第38話 生き残る紳士と息を引き取った紳士

「さてと、それじゃあ、〝あさ子〟を埋葬しに行こう」


 イツキ・ケブカワが神妙に言った。


「どこに埋葬するんです?」


 コトリ・チョツガイの質問に、イツキ・ケブカワ神妙に続けた。


「やっぱり、スイスのライヘンバッハの滝のふもとだと思うよ。それが、戸居どいるあさ子さんの望みだった訳だし。

 ライヘンバッハの滝は斥候スカウトで調査済みだから、先生に水墨画を書いてもらおう」


「ですね。それがめっちゃええです」


 そう言うと、コトリ・チョウツガイは唐草模様からくさもようの風呂敷を「ばっさぁ」と〝あさ子〟にかけて、ひょいっと持ち上げた。そして、


戸居どいる先生、短い間でしたがお世話になりました」


と、ペコリと頭を下げて、イツキ・ケブカワと一緒に、額縁に「57」と書かれたハッキリとした色合いの敷居をしっかりとまたいで、メイドらしく「失礼します」と丁寧ていねいにおじぎしながら、音を立てずに「そっ」ドアを閉めた。


 ガチャリ。


 ハッキリとした色合いの一面グレーのドアは、戸が閉じた瞬間に「フッ」消え去った。


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 ぎゅるるるるる……ぎゅるるるるる……


 どれくらい時間が立っただろう。戸居どいるあさ子は、激しい腹痛で目が覚めた。目が覚めて愕然とした。逞しい下半身がむき出しだった。こんな格好で寝てしまっていては、腹をくだすのもうなづける。


 戸居どいるあさ子は急いで木箱をパカリと開けた。先ほど、コトリ・チョウツガイが蹴っ飛ばして、ゴールデンハンマーを入手した箱だった。


 中には便器があった。木箱はトイレだった。


 戸居どいるあさ子は思う存分、腹痛の原因である胡散臭い汚物を絞り出してスッキリした。


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 戸居どいるあさ子の〝腹痛〟の状態異常が回復した。

 戸居どいるあさ子の木行もくぎょうポイントが1下がった。

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 戸居どいるあさ子は、スッキリした。

 色々と鬱々うつうつした自殺願望を、トイレの中にきれいさっぱりと捨てていた。

 自分は、なんて馬鹿らしいことを考えていたのだろう。この天才的な頭脳を失うのは、英国の、いや全世界の損失だ。自殺をするなんてとんでもない!


 戸居どいるあさ子は、すぐさま次作の歴史小説の構成にとりかかった。ついでに眼精疲労が気になっていたので、目の治療の勉強をすることにした。ついでだから、眼科を開業しよう。なに、灰色の脳細胞を生み出した、ハッキリとした一面グレーの脳細胞の私に不可能はない。


 戸居どいるあさ子は、自信に満ち溢れていた。ウイットなジョークが大好きな、完全なる英国紳士に生まれ変わっていた。


 後に英国紳士は、そのハッキリとした一面グレーの脳細胞で、国に多大なる貢献をして〝サー〟称号をもらった。それから、いささか危なっかしい思想を語ったり、妖精の存在を語る少女たちを強烈に支持したり……とにかく、いろんな意味で精力的に活動して、その71歳の生涯を終えた。


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 19XX年、とある世界にひとりの赤ん坊が産まれた。女の子だった。至って正常の範囲の体重だった。この世界では今は〝正出生体重児〟と呼ばれている。

 女の子は、とても想像力豊かで、ウエットでネガティブな性格だった。


 しかし、赤ん坊は、とても逞しい心根こころねを持っていた。


 物心がつき、女の子は少女になった。

 そして本に出会った。少女は本の世界に夢中になった。とりわけ、18世紀から19世紀にかけての小説に夢中になった。


 そして少女は筆をにぎった。この世の中で最も面白い小説を書く。そう、心にきめた。


 しかし悲しいかな、少女は至って普通の少女だった。そして、前世で運が良すぎたため、それほど運も良くなかった。


 しかし少女は小説を書き続けた。大人になっても、母親になっても書き続けた。

 彼女の作品が、世間に認められる日はくるのだろうか……正直な所、わからない。

 しかし、彼女は書き続ける。書き続ける才能を持っていた。


 ひょっとしたら前世のように、どんでもないテンプレ小説の萌芽ほうがを生み出すかもしれない。奇跡を生み出すかもしれない。


 所詮は占い。当たるも八卦はっけ当たらぬも八卦はっけ

 だが、彼女は書き続ける才能を持っていた。奇跡は起こるかもしれない。


 例えばこんな奇跡はどうだろう。


 所用の帰りの列車のなかで、ふと、少年の冒険譚を思いつく。冒頭から結末までの詳細な冒険譚を思いつく。たった数時間で全てを思いつき、そして夢のような物語をつづる。


 その少年は、こんな特徴があったらどうだろう。

 体のどこかに稲妻の形をしたアザがあり、とても魔力に優れている。奇跡が起こる前は、イジワルな家族に虐げられているかもしれない。気のいい少年と、生真面目な少女、二人の学友に恵まれても良いかもしれない。


 奇跡が起こるのを期待したい。


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幕間劇


 こんにちは。コトリ・チョウツガイです。

 ここまで、お読みいただきありがとうございます。めっちゃうれしいです。


 なんや色々と訳わからん話ですみません。

 あと、イツキさんが胡散うさん臭くてすみません。


 ちょっとだけ解説すると、イツキさんはノートPCで占いをする陰陽おんみょう情報処理エンジニアです。あと財閥系のお偉いさんで、ゲーム会社の社長さんもやっています。


 以前、


「名刺の上では、私は代表取締役社長です。

 頭の中では、ゲーム開発者です。

 でも、心の中では、ゲーマーです」


って言ってました。


 ちょっとなにいってるか、わからんけど、胡散うさん臭いイツキさんのことやから、どっかのエライひとの言葉をパクったんやと思います。


 イツキさんは、斥候スカウトとして、わたしの前に異世界の調査をしています。なんやその異世界の情報を標本化サンプリンングして、いろんなズルができるようにしているみたいです。


 でも、先生みたいに万能じゃないです。


 標本化サンプリンングできるのは「せいぜいノートPCに入る容量まで」って言ってました。その異世界の極々一部分の〝美味しい所だけ〟で精一杯らしいです。


 ちなみに今回みたいにめっちゃヤバイ事が起こったら、推命アビリティ59。〝壬戌みずのえいぬ〟を使って、異世界のメンテナンスをします。

 そんでもって、いよいよどうしようも無くなったら、推命アビリティ1。〝甲子きのえね〟でその異世界での出来事を〝無かったこと〟にしています。


 過去に何回か、わたしが死んでどうしようも無くなったから、推命アビリティ1。〝甲子きのえね〟で〝無かったこと〟にしたって言ってました。


 ホンマにイツキさんは、嫁入り前の娘の扱いが酷すぎます。そう思いません?

 そこんところ、しっかりと頭ん中に入れておいてもらうと、めっちゃ嬉しいです。


 それでは、失礼します。

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