第23話 腹を切る男と女中の娘
男は黙っていた。無口な男だった。
僧侶の口から放たれる、自分の運命を静かに聞いていた。
男の名前はムネハル・クリアリバー。
ビッチュウ・タカマツ城の城主。つまりは連合国家の小領主だった。
そしてこの男は、あと四半刻の後、つまりは30分後に死ぬ運命だった。切腹をして、その首を魔王軍に差し出すのだ。
「……以上がヨシハル殿のお言葉です。異論はございませぬな?」
僧侶は、英雄の息子、ヨシハル・クリアリバーの
「ぎ、御意にござります」
無口な男、ムネハル・クリアリバーは、震えながら静かに答えた。
怖いからでは無い。武者震いだ。嬉しいからだ。連合国家のお役に立てるのが心の底から嬉しかったからだ。
私は幸せ者だ。この役立たずな脳みその詰まった頭を、首から離して魔王軍に差し出すだけで、和議を果たせるのだ。
先の
一切の策を練らず、ただただ川が
私は無能だ。価値のない男だ。そんな私が
全ては、英雄の息子、ヨシハル・クリアリバー、タカカゲ・リトルリバー、通称リバー兄弟の心配りの
武者震いに震えるムネハル・クリアリバーを無表情で眺めていた僧侶は静かに言った。
「……準備が整い次第、表に出てくだされ。船を待たせております故……それでは」
僧侶は無表情で、お
僧侶の退出を頭を下げて見届けたムネハル・クリアリバーは、ほどなく、声を上げた。
「だれか、
腹を切る男ムネハル・クリアリバーは、最後の食事を楽しむことにした。とはいえ、この城は水浸しだった。補給は一切たち行かない。兵糧などとっくの昔に尽き果てた。
酒の
「失礼します」
スライドするドアが半分開いた。女中の娘が、両膝をつき腰をかがめていた。
女中の娘は、一度ドアを開くのを止めた、そして両手を添えてドアを全開にした。
そして、部屋に入ると音を立てずに「そっ」ドアを閉めた。
とてもマナーが良かった。
マナーの良い女中の娘は、シンプルな造りの床のヘリを踏まずに歩き、腹を切る男ムネハル・クリアリバーの前にしずじずと料理を出した。
見事な鯛の
「これは?」
「タカカゲ・リトルリバー様の差し入れでございます。
「
「そしてこちらは、
女中の娘は、しずしずと短刀を差し出した。
「なんと、タカカゲ様はそこまで……そこまで
女中の娘は、しずしずと言葉を発した。
「鯛は
女中の娘に言われるがまま、腹を切る男ムネハル・クリアリバーは箸をもって、鯛の
箸につままれた切り身は、ねっちょりと糸をひきながらしずしずと宙に浮き上がり、流れるようにムネハル・クリアリバーの口中へと放り込まれ、ゆっくりと
鯛の
———————————————————
ムネハル・クリアリバーの木行ポイントが1上がった。
———————————————————
腹を切る男ムネハル・クリアリバーは、知らない味〟の興奮を女中の娘に伝えた。
「すばらしい。かようにふくよかで複雑、それでいて優美で艶やかな味の鯛を食べるのは初めてだ!
そして問いたい。微かに感じた苦味の正体を教えてくれぬか?」
「ビールにございます。注ぐと泡の立ち込める
「
「……はい」
女中の娘はニコニコしながら返事をした。
嘘だった。
この異世界のこの文化圏には、ビールはまだ伝来していない。つまり武家の頂点に君臨する、
腹を切る男ムネハル・クリアリバーの最後の食事は、この世界で二人目。そして、この世の〝全ての異世界〟をひっくるめても、十人未満しか食べたことがない、〝知らない味〟だった。
女中の娘はニコニコしながら、言葉をつづけた。
「最後に、タカカゲ殿より
しょ、少々お待ちください!!」
女中の娘はニコニコしながら、しずしずと、しかしそそくさと退場した。
女中の娘は、
なかった。
悩める男、タカカゲ・リトルリーバーの
女中の娘は、青ざめて、〝かわのたて〟を天にかかげた。
(めっちゃやばい! 〝だいじな手紙〟をどっかに落としてもうた!!)
プルルルル……プルルルル……プルルルル……
〝駅馬〟は、鳴り続けた。
女中の娘コトリ・チョウツガイは、生きた心地がしなかた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます