第42話 白衣の天使と何かをされている方

「あなたがた……何をされている方なの?」


 ふたりは、目覚めた納音なっちんGゲール・かおりに呼び止められた。

 とても威厳ある口調で、凄みのある目つきをしていた。


 イツキ・ケブカワは、なんとなく取り繕ってやりすごそうとした。


「え? あ、えっと……そう! 医者です。

 先生が気を失われている間に診察しました」


「イツキさんとおっしゃったわね。

 あなたは医師ですか……なるほど。ありがとうございます。

 では、メイドさん、あなたはは何をされている方なの?」


 コトリ・チョウツガイは、ニコニコしながら言った。


「わたしは本当に普通のメイドです。とある占い師の先生に師事して、身の回りのお世話してます。せやから、メイドで占い師のタマゴです」


「そう、あなたが言っていることは真実のようね。では、イツキさんとやらがおっしゃっているのはですね。

 つまりは、あなたがたは、医学ではなくで、わたしを治療したと。わたしの頭を切り離し、新しい頭を作ったと」


「はい!」


 コトリ・チョウツガイはニコニコしながら言った。

 そして、イツキ・ケブカワは頭を抱えた。


 めんどくさい事になった。と、頭を抱えた。


 納音なっちんGゲール・かおりは、興味津々で質問を続けた。


「その緑色のオシャレなスカーフに包んでいる私の生首、観察をしてもいいかしら?」


「はい!」


 コトリ・チョウツガイはニコニコしながら、唐草模様からくさもようの風呂敷をワゴンの上に広げた。

 納音なっちんGゲール・かおりは、興味深そうに自分の生首を見た。


「見事な切り口ですね。一切の迷いがない。すばらしい。あなた、良い看護師になれますよ」

「ありがとうございます!」


 コトリ・チョウツガイはニコニコしながら、頭を下げた。

 納音なっちんGゲール・かおりは、さらに興味深そうにどうのつるぎを見た。


「その剣? 見せてくださらない?」

「ええですよ」


 コトリ・チョウツガイはニコニコしながら、〝どうのつるぎ〟を渡した。


「興味深いわ。銅でできているのね。

 刀身も全然鋭くないのに、なぜこんなにも切れ味が鋭いのかしら?

 でも、そんなどうでも良いことより、刀身を剥き出しで持ち歩いて、こんなものに首を切られた私は、新しい感染症に疾患しませんか? 細菌由来の感染症が気になるわ」


 コトリ・チョウツガイはニコニコと首をかしげた。


「ちょっと、何言ってるかわかりません」

「あらだめよ。衛生管理はもっとも重要なことよ!」


 イツキ・ケブカワは、「はぁあああ」とため息をついた。

 面倒なことになった。本当に面倒なことになった。

 この女性は、おそらく細かいことが気になる人なのだ。

 一度気になると、気になって気になって、もうどうしようもなくなる人なのだ。


「ちょっと、何言ってるかわかりません」

「あらだめよ。これからの医療従事者は、医学をしっかり学ばなければなりません」

「わたしはメイドなんでわかりません」

「あらだめよ。メイドも食事を給餌するのです。東洋の考えは医食同源でしょう? あなたも医学を学ぶべきです」


 細かいことが気になる、納音なっちんGゲール・かおりと、細かいことなど気にしないコトリ・チョウツガイは、さっきから延々と平行線のやりとりを行なっていた。


 このままでは、ラチがあかない。イツキ・ケブカワは、覚悟を決めて、納音なっちんGゲール・かおりに話しかけた。


「あの、ちょっといいですか?」


 納音なっちんGゲール・かおりは、ニコニコしながら返事をした。


「あら、嘘つきのイツキさんとやら。何か?」


「先ほどはいい加減な嘘をついてしまい申し訳ありません。とても信じてはいただけないと思い、嘘をついてしまいました」


 納音なっちんGゲール・かおりは、ニコニコしながら答えた。


「はい。正直でよろしい。では、本当の事を教えてくださるのですね?」


「はい。この世界はゲーム。つまりは仮想世界です」


「ゲーム? 仮想世界!? なあに? それ? 知らない知識だわ!」


 納音なっちんGゲール・かおりは、目を輝かせた。


「例えば……そうですね、マザー・グースを思い浮かべていただけるとよろしいかと、つまりは架空の娯楽世界です」


「なるほど、と言うことは今私は夢を見ているようなものかしら?」


「はい。ほぼ、そう考えていただいて構いません」


「……とすると、私の病気は治らないのですか? あら、残念」


「いえ、病気は確かに治療いたしました。

 残念ながら、ごく一部の頭部疾患。つまり、脳炎と髄膜炎のみです」


「なるほど、つまり、この仮想空間とやらの情報が、現実世界に書き換えられると。

 すばらしいテクノロジーですね。

 イツキさんとやら、あなたの世界では常識のテクノロジーですか?」


「いえ、まだ、試験運用中です。実装運用にはまだ程遠い段階です。しかも、効果はごくごく限られた一部分に限られます」


「不足しているのは、人、モノ、それともお金?」


「全部です。ただ、強いてあげるなら〝人〟ですね。このシステムを扱えるのは、現在私一人です。そして、実際に異世界の仮想空間で対象の〝運命〟を変えることができるのは、こちらのコトリ・チョウツガイ一人です」


「ありがとう。スッキリしました。

 なるほど、人材不足ですか。やはりどこの世界も、一番の問題はそこなのですね。

 スッキリしたついでに、最後にもうひとつよろしいかしら?」


「なんでしょう」


「そのオシャレなスカーフに包まれた、私の生首はどうなるのかしら?」


 答えたのは、コトリ・チョウツガイだった。


「安心してください、かおり先生の生首は、しっかり埋葬します」


「いえ。私が気になっているのはそこではありません。私の生首は〝転生〟できるのかしら?」


「はい。転生は間違いなくすると思います。木行もくぎょうポイント+1ですし。ただ、はわかりません。当たるも八卦はっけ、当たらぬも八卦はっけです」


「そうなの? わたし、折角だからあなた方のいる異世界に転生したいわ。なんとかならないのかしら?」


 コトリ・チョウツガイはニコニコしながら答えた。


「わたしには、わかりません」


「そうですか……では、イツキさんとやら、あなたなら、ご存知なのではないですか? 転生のメカニクスを」


 そう言って、納音なっちんGゲール・かおりは、ニコニコしながら

イツキ・ケブカワを見た。


 イツキ・ケブカワは、「はぁあああ」とため息をついた。

 面倒なことになった。本当に面倒なことになった。

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