第37話 上半身むき出しの紳士と下半身むき出しの紳士

 復活してゴールデンハンマーに殴られてステージの外に落ち、また復活する。

 キコ・アンラクアンに脳の電波情報をジャックされている下半身むきだしの紳士〝戸居どいる〟は、ただただ無表情でそれを繰り返した。


 地獄だった。地獄絵図だった。


 しかし、そんな地獄絵図を静かにほくそ笑んでいる男がいた。

 イツキ・ケブカワだった。


 イツキ・ケブカワが操る上半身むきだしの紳士〝あさ子〟は、ステージの端の崖にぶら下がりながら、無表情でその機会を伺っていた。


(よし! 今だ!)


 〝かわのたて〟から、イツキ・ケブカワの声が聞こえ〝あさ子〟が動いた。

崖を素早く這い上がってジャンプすると、謎の板から無表情で飛び降りる〝戸居どいる〟の背後に思いっきり飛び蹴りを喰らわせた。


 そしてすぐさまキャンセルして、「↓↙︎←+A」の高速の回し蹴りでを追撃した。「バリツタイフーン」だ。


 そしてそのまま下方向に〝戸居どいる〟をぶん投げて、再び跳ね返ったところに再び蹴りを喰らわせるつもりだった。空中に滞在して、ゴールデンハンマーの時間切れを待つ作戦だった。


 しかし、甘かった。


 イツキ・ケブカワは、キコ・アンラクアンがノートPCにぶん投げたサイコロが、処理を実行中であることをうっかり忘れていた。卜術ぼくじゅつの真っ最中だった。

 大きく上に飛び跳ねていた白い八面体のサイコロと、いたって普通の六面体のサイコロが、キコ・アンラクアンのコントローラーの上に落っこちた。

 

 サイコロはガチャガチャガチャガチャとキーボードを叩いた。


 〝戸居どいる〟は、必殺の「ドイルアッパー」で、〝あさ子〟を迎撃した。


 サイコロはガチャガチャ(中略)ガチャとキーボードを叩いた。


 〝戸居どいる〟は、必殺の「ドイルアッパー」をキャンセルして、超必殺技のアルティメットドイルアッパーを放った。


 〝あさ子〟は、思いっきり上空へ吹っ飛ばされた。


 サイコロはガチャガチャ(中略の2乗)ガチャとキーボードを叩いた。


「フィニッシュ! ヒム!!」


〝かわのたて〟からエコーの効いた不穏な声が響き渡った。


 サイコロはガチャガチャ(中略の3乗)ガチャとキーボードを叩いた。


 白い八面体のサイコロは、コントローラーのAボタンを、思いっきり「コーン!」と叩いた。そして、てんてんと机の上を転がって、〝コン〟の目を出しピタリと止まった。


 〝どうのつるぎ〟は「キラーン」と音を立てて、遥か彼方から回転しながらビュンビュンと唸りをあげて戻ってきた。

 本日の〝どうのつるぎ〟は、256回攻撃が可能だった。そしてまだ攻撃回数を245回残していた。


 〝どうのつるぎ〟は〝あさ子〟を245回攻撃した。

 〝あさ子〟はスパスパと245回、粉微塵こなみじんに切り刻まれた。

  そして「ボンッ!」と空中で爆発した。


 きたねえ花火だった。


「フェイタリティ!」


〝かわのたて〟からエコーの効いた不穏な声が響き渡った。

 そして〝どうのつるぎ〟は、時間切れでゴールデンハンマーを失ったコトリ・チョウツガイの鼻先5ミリのところでざっくりとステージの上に突き刺さった。


 危なかった。


 今日の〝どうのつるぎ〟の〝うんのよさ〟は、810,000だった。

 あと運が5低かったら、あやうくコトリ・チョウツガイの頭に突き刺さるところだった。


「うぅ……あんまりやぁ!」


 コトリ・チョウツガイは、汗をだくだく流しながら、ステージから飛び降りた。

 そして、心の中で「↓+B」と押し、お酢の重さをキャンセルして、超高速で真っ逆さまに落下した。本来は飛び込み技の「ドッスンお酢トーン」だった。


「フィニッシュ!」


〝かわのたて〟からエコーの効いたカッコいい声が響き渡った。

そしてそのまま〝かわのたて〟はキラキラと発光して、下半身むき出しで胸をはる〝戸居どいる〟を、キラキラと輝かせた。


 そして、ノートPCの前では、全く同じポーズでキコ・アンラクアンが「むっふー」と息を吐きながら、得意げにスレンダーな胸を張っていた。


 そしてそして、二人の助手は、死んだような目で拍手をしながらキコ・アンラクアンの勝利を称えた。


「満足。満足。満足」


 キコ・アンラクアンは、しきりにうなずくと。


「あとはよろしく。よろしく。よろしく」


 と、額縁に「57」と書かれた書かれたハッキリとした色合いのドアの敷居をしっかりと踏んで、安楽庵あんらくあん探偵事務所にへの帰っていった。


 イツキ・ケブカワは、どっとつかれた顔をして、ため息をついた。


「はぁ……やれやれ……さてと、とっとと後片付けをしよう」


 イツキ・ケブカワはスチャとメガネをかけた。サングラスだった。すなわち色眼鏡たった。


 イツキ・ケブカワは、ドイルあさ子の作業デスクに座ると、ノートPCに向かった。そして静かに推命アビリティを使用した。


———————————————————

 推命アビリティ59。〝壬戌みずのえいぬ〟発動。

 メンテナンスモード起動。

———————————————————


 イツキ・ケブカワのPCのモニター一面に、まるで滔々とうとうとした大河の如く、プログラムの演算処理の実行ログが流れた。

 

「あった」


 イツキ・ケブカワは、該当箇所を突き止めると、そこの処理を削除した。


 きたねぇ花火になって吹き飛んだ〝あさ子〟が、キレイさっぱりもと通りに戻った。そして、ステージの床に倒れた。


 再び、まるで滔々とうとうとした大河の如く、プログラムの演算処理の実行ログが流れた。


「あと……ここと……ここにここ。それからここ」


 イツキ・ケブカワは、該当箇所を突き止めると、そこの処理を削除した。


 ステージとなって巨大化した床が元どおりのサイズに戻った。突き破った壁と屋根もきれいさっぱり通りに戻っていた。

 そして、無表情でニュートラルポーズを取る下半身むき出しの〝戸居どいる〟と、ステージの床に倒れた〝あさ子〟が、二人仲良く並んでいた。


「よし……メンテナンス終了」


 イツキ・ケブカワは、エンターキーを「コーン!」と叩くとサングラスを外した。

 無表情でニュートラルポーズを取っていた〝戸居どいる〟がバタリと倒れた。


戸居どいる〟と〝あさ子〟は、二人仲良く並んで倒れた。

戸居どいる〟は息をしていた。しかし〝あさ子〟は息を引き取っていた。


「はぁ……これでようやく、本来の仕事ができる」


イツキ・ケブカワは静かに推命アビリティを使用した。


———————————————————

 推命アビリティ60。〝癸亥みずのとい〟発動。

 人物観察プロファイリング:鑑定方法、相術そうじゅつ

———————————————————


 イツキ・ケブカワの瞳、具体的には角膜に直接、下半身むき出しの〝戸居どいる〟の情報が映し出された。


 ・

 ・

 ・


名前:戸居どいる・あさ子

人種:人間

職業:小説家・医師


必殺技(左向きの時)

「↓↘︎→+A」:バリツバースト

「↓↙︎←+A」:バリツタイフーン

「→↓↘︎+A」:バリツキャノン

「←↙︎↓↘︎→+A」:アトミックバリツ


超必殺技(左向きの時)

「→↓↘︎→↓↘︎+AB 」:アルティメットバリツキャノン


状態異常:腹痛 木行ポイント+1


 ・

 ・

 ・


「うん。しっかり腹痛を起こしている。兄さんのルバーブのパイの下剤効果がしっかり効いているね」


 イツキ・ケブカワは、推命アビリティ60。〝癸亥みずのとい〟を解除した。文字情報の羅列に覆われた視界が晴れた。


 コトリ・チョウツガイがニコニコしながら言った。


「さすがはタクミさんや。イツキさんや先生と違って、いつでも仕事は完璧や!」

「ああ、兄さんは本当にすごいよ。僕は多分、一生かなわない」


 イツキ・ケブカワは、苦笑いをしながら言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る