第27話 目ざとすぎる男と首が回らない男

 目ざとすぎる男は、空を注意深く見上げていた。


 戻ってくるはずだ。つい先ほど、ちょっと目を疑う方法で、この城を脱出した忍の娘は、必ず戻ってくるはずだ。


 男の予想は当たった。まるでムササビのごとく、唐草模様からくさもようの風呂敷を広げてスイスイと空を泳いでいた。ビッチュビチョの汚れ切った泥水ではなく、真っ青に澄み切った空をスイスイと泳いでいた。そしてそのまま、スルスルとビッチュウ=タカマツ城へと入っていた。


 男その一部始終を眺めると、目頭を押さえた。

 そして「はぁああああ」と大きなため息をつき、どうにかこうにか平静を保ちつつ、懐から玩具を取り出した。


 でんでん太鼓だった。


 でんでん太鼓には家紋が描かれていた。片面は藤の柄、もう片方はひょうたん柄だった。

 男は、でんでん太鼓を天に掲げると、クルクルと回し始めた。


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 でんでん太鼓のスキル、〝駅場えきば〟使用。

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 デンデデデン

 デデンデデデ

 デデデン

 デデデンデン


 デンデンデデンデ


 デンデデデンデ

 デンデンデン

 デンデデンデンデ


 デンデデン

 デンデンデン


 デンデンデデンデ

 デデンデデンデ

 デデンデデ

 デデ

 デンデンデ


 デンデンデンデン

 デデ

 デンデデデデン

 デデンデデンデ


 ・

 ・

 ・


 男は岸で水浸しの城を眺めていた。

 男は一刻も早くこの場を立ち去りたかった。

 すっ飛んでいった兄を一刻も早く追いかけたかった。


 デンデデデン……デデンデデデ……


 男の腰にぶら下げたひょうたんがブルブルとふるえた。

 

 (カンベエ殿か……悪い予感がする)


 男は、腰にぶらさげたひょうたんを、軽くふった。

 ひょうたんから〝駅場えきば〟の紙が出た。電報だった。


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 マオウノ シ モレル ワレ シンガリ ゴメン

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 (今度はカンベエ殿が貧乏くじを引く番か……)


 男は頭を抱えた。しかし、もう止まることは出来ない。

 引き返すことはできない。

 男の名前は、ヒデナガ・ウインドワイルド。

 魔王軍の魔王西方進行軍の司令官、ハゲネズミ男の弟だった。


 さきのいくさでは、ヒデナガ・ウインドワイルドが貧乏くじを引かされていた。

 兄、ハゲネズミ男の命令で、とんでもない貧乏くじを引かされていた。

 商人から兵糧ひょうろうを法外の高値で買い占めてしまい、大量の負債を抱えていた。借金で首が回らない状態だった。


 そして、今回の貧乏くじはカンベエ・ブラックフィールドだ。連合国家との撤退戦を、直属のわずかな兵でしんがりを務めると買って出た。


 連合国家は強国だ。可能な戦術は、篭城ろうじょうくらいしかないだろう。

 カンベエ殿は大変に有能な人物だ。稀代きだいの策士だ。こんな所で失うのは惜しい。

 だが、私は行かなければならない。カンベエ・ブラックフィールドを見捨てて行かなければならない。


 なぜなら魔王が死んだからだ。


 魔王軍一の忠義者と、ほまれ高かったキンカン男が、ホンノウ寺で何故か謀反むほんを起こしたからだ。変だった。

 しかし、絶世のチャンスだった。魔王を亡き者にしたキンカン男を仕留めれば、その人物はたちどころに英雄になれる。そして新たな魔王の座につける。


 兄、ハゲネズミ男は、千載一遇せんざいいちぐうのチャンスを両手にガッシリと引き寄せていた。


「皆のもの、兄を追うぞ! 敵はキンカン男だ!!」


 エイエイオー!


 兵たちは腹の底から声を上げた。兵たちの士気は最高潮だった。

 当然だ。とんでもない借金をして、使いきれない兵糧を買い込んでいたのだ。

 ヒデナガ・ウインドワイルド軍は、朝食あさげ夕食ゆうげ、それにオヤツまでつく、超ホワイトな優良組織だった。


「カンベエ殿、御免!!」


 借金で首が回らないヒデナガ・ウインドワイルドは、キンカン男の征伐せいばいのために、カンベエ・ブラックフィールドを見捨てて、兄を追った。

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