第40話 白衣の天使とペペロンチーノ

 ドアノブが時計回りにひねられて、ランプを持ったメイドが入ってきた。

 メイドは、東洋の少女だった。ニコニコしていた。


「食事をお持ちしました」


 東洋のメイドは窓際にランプを置くと、ニコニコしながらワゴンをしずしずと運んできた。

 見慣れない顔だ。おそらく新人のメイドだろう。しかし東洋人とは珍しい。


 10代前半だろうか? 随分と幼く見える。どう見ても子供にしか見えない。が、東洋人、特に島国の東洋人は、ことのほか幼く見える。くだんの国の人々の年齢は本当にわからない。

 ずいぶんと手慣れた給餌きゅうじのしぐさから、案外ハタチは越えているのかもしれない。


 が、年齢などどうでもよかった。そんなことより、見事な給餌に釘付けになった。

そして給餌された料理に釘付けになった。


 ベットのシーツの上にランチョンマットが敷かれ、流れるように一切の無駄のない動きで給餌きゅうじされたそれは、皿の中でもうもうと湯気をたたえていた。


 キッチンからこの部屋までの距離を考えるとちょっと考えられない。まるで移動時間が〝なかったこと〟になっているように、もうもうと湯気をたたえていた。なにか特別なしかけでもあるのだろうか。


「スパゲッティー・アーリオオーリオです。いろどりと味のアクセントに刻んだペペロンチーノを加えております」


 アーリオオーリオ。つまりは、ニンニクとオリーブオールのスパゲッティだ。そして申し訳程度に、赤い輪切りの鷹の爪、つまりはペペロンチーノが入っていた。


 質素だった。 


 しかしそれが良かった。体を壊し、一日のほとんどをベットの上ですごす自分にとっては、このくらい質素で少量がちょうどいい。

 オリーブオイルで揚げ焼きされた、ニンニクの主張する香りが、本来であれば自分の体は一切持ち合わせていない、食欲をむくりと起き上がらせてくれるようだった。


 納音なっちんGゲール・かおりはフォークを持つと、おもむろに皿の中のスパゲティーをおしのけて、皿のへりに小さな〝隙間〟を作った。そして、そのスペースを利用して、フォークの先っぽを皿の〝隙間〟に押し付けたまま、くるくると器用に時計回りにまわした。


 フォークには、スパゲッティが見事にくるくると巻きついていった。


 納音なっちんGゲール・かおりは、見事に円錐状にまかれたスパゲッティに、ふうふうと息をかけ、頃合いの熱さに冷ましてから口の中に入れた。


 スパゲッティは、見事に〝乳化〟していた。本来混ざり合わない水と油が、渾然一体に見事に混ざり合っていた。


 〝乳化〟したスパゲッティは、なんともまろやかな口当たりだった。水っぽさも油っぽさもない。見事な口当たりだった。


 〝乳化〟したスパゲッティは、パスタの茹で汁の塩味と、オリーブオイルと小麦の滋味が、渾然一体と融合していた。そして、いろどりの鷹の爪の鮮烈な辛さは、スパゲッティの味の輪郭をはっきりと際立たせ、そして最後に、オリーブのほのかな酸味が鼻腔をぬけた。


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 納音なっちんGゲール・かおりの木行もくぎょうポイントが1上がった。

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 納音なっちんGゲール・かおりは、夢中になってスパゲッティー・アーリオオーリオ・ペペロンチーノを食べた。

 どれくらいぶりだろう。食べ物を美味しいと感じたのは。


 とても粗末なスパゲッティー・アーリオオーリオ・ペペロンチーノは、納音なっちんGゲール・かおりの食欲を爆発させた。

 納音なっちんGゲール・かおりは、器用にフォーク一本で、スパゲティをキレイさっぱり食べ尽くした。


 どれくらいぶりだろう。料理を完食したのは。

 どれくらいぶりだろう。食に喜びを感じたのは。

 どれくらいぶりだろう。生きていることを実感したのは。


「とても美味しかったわ。久しぶりに食事を楽しめた気がします。

 久しぶりに、自分が生きているのだと、実感できた気がします。ありがとう」


 東洋のメイドはニコニコしながら言った。


「それはよかったです。かおり先生には長生きしてもらわんと。かおり先生はこの世界に絶対に欠かせないお人です。もりもりご飯を食べて、長生きしてください」


「長生き? それは遠慮させてもらうわ。もう、私の役目は終わったもの。戦争は終結したのよ」


 東洋のメイドはニコニコしながら言った。


「かおり先生の使命はその程度のもんじゃないです。もっともっと重要なことがあります。看護師さんをめっちゃ育てる必要があります」 


「看護師を育てる? そうね、そうかもしれないわね。

 ただ、どうかしら?

 この国のお偉方は看護師の重要性を理解しているとは思えない。ただ目の前の出来事に一喜一憂して、物事の本質を理解していないのよ。嘆かわしい」


「本質がわからんのなら、見えるようにすればええです」


 そう言うと、東洋のメイドはポケットから紙を出して広げた。

 見慣れない図版だった。


「レーダーチャートらしいです。なんやこのニワトリの鶏冠とさかみたいなもんに、先生の統計データがまとまっているらしいです。こうすることで事象を直感的に理解できるらしいです。

 ちょっとなにいってるか、わからんけど、イツキさんがそう言ってました」


 イツキさん?? 東洋人の名だ。彼女の恋人だろうか?


 しかし、そのイツキさんとやらが作った図版は見事だった。見事に負傷兵の死因と、衛生状況を保つことの重要性が直感的にわかる様にまとめられていた。

 これならお偉方も、ぐうの音も出ないだろう。


「すばらしいわ。見事にスッキリとまとまっている。これなら上を動かせるかもしれないわ。

 わたし、つまり女の言うことなど聞かない可能性があるから、知人の統計学者にプレゼンさせましょう」


 東洋のメイドは、ニコニコしながら言った。


「それがええと思います。イツキさんもそう言ってました」

「ありがとう。イツキさんは、とても聡明なお人ですのね」


 東洋のメイドは、ニコニコしながら言った。


「そんなことないです。イツキさんは、嫁入り前の娘の扱いが色々と酷い人です」

「そうなの? あなたの〝いい人〟ではなく?」


 東洋のメイドは、ニコニコと引きつった顔で言った。


「断じて! ち が い ま す !」


「あら、そうなの? 残念。でもまあスッキリしました。

 おかげさまで、私は生きがいを見つけることができそうです」


「それは良かったです。

 それじゃあ、生きがいを見つけたところで、バッサリ死にましょ?」


「はぁ!?」


 東洋メイドのコトリ・チョウツガイは、ニコニコしながら、ワゴンに隠してあった〝どうのつるぎ〟を取り出すと、軽くジャンプしてその刀身を水平に振り抜いた。


 納音なっちんGゲール・かおりは、〝どうのつるぎ〟で首をザックリと切り裂かれた。

 納音なっちんGゲール・かおりの首は、てんてんてんと床の上に転がった。


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 ♪ てんてんてん ♪ クリティカルヒット!!

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 納音なっちんGゲール・かおりは絶命した。

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