思想、すなわち〝木火土金水もっかどごんすい〟の5択ね?」


「そうです。つまり約20%の3乗。

 0.2×0.2×0.2=0.008……すなわち0.8%です」


 納音なっちんGゲール・かおりは、しきりにうなづいた。


「理解しました。素晴らしい。イツキさんとやら、あなた説明が上手ね。

 なるほど、確かに0.8%は、なかなかの確率です。


 とはいえ『幸運の神には前髪しかない』という言葉があります。

 紀元前のギリシャの詩人、ポセイディッポスの一説ですね。

 いわく、時の神カイロスは、出会った人がつかまえやすいように髪を顔の前に垂らしてあるが、追いかけてつかむことはできないよう、後頭部には髪がない。


 私は、今、東洋思想のゲーム? を楽しむまたとない機会を得ているのです。

 前髪を掴まない理由など、どこにもありません。

 結果を判定する方法があるのでしょう? 隠してないで教えなさい!」


 納音なっちんGゲール・かおりは、圧強めの口調で、イツキ・ケブカワをニコニコしながら睨みつけた。 


「なるほど、確かにかおり先生の言論は最もです……少々、お待ちください」


 イツキ・ケブカワは満更ないでも無い顔をして、納音なっちんGゲール・かおりの執筆デスクにつくと、ノートPCをパカリと開けて、物凄い勢いでキーボードをガチャガチャ言わせ始めた。


「うん、これでOK!」


 イツキ・ケブカワは、キーボードのエンターキーを「タン」と叩いた。

 すると、ワゴンの上に広げられた、唐草模様からくさもようの風呂敷の上に置かれてある、納音なっちんGゲール・かおりの生首が「フワリ」と浮いた。

 そして、カッと目をみひらくと、目からビームを放出した。


 ビームは、綺麗な螺旋を描いて真っ直ぐに伸びた。

 そして、螺旋の両端をつなぐように、等間隔のマス目があった。

 まるで、スゴロクのようだった。


「全46本の染色体のうち、転生をつかさどる染色体を、ビジュアライズしました。このマス目に情報が書き込まれ、次の転生先が決まります」


 納音なっちんGゲール・かおりは、興味深そうに言った。


「なるほど、つまり、この部分に意図的な情報を加えると、私の生首は、あなたがたの異世界に転生できるのですね?」


「いえ、世の中そんなに簡単ではありません。先ほど、コトリ・チョウツガイが申し上げましたように、当たるも八卦はっけ、当たらぬも八卦はっけです。輪廻のことわりに、我々が介入することはできません。ただ……」


 イツキ・ケブカワの言葉を、コトリ・チョウツガイが引き継いだ。


「サイコロ投げるのを、自分でやることはできます!

 このサイコロを、3回投げてください!」


 コトリ・チョウツガイは、ニコニコしながら、スカートからサイコロを出した。

  八面体の赤い字の刻まれたサイコロと、八面体の黒い字が刻まれたサイコロと、至って普通の六面体のサイコロだった。

 八卦はっけ……つまり風水を観るサイコロだった。

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