第29話 辞世の句と最後の舞い

 腹を切る男、ムネハル・クリアリバーは、辞世の句をしたためると静かに城を出た。表情に一切の迷いは無かった。


 城の前では、二人のムラカミ・パイレーツ。連合国家の外交僧エケイ・ブラックテンプル。そして魔王軍の軍師、カンベエ・ブラックフィールドが待ち構えていた。


「おぉ! ムネハル様じゃあ!」

「なんと神々しいんじゃあ!」

「……準備はできましたな?」

「無論」

(……せぬ)


 ムラカミ・パイレーツの二人が真っ赤な顔で讃え、連合国家の外交僧エケイ・ブラックテンプルが無表情で尋ね、腹を切る男ムネハル・クリアリバーはなぎごとく静かに答えた。

 そして、魔王軍の軍師、カンベエ・ブラックフィールドはわずかに首を傾げた。


 ちょっと意味がわからない。


 間違いなく、魔王が謀反むほんに遭い死んだことは連合国家に漏れているはずだ。なのになぜ、ムネハル・クリアリバーは腹を切るのだ?


 腹を切る男、ムネハル・クリアリバーの本日の智謀は101。カンベエ・ブラックフィールドのわずかな動揺を見逃さなかった。


 ムネハル・クリアリバーは静かに言った。


「貴殿はあまりに頭がよく、物事を即断即決してしまうことから、後悔することも多いだろう。私は、貴殿ほどの切れ者ではないから、十分に時間をかけたうえで判断するので、後悔することが少ない。

 ハゲネズミ男に、私の首の差し上げ申す。恩恵と怨念にまみれた首を、どうか推し頂きたく」


 カンベエ・ブラックフィールドは戦慄した。ムネハル・クリアリバーはとんでもない知恵ものだったのだ。


 我々は、連合国家にトンデモナイ貸しを作ってしまった。いや瑕疵かしをつくってしまった。

 ホラを吹いた。しかるべき五徳ごとくを欠いた。すなわち「仁・礼・信・義・智」、武士が護ってしかるべき矜持きょうじを欠いた。恥知らずだった。

 もしこれがみかどに知られてしまっては、わが殿、ハゲネズミ男は立ち所に大義を失う。これでは、先代の魔王と何ひとつ変わらない。

 つまり、我々は武士の魂を、連合国家に人質に盗られたのだ。


「貴殿はそこで、指を加えて見ておくがよかろう。新たな魔王軍と、我ら連合国家の和議が成る瞬間を」


 カンベエ・ブラックフィールドは、ぐうの音も出なかった。が、ときんと成る瞬間を見切れなかった。



 腹を切る男、ムネハル・クリアリバーは、静かに小早船こはやぶねに乗った。

 つづけざまに漕ぎ手のムラカミ・パイレーツが乗った。

 ついでに、推命アビリティ8。〝辛未かのとみ〟を発動している忍の娘も乗り込んだ。


 全員が乗り込むと、ふたりの漕ぎ手は緩やかに小早船こはやぶねを走らしてビッチュビチョの泥だらけの水の中央に止まった。空は雲一つなく、どこまでも青く澄んでいた。


 腹を切る男、ムネハル・クリアリバーは、澄み切った青空のもとで見事な舞いを踊り、そして辞世じせいの句を詠んだ。


浮世うきよをば いまこそわたれ 武士ぶし

 高松たかまつの こけのこして』


 一切の迷いがない、見事な辞世じせいの句だった。


 舞が終わると、ムネハル・クリアリバーは、諸肌もろはだを脱ぐと小早船こはやぶねに座った。そして一切の迷いなく、〝短刀〟で、腹を真一文字に切り裂いた。

 そしてすぐさま、ムラカミ・パイレーツの一人が眼にもとまらぬ一太刀で首を断ち切った。首はビッチュビチョの泥水に「ぽちゃん」と落ちた。


 見事だった。


 しかし、ムラカミ・パイレーツの方は見事すぎた。本来ならば、首の皮一枚残すのが習わし。しかし手元が狂った。お神酒みきでほどよく酔っていた。


「あっかーん!」


 小早船で、息を殺していたコトリ・チョウツガイは思わず叫んだ。


 どっぼーん!


 コトリ・チョウツガイは、迷わずビッチュビチョの泥水に飛び込んだ。

 首を魔王に差し出す前に、こっそりお酢をぶっかける必要があった。木行ポイントを+1する必要があった。


 離れた首と体は、別々に埋葬される。その首を来世でつなげるために木行ポイントを+1して、体と首をつなげる必要があった。

 コトリ・チョウツガイは、全身泥だらけになって必死に首を探した。しかし、首は見つからなかった。どこにもなかった。


(はぁ、はぁ。どないしよう……)


 コトリ・チョウツガイ以外は、みんなすっかり引き払っていた。


 連合国家の軍は、銘々めいめい郷里への帰路についた。

 カンベエ・ブラックフィールドの軍は、でんでん太鼓を鳴らした後、大急ぎでヒデナガ・ウインドワイルドの後を追いかけた。


 プルルルル……。


 〝駅場えきば〟が鳴った。そして〝かわのたて〟が、ぷるぷると震えた。


 ぺしん!


 〝かわのたて〟から、日本一の和食料理人、タクミ・ケブカワの声が聞こえた。


(コトリちゃん? 連絡がないから心配したよ。首尾はどうだい?)


「あ、タクミさん。え! あ、えーと……」


 コトリ・チョウツガイは考えた。智謀3を振り絞って必死で考えた。

 しかし、何も浮かばなかった。何も浮かばなかったので、本日の〝うんのよさ〟にかけた。


「はい。完璧です!! 空振り三振でパーフェクト試合です!」


 嘘八百だった。


(良かった。ごくろうさま。あ、悪いけど、鯛を何匹か買ってくれないか?

 今、先生に味見をしてもらったのだが、すこぶる気に入っていてね)


(美味しい。美味しい。この世界の鯛はじゃがいも。じゃがいもは美味しい)


 〝駅場えきば〟越しに、キコ・アンラクアンの声が聞こえた。

 日本一の和食料理人の料理を、残念にひとりごちていた。


「は、はーい……」


 コトリ・チョウツガイは、本日810ある〝うんのよさ〟で、適当にごまかした。


 ・

 ・

 ・


 202X年、とある世界にひとりの赤ん坊が産まれた。男の子だった。

 その男の子は、至って正常の範囲の体重だった。この世界では今は〝正出生体重児〟と呼ばれている。

 しかし、後にその赤ん坊は、たくましく、そしてしたたかに成長する。


 その男の子は、忠義に厚い男の生まれ変わりだった。

 ただ、うっかり者のお忍びメイドのおかげで、首が魔王と入れ替わっていた。

 数日前に、何処いずこへと消えて無くなってしまった魔王の首と入れ替わった。


 くりかえす。後にその赤ん坊は、たくましく、そしてしたたかに成長する。

 革新的な魔王の頭脳と、まるで呪われたの如く忠義に厚い身体の赤ん坊は、たくましく、そしてしたたかに成長する。


 所詮は占い。当たるも八卦はっけ当たらぬも八卦はっけ

 だが、忠義に厚い身体をバッサリと切り裂いた〝短刀〟は、その日、とても運が良かった。


 そう、忠義に厚い身体はとても運が良かった。前世でとても運が悪かった反動からか、とても運が良かった。


 ひょっとしたら、後に国を動かす豪傑ごうけつになるかもしれない。

 とても、興味深い。


 そして、理論上では、智謀101を誇る魔王がどこかの異世界に誕生しているはずだ。

 とても、興味深い。


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幕間劇


 こんにちは。コトリ・チョウツガイです。

 ここまで、お読みいただきありがとうございます。めっちゃうれしいです。

 めっちゃ焦ったけど、なんや結果オーライのような気がしなくもないでもないです。


 あと、〝駅場えきば〟ってのが、なんやわからんスキルすみません。


 ちょっとだけ解説すると、〝駅場えきば〟は、四柱推命しちゅうすいめいにおける特殊星です。

 持っていると、遠出の仕事に便利な星やと言われています。


 わたしは1個だけ持ってるんで、これをつかってイツキさんやタクミさんとお話しています。

 でも1個だけやから、電波を2とかバリ3にするんは、〝かわのたて〟のスキルを覚醒させる必要があります。


 あと、タクミさんのことも説明します。


 タクミさんは、〝相術そうじゅつ〟が得意で、〝占術せんじゅつ〟がまあまあ得意で、〝卜術ぼくじゅつ〟は出来ません。

 でもって、〝相術そうじゅつ〟と〝占術せんじゅつ〟で、食材の特徴を見極める陰陽おんみょう料理人です。


 〝占術せんじゅつ〟で、干合かんごうっていう隠しパラメータみたいなもんを見極めて、五行ポイントが上昇する料理が作れます。

 ちょっと説明が難しい技術なんやけど、隠し味みたいなもんやと思ってもらって構いません。


 参考程度に頭ん中に入れておいてもらうと、めっちゃ嬉しいです。

 それでは、失礼します。

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