第26話 女中の娘と目利きの男

 和食料理人の調理白衣を着たタクミ・ケブカワは、〝だいじな手紙〟と、なんだかお洒落な青色の瓶に入ったドリンクを2本差し出した。お酢だった。


「ありがとうございます!」


 コトリ・チョウツガイは、たすき掛けにしている、唐草模様からくさもようの風呂敷の中に、〝だいじな手紙〟を丁寧ていねいに押し込んだ。

 続けて、ニコニコしながら、床にザックリと刺さった〝短刀〟を引っこ抜くと、それも丁寧ていねい唐草模様からくさもようの風呂敷の中に押し込んだ。


 そして、光の速さでお酢を手に取ると「パキリン」と蓋をあけてごぎゅごきゅと飲み干した。(本日通算21本目)


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 コトリ・チョウツガイは、HPが30回復した。 

 コトリ・チョウツガイは、〝すりきず〟の状態異常が回復した。

 コトリ・チョウツガイは、木行もくぎょうポイントが1上がった。

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「くーーーー生き返るぅ! やっぱ身体を乱暴された後はお酢に限る!

 D Vどうのつるぎバイオレンスの傷跡もキレイさっぱり収まったし、ホンマ最高や。

 やっぱりわたしは、骨の髄までお酢依存症なんやなぁ。

 あ、タクミさん、お酢の運び屋ありがとうございます」


 コトリ・チョウツガイは、色々と勘違いされそうな感想をひとりごちた。


 大丈夫だ、問題ない。お酢に依存症の症例はない。

 木行もくぎょうの酸っぱいお酢を飲んでHPが30回復し、木行もくぎょうの状態異常〝すりきず〟を中和しただけである。


 コトリ・チョウツガイは、つづけざまに二本目のお酢(本日通算22本目)のキャップを「パキリン」と開けた。


 すっかり元気を取り戻し、腰に手を当ててお酢を飲もうとするコトリ・チョウツガイに、日本一の和食料理人、タクミ・ケブカワが話しかけた。


「そのまま飲みながら聞いてくれ。ざっくりと現在の状況を話す。まず、異世界の魔王についてだが……」


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 コトリ・チョウツガイは、ゴキュゴキュとお酢を飲みながら、瞳を真っ赤にして、涙をドバドバと流していた。異世界の理不尽に涙が止まらなかった。お酢は、涙でしょっぱい味がした。


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 コトリ・チョウツガイは、HPが最大値まで回復した。 

 コトリ・チョウツガイは、水行すいぎょうポイントが1上がった。

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「うぅ……あんまりやぁ」


「それが、あの異世界のことわりだ。致し方がない。復路は俺が途中まで運ぶ。とりあえず、コトリちゃんはこれを食べてくれ。箸休めだが多少は〝うんのよさ〟が上昇する」


 タクミ・ケブカワは、昆布の佃煮の入ったタッパーと箸を差し出した。

 コトリ・チョウツガイは、めそめそと泣きながら、昆布の佃煮を食べた。


 昆布の佃煮はしょっぱかった。そして、ごま油の良い香りの奥に、鯛の滋味が広がり、一番最後にビールのほのかな苦味を感じた。


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 コトリ・チョウツガイの本日の〝うんのよさ〟が810になった。

 コトリ・チョウツガイは、火行かぎょうポイントが1上がった。

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「めっちゃ、美味しいです。お酢をかけなくても充分美味しいです」


 コトリ・チョウツガイは、日本一の和食料理人の料理を、残念にひとりごちた。

 コトリ・チョウツガイが昆布の佃煮を食べている間、タクミ・ケブカワは、唐草模様からくさもようの風呂敷の四隅を、コトリ・チョウツガイの手足に丹念にくくりつけた。


「よし、これで準備は出来た」

「よろしくお願いします。タクミさん」


 コトリ・チョウツガイは、〝どうのつるぎ〟と〝かわのたて〟を装備して、大量のお酢を背負ったまま、唐草模様からくさもようの風呂敷にくるまった。


 タクミ・ケブカワは、重さが〝無かったこと〟になっているコトリ・チョウツガイを「ひょい」と右手で持ち上げると、「15」と書かれた空きっぱなしのドアをくぐり異世界に入った。


 そして、左手で瞳を覆うと、静かに推命アビリティを使用した。


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 推命アビリティ60。〝癸亥みずのとい〟発動。

 人物観察プロファイリング:鑑定方法、相術そうじゅつ

 スキル:陰陽料理人シェフのきまぐれ

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 カンベエ・ブラックフィールドの瞳、具体的には角膜に直接、遥か彼方のムネハル・クリアリバーの情報が映し出された。


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 スキル、陰陽料理人シェフのきまぐれにより、タクミ・ケブカワの料理を食した人物を捕捉。


名前:ムネハル・クリアリバー

職業:侍

スキル:一日一万一心ひゃくまんいっしん


統率:75

武力:69

政治:66

智謀:53

教養:78

魅力:77


習得推命アビリティ:35〝戊戌つちのえいぬ〟/39〝壬寅みずのえとら/30〝癸巳みずのとみ

状態異常:一日一万一心ひゃくまんいっしんの団結

特殊判定:風水料理人シェフのきまぐれにより距離を捕捉。距離2,028メートル。

*智謀90未満の場合、解除不能。


 タクミ・ケブカワは、顔を覆った左手をはずした。

 タクミ・ケブカワは、左目の網膜に2,048メートル先のムネハル・クリアリバーの様子を移し出しつつ、右目では現実の世界を見ていた。


 タクミ・ケブカワは、右手に持っている風呂敷包みのコトリ・チョウツガイを、肩の高さまで上げた。そしててのひらに乗せた。

 そして「はぁああああ」と大きく深呼吸をして集中力を極限まで高めると、まるで砲丸を投げるかのごとく押し上げるようにてのひらに乗っかっている風呂敷包みのコトリ・チョウツガイを放り投げた。


 風呂敷包みのコトリ・チョウツガイは、猛スピードで宙を舞った。


 タクミ・ケブカワは、右の瞳を覆い、現実世界だけが見える左目で素早く「15」と書かれたドアに入り、長い長い廊下を猛ダッシュで駆け抜けて安楽庵あんらくあん探偵事務所に戻った。

 そして、キコ・アンラクアンがボーとしているエグゼクティブデスクの電話の前で今度は左目と覆うと、異世界だけが見える右目で、コトリ・チョウツガイの状況を確認しつつ、いつでも電話できるように準備した。


 一方、重さが〝無かったこと〟になっている風呂敷包みのコトリ・チョウツガイは、砲丸投げの要領で飛ばされて、無回転、かつ猛スピードで空を飛んでいた。


 プルルルル……


 風呂敷包みのコトリ・チョウツガイが、上空64メートル、ビッチュウ=タカマツ

城まで512メートルの地点まで飛ばされたところで〝駅場えきば〟が鳴った。〝かわのたて〟もプルプルとふるえた。


「今や!」


 コトリ・チョウツガイは、〝かわのたて〟をペシンと叩くと、自分の身体をめいいいっぱい押し広げた。


 ばぁさぁ!


 コトリ・チョウツガイを包んでいた唐草模様からくさもようの風呂敷は、風にあおられてふわりと膨らんだ。

 四肢に唐草模様からくさもようの風呂敷を結びつけたコトリ・チョウツガイは、ふんわりと宙を舞った。


 プルルルル……ガチャリ。


(コトリちゃん、首尾はどうだい?)


「ええ感じです。タクミさん、めっちゃファインプレーです!」


(そうか、良かった……では、そのまま滑空してビッチュウ=タカマツ

城に忍び込んでくれ)


「はーい!」


 コトリ・チョウツガイは、ニコニコと返事をした。


 眼下には、豊かな穀倉地帯だったハズの大地が、一面水浸しになっていた。

 コトリ・チョウツガイは、なんとも言えない複雑な気分を押し殺して、ニコニコしながら少しずつ高度を落とし、ビッチュウ=タカマツ城を目指した。

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