第36話 ゴールデンハンマーと3つのサイコロ

「わたしの勝ちです!」


 〝コトリ〟は、能天気な軍艦マーチのリズムに合わせて、気が狂った様にゴールデンハンマーを振り回した。


 これはマズイ。とてつもなくマズイ。


 イツキ・ケブカワの操る〝あさ子〟は、圧倒的な劣勢にたたされた。どんどん狭くなっていくステージで、当たると即死のゴールデンハンマーを避けつづけなければならない。

 そして、最も絶望的なのは、〝コトリ〟がお酢を5本飲んでいること。すなわち木行ポイントが+5あることだった。


 コトリ・チョウツガイは、心の中で素早く「↑+B」と入力した。


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 木行もくぎょうポイントを5ポイント消費。

 メイド服のスキル、職務経歴詐欺キャリアシート発動。

 最も直近に使用した推命アビリティを不正使用。

 推命アビリティ27。〝庚寅かのえとら〟発動。

 武器リーチ増加。

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 ゴルデンハンマーは「ギュイン」と伸びた。


 コトリ・チョウツガイが使用できる推命アビリティは、ビッチュウ=タカマツ城から脱出する際に使用した〝どうのつるぎ〟を「ギュイン」と伸ばした推命アビリティ23。〝甲申きのえさる〟になっていた。


 ゴールデンハンマーの攻撃範囲は、ステージのほとんどの範囲を網羅している。そして無情にも、ステージはどんどん小さくつづけている。


(ぐぅ!)


 イツキ・ケブカワは苦悶のうめきをもらすと〝あさ子〟をステージの外にジャンプさせた。そして復帰不能ギリギリのタイミングで、「→↓↘︎+B」と入力し、大振りの「バリツキャノン」を放って、片手でステージのヘリにぶらさがった。とても苦しい時間稼ぎだった。


 このまま終わってしまうのか……イツキ・ケブカワが諦めたその時、戦局が動いた。


「ずるい! ずるい! ずるい!」


 第三の女、キコ・アンラクアンが動いたのだ。

 キコ・アンラクアンはいら立っていた。この遊びはワタシが考えたのだ。

 これは自分が企画したゲームだ。そして実装の中で最も難しい巨大ステージの準備までしたのだ。

 なのにどうだ! 二人の助手の態度はどうだ!! 

 開始早々「キラーン」とお星様にされて、それ以降はずっと蚊帳の外だ。

 自分はボケーっと楽しそうなふたりの戦いを見ているだけだ。


 屈辱的だった。

 二人の助手は、社会人としてなっていない。接待プレイがなっていない。


 キコ・アンラクアンの怒りが頂点に達した。そして、おもむろにグレーのスーツのポケットからサイコロを取り出した。


 八面体の赤い字の刻まれたサイコロと、八面体の黒い字が刻まれたサイコロと、至って普通の六面体のサイコロだった。

 八卦はっけ……つまり風水を観るサイコロだった。


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 推命アビリティ60。〝癸亥みずのとい〟発動。

 人物観察プロファイリング:鑑定方法、卜術ぼくじゅつ

 対象:本日のキコ・アンラクアンとノートPCの相性。

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 キコ・アンラクアンは、思いっきりイツキ・ケブカワのノートPCにサイコロを叩きつけた。


 サイコロはガチャガチャとキーボードを叩いた。


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 キコ・アンラクアンのスキル発動。〝干支七度巡るてんてんどんどんてんどんどん

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 サイコロはガチャガチャとキーボードを叩いた。

 サイコロはガチャガチャとキーボードを叩いた。

 サイコロはガチャガチャとキーボードを叩いた。

 サイコロはガチャガチャとキーボードを叩いた。

 サイコロはガチャガチャとキーボードを叩いた。

 サイコロはガチャガチャとキーボードを叩いた。

 サイコロはガチャガチャとキーボードを叩いた。


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 〝丁亥ひのとい〟発動。加算を乗算に状態異常。

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 サイコロはガチャガチャガチャガチャとキーボードを叩いた。

 サイコロはガチャガチャ(中略)ガチャとキーボードを叩いた。

 サイコロはガチャガチャ(中略の2乗)ガチャとキーボードを叩いた。

 サイコロはガチャガチャ(中略の3乗)ガチャとキーボードを叩いた。

 サイコロはガチャガチャ(中略の4乗)ガチャとキーボードを叩いた。

 サイコロはガチャガチャ(中略の5乗)ガチャとキーボードを叩いた。

 サイコロはガチャガチャ(中略の6乗)ガチャとキーボードを叩いた。

 サイコロはガチャガチャ(中略の7乗−2の8乗)ガチャとキーボードを叩いた。


 サイコロは、ノートPCにキーボードを狂ったように暴れ回った。

 そして白い八面体のサイコロと、普通のサイコロは大きく宙をまった。残った赤い字の八面体のサイコロは、エンターキーを、思いっきり「コーン!」と叩いた。そして、エンターキーの上で〝コン〟の目を出しピタリと止まった。


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 デバックモード起動。〝戸居どいる〟残機無限。

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 〝かわのたて〟から能天気な効果音を流れてきた。

 同時に、イツキ・ケブカワの声の狼狽ろうばいした声を流れてきた。


(ちょ、先生なに勝手にズルしてるんですか!)


 〝コトリ〟が空を見上げると、下半身むき出しの〝戸居どいる〟が、宙に浮いた謎の板の上に立っていた。無表情で目の瞳孔が開いていた。


「めっちゃキショイ!」


 下半身むき出しの〝戸居どいる〟は、颯爽と謎の板から飛び降りた!

 そしてすぐさまゴールデンハンマーに「コーン!」とぶん殴られてステージの外に落下した!!


 〝かわのたて〟から能天気な効果音を流れてきた。


 下半身むき出しの〝戸居どいる〟は、颯爽と謎の板から飛び降りた!

 そしてすぐさまゴールデンハンマーに「コーン!」とぶん殴られてステージの外に落下した!!


 すべての所作がどれも流れるように美しく一切の無駄がなかった。

 キコ・アンラクアンは、絶望的にゲームが下手だった。


 地獄だった。地獄絵図だった。

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