第28話 腹を切る男と〝だいじな手紙〟

 腹を切る男ムネハル・クリアリバーは、手酌を楽しみつつ、鯛の昆布締こぶじめを噛み締めていた。

 我ら侍の頂点であらせられる、公方くぼう様がいつも食べている夕食ゆうげの膳を楽しめたのだ。もはや思い残すことはない。


「ムネハル様」


 丁度ちょうどさかなが喉を通り過ぎたとき、胸に〝短刀〟を抱いた女中がしずしずと現れた。

 女中は静かに短刀を置くと、懐から一枚のふみを取り出した。


「先ほど忍びが参り、タカカゲ・リトルリバー様の書状を寄越してまいりました。こちらにございます」


「忍? この水浸しの城に?」


「はい。わたしがふと空を見上げると、まるで空を泳ぐようにスイスイと飛んでまいりました。それはそれは美しいクノイチでございました」


「ふうむ、それは面妖な術を使いよる」


「はい、相当な手練れかと存じます。おそらくタカカゲ・リトルリバー様お抱えの忍びかと。とにかくめっちゃ美人でした」


 嘘だった。


 全てはコトリ・チョウツガイのでっち上げだった。いや飛んできたのは事実だが、飛んできたクノイチは、今ここで説明をしているコトリ・チョウツガイ本人だ。

 そして無駄にいちいち美人であることを強調した。


「空をスイスイと泳ぐように舞う姿は天女のようでした。めっちゃ美人でした」


 嘘八百だった。


 コトリ・チョウツガイは、いけしゃあしゃあと嘘をつき、ついでに自分の美貌をアピールした。嘘をつくなど今の彼女にとってはお茶の子さいさいだ。

 何故なら、コトリ・チョウツガイの今日の〝うんのよさ〟は810。嘘八百など造作もない。

 

 〝うんのよさ〟810,000の短刀に調理され、〝うんのよさ〟8,100となった鯛のおかしらに旨味を染み込ませた昆布は、〝うんのよさ〟810となっていた。そしてその昆布をごま油で炒った佃煮を食したコトリ・チョウツガイの本日の〝うんのよさ〟も810になっていた。


 810の〝うんのよさ〟で、丁度ちょうど良い向かい風にあおられ、丁度ちょうど良い具合に城の窓から忍び込み、丁度ちょうど良い具合にムネハル・クリアリバーの食事が終わる頃合いにスライドするドアに待機をしていた。


 ムネハル・クリアリバーは、そんなコトリ・チョウツガイの嘘八百にすっかり騙されながら、タカカゲ・リトルリバーの書状を読んだ。


 そして、顔色を変えた。


 書状にはとんでもないことが書かれてあった。

 魔王が謀反むほんに遭い死んだと書かれてあった。

 キンカン男が和議を持ちかけてきたのもその為だと。


 とんでもない内容は続いた。


 書状にはふたつの作戦が書かれてあった。

 ひとつめの作戦は、嘘をつき中央に逃げおおそうとしている小汚いハゲネズミ男を追撃するために和議を反故ほごにすること。

 ふたつめの作戦は、このまま和議に応じて腹を切ること。

 そしてこのふたつの作戦のうち、好きな方を自ら選べと書かれてあった。


 決まっている! どちらを選ぶかなど火を見るよりも明らかだ!!


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 スキル、一日一万一心ひゃくまんいっしん発動!

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 ムネハル・クリアリバーは、静かに女中のコトリ・チョウツガイに言った。


「筆と紙を、これより辞世の句を書く」

「かしこまりました」


 女中のコトリ・チョウツガイは、目を真っ赤かにして、しずしずと筆と紙を取りに行った。


 ムネハル・クリアリバーは呪われていた。

 スキル、一日一万一心ひゃくまんいっしんによって呪われていた。連合国家のために、喜んで命を差し出す、忠義の呪いがかけられていた。


 一日一万一心ひゃくまんいっしんはとても強力な呪いだ。全てを理解した上で自死をすることで、連合国家の結束をより強固にする呪いがかけられていた。


 呪いを編み出したのは、英雄の息子、タカカゲ・リトルリバーの兄、タカモト・モーリーだった。

 幼少より体の弱かったタカモト・モーリーは、死期を悟った際、一計を案じた。


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 スキル、一日一万一心ひゃくまんいっしんの団結。

 対象:父、モトナリ・モーリー


 自死することで、自分より智謀の低い人間を意のままに操る。

 追加効果。対象に従属する智謀が10以上低い人間にも感染。

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 タカモト・モーリーは、かねてより謀反むほんの疑いがあった男のうたげに呼ばれ、そのまま変死をした。

 呪われてしまった英雄、モトナリ・モーリーの悲嘆は尋常なものではなかった。

 うたげを主宰した男に謀反むほんの嫌疑をかけ、一族郎党を全て誅伐ちゅうばつ、もしくは切腹に追い込んだ。

 そして、その凶行に恐怖した連合国家の領主たちはもれなく呪われた。


 そして、強固な呪いで結ばれた連合国家が出来上がった。


 コトリ・チョウツガイは演技どころではなかった。たかだか810の〝うんのよさ〟では、とうてい嘘など突き通せない。

 コトリ・チョウツガイは泣きながら筆と書を差し出すと、ムネハル・クリアリバーに言った。


「ほんまに、死なんとダメなんです?」


「無論だ。ここで私が腹を切り、ハゲネズミ男に恩恵と怨念を押しつければ、連合国家は安堵されるだろう。追撃しようものなら、中央は再び混沌こんとんとなる。再び魔王のいない、群雄割拠ぐんゆうかっきょの地獄に逆戻りだ」


「ちょっと、なにいっとるかわからんけど、めっちゃ理不尽や。

 こんなおもんない異世界におってもしょーもないです!」


「ああ、だから私は腹を切るのだ。ハゲネズミ殿に、一刻も早くしょーもないいくさの無い世の中を作っていただく。新たな魔王になっていただく。

 ハゲネズミ殿は調子の良い人たらしと聞く。公方くぼう様とも、そして中央のみかどとも、上手に折り合いをつけることだろう」


 ムネハル・クリアリバーは、とても的確に向こう12年、つまりは十二支じゅうにしひとまわり分の未来を予見した。

 智謀101を誇る、タカモト・モーリーの一日一万一心ひゃくまんいっしんの呪いに、意のままに操られていた。

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