第24話 女中の娘と〝だいじな手紙〟

 プルルルル……プルルルル……プルルルル……


 安楽庵あんらくあん探偵事務所の電話が鳴っていた。所長室のエグゼクティブデスクの上に置いてある、電話が鳴っていた。


 プルルルル……プルルルル……プルルルル……


 エグゼクティブデスクには、女が座っていた。


 女は、いかにも高価そうなエグゼクティブデスクに頬杖ほおづえをついて、ぼーっと何かを読んでいた。安楽庵あんらくあん探偵事務所の所長、キコ・アンラクアンだった。

 グレーのストライプのスーツに身を包み、腰まであろうかと言う黒い長髪をひっつめにして、銀の細フレームのメガネをかけてボーッと何かを読んでいた。


 プルルルル……プルルルル……プルルルル……


 ボーッとしているのには理由がある。


「所長は絶対に受話器をとらないでください!」


と、イツキ・ケブカワきつく注意されているからだ。訳のわからない受け応えをして、電話越しの相手を困惑させてしまうからだ。


 ガチャリ


 所長室の非常ドアが時計回りにひねられた。


 タクミ・ケブカワだった。和食料理人の調理白衣を着たタクミ・ケブカワは、事務所に入ると、そのまま流れるような一切の無駄のない動きで受話器を取った。


「待たせてすまない。寝かせた鯛の昆布締こぶじめを仕上げていた。これ以上昆布に浸すと変色してしまうからな」


 電話越しに若い女性の声が聞こえてくる。コトリ・チョウツガイだった。


(タクミさん! 事件です! わたし、タカカゲさんの〝だいじな手紙〟を、どっかに落っことしたみたいです!!)


「え!? あ……」


 タクミ・ケブカワは、秒で事態を理解した。


「うん。うん。うん。なるほど。なるほど。なるほど。読めない」


 キコ・アンラクアンは、まるでミミズがのたくったような〝だいじな手紙〟の解読を諦めた。そしてゴミ箱に「ぽい」と捨てた。


(どこに落っことしたんやろうか? 結構前から無かったような気がしなくもなくもないです!!

 あかん……記憶が全然ない。こんな記憶力で大丈夫なんやろか?)


 タツキ・ケブカワは、目頭を押さえた。

 そして「はぁああああ」と大きなため息をつき、どうにかこうにか平静を保ちつつ言葉をひねりだした。


「……大丈夫だ。問題ない。〝だいじな手紙〟は、今、ゴミ箱の中にある」


 タツキ・ケブカワは、ゴミ箱に捨てられた〝だいじな手紙〟を拾った。墨で書かれた書状だ。間違いない。


(マジですか!? やったら100%わたしの責任です!

 確かにわたし、先生の机の上で風呂敷広げてました!!

 わたしとしたことが、完全にウッカリしてました。先生の前やのに、あまりにも不用意すぎました。100%わたしの責任です! 申し訳ありません!)


 コトリ・チョウツガイは、自分の不注意を恥じた。そして上司であるキコ・アンラクアンへの色々と酷い心情を吐露した。


「まあ、見つかってよかった。今からなら、なんとか間に合うだろう。

 すぐに先生にドアの場所を変えてもらって……ん?」


 タツキ・ケブカワは、書状の内容を見て青ざめた。トンデモナイことが書いてあった。言葉が出なかった。


(? もしもし、タクミさん? どうかしました?

 もしもし! もしもーし!!

 おかしいなぁ〝駅場えきば〟の調子が悪いんやろか……)


 タツキ・ケブカワは、目頭を押さえた。

 そして「はぁああああ」と大きなため息をつき、どうにかこうにか平静を保ちつつ言葉をひねりだした。


「この手紙は、可及的速やかに読んでもらう必要がある。場合によっては、異世界の歴史が大きく変わる! 今すぐこちらに戻ってきてくれ!!」


(え? 先生にドア作ってもらうんじゃダメなんです?)


「それでは間に合わない。少なくとも10分以内に絶対に読んでもらう必要がある。今から〝松煙墨しょうえんぼく〟を擦っていたら間に合わない!!」


(マジですか!? りょ、了解です!

 ……あ、ひとつ確認なんやけど、ひょっとして戻るためには、〝どうのつるぎ〟と、〝短刀〟が必要になります?)


「ああ、そうなる。

 そのふたつを使えば、3分で往復できる」


(やっぱり!

 はぁ……タクミさんもイツキさんと同じ穴のムジナやったんや。

 ケブカワ家は男尊女卑の家系なんや! 嫁入り前の娘の扱いが色々と酷い家系なんや!!)


「本当に申し訳ない……だが、この任務はコトリちゃんにしか出来ない。

 頼む。すぐに戻ってきてくれ!!」


(……はーい)


 コトリ・チョウツガイは、〝駅場えきば〟越しに力なく返事をした。そして〝駅馬えきば〟はガチャリと切れた。




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