第21話 お忍びメイドと目ざとい男

 僧侶のエケイ・ブラックテンプルは言った。


「あちらの小早こはやで城に向かいまする。我々が着いたのち、ムネハル・クリアリバーが小早こはやに乗り、小早こはやの上で切腹の儀を執り行う流れとなります」


 足をひきずる侍カンベエ・ブラックフィールドは、首をわずかにかしげた。


「あの船、少しだけ前にかしいでおりませぬか?」

「はて? 拙僧にはわかりかねますが……」


 僧侶のエケイ・ブラックテンプルは無表情で言った。


「そうですか……いやはや、私は目が悪くてね。少し薬をつけてよろしいか?」

「ご自由に……」


 僧侶のエケイ・ブラックテンプルは無表情で言った。


 カンベエ・ブラックフィールドは、懐から貝殻を取り出した。軟膏なんこう、つまりは塗り薬だった。

 カンベエ・ブラックフィールドは、軟膏なんこうを、指で少しだけすくい取ると、目に塗った。


 そして、静かに推命アビリティを使用した。


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 推命アビリティ60。〝癸亥みずのとい〟発動。

 人物観察プロファイリング:鑑定方法、相術そうじゅつ

 特殊効果:玲珠膏しゅれいこう

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 カンベエ・ブラックフィールドの瞳、具体的には角膜に直接、エケイ・ブラックテンプルの情報が映し出された。


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名前:エケイ・ブラックテンプル

職業:僧侶

スキル:外交僧なまぐさぼうず


統率:42

武力:09

政治:83

智謀:91

教養:89

魅力:59


習得推命アビリティ:9〝壬申みずのえさる〟/19〝壬午みずのえうま〟/29〝壬辰みずのたつ〟/39〝壬寅みずのえとら〟/49〝壬子みずのえね〟/59〝壬戌みずのえいぬ

状態異常:なし

特殊判定:玲珠膏しゅれいこうにより発汗状態を詳細確認。虚偽報告なし。


 なるほど、連合国家の外交僧は嘘をついていない。となると……。


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 カンベエ・ブラックフィールドは、推命アビリティ60。〝癸亥みずのとい〟を解除した。

 そして、小早船こはやぶねを見た。

 さきほど感じた僅かな傾きは、発生していなかった。


 カンベエ・ブラックフィールドは、頭を下げた。


「失礼いたした。くだらぬ質問をしたようです」

「お気になさらず……では、小早こはやに乗り込みましょう」


 僧侶のエケイ・ブラックテンプルは無表情で言った。


 二人の漕ぎ手と、一人の僧侶、そして一人の足を引きずる侍は、小早船こはやぶねに乗り込んだ。小早船こはやぶねは重みで少しだけ沈んだ。

 全員が乗り込むと、ふたりの漕ぎ手は緩やかに小早船こはやぶねを走らしてビッチュウ=タカマツ城へと進んでいった。


 推命アビリティ8。〝辛未かのとひつじ〟発動し息を潜めているコトリ・チョウツガイは、冷や汗を浮かべて心臓を激しく高鳴らしていた。


(なんや、あのお侍さん、めっちゃ目ざとい!)


 コトリ・チョウツガイは、カンベエ・ブラックフィールドが、推命アビリティ60。〝癸亥みずのとい〟を使っている間に、お忍びで行動を起こしていた。


 懐から唐草模様からくさもようの風呂敷を取り出して、自分自身を包んでいた。

 唐草模様からくさもようの風呂敷は、推命アビリティ1。〝甲子かのえね〟のリセット機能で、包んだ物体の重みを〝無かったこと〟にする。とても便利なマジックアイテムだった。


 このとても便利なマジックアイテムで、コトリ・チョウツガイは、ベラボーに重いお酢盛り沢山のカゴを丁寧ていねいに包んで軽々と運んでいた。そして今は、自分自身を丁寧ていねいに包んで、体重を〝無かったこと〟にして、船に生じた僅かな傾きをリセットしていた。


 コトリ・チョウツガイは、唐草模様からくさもようの風呂敷の中で小さくなって、四人の男が乗る小早船こはやぶねの隅っこで、息を殺し続けた。



 ほどなく、小早船こはやぶねはビッチュウ=タカマツ城へと到着した。

 漕ぎ手の二人は、荒縄を持って小早船こはやぶねから降りると、慣れた手つきで松の木と小早船こはやぶねを結んだ。


 すべての所作がどれも流れるように美しく、一切の無駄がなかった。

 二人の漕ぎ手は、海賊を生業なりわいとする、ムラカミ・パイレーツだった。 


「どうぞ、はよう降りなぁ」


 ムラカミ・パイレーツの一人が叫ぶと、僧侶のエケイ・ブラックテンプルと、足をひきずる侍カンベエ・ブラックフィールドは、船を降りた。


 カンベエ・ブラックフィールドは足が悪い。船に乗るのはともかく、降りるのは結構難儀だった。だが、僧侶もムラカミ・パイレーツの二人も、手を貸すことはなかった。


 ずるっ……べシャン!!


 カンベエ・ブラックフィールドは、ぬかるんだ地面に足を取られた。そして無様にしりもちをついた。

 カンベエ・ブラックフィールドのお尻は、ビッチュビチャのドッロドロになった。


「わははは! ざまあねぇや!」

「城を水浸しにしたバチがあたったんじゃぁ!」


 ムラカミ・パイレーツの二人は、手を叩いて喜んだ。

 僧侶のエケイ・ブラックテンプルは、そんな二人をたしなめて、心配する声をかけた。


「ぬかるんだ地面は危険です。お気をつけくだされ」


 しかし、無表情だった。そして足が悪いカンベエ・ブラックフィールドに対する気配り……つまりは具体的な介助行動は一切見せなかった。慇懃無礼いんぎんぶれいだった。


 ムラカミ・パイレーツと、僧侶エケイ・ブラックテンプルのふるまいは、魔王軍と連合国家の関係性を端的に表していた。


 魔王軍と連合国家は、もう6年近くいがみ合っている。武士の頭領、公方くぼう様を追い出して、好き勝手やっている魔王軍に、連合国家は他国の有力大名と手を組み戦っている。

 だが、この6年間で、大勢は決していた。戦局は取り返しのつかない状況まで連合国家を追い詰めていた。


 和議をするとはいえ、連合国家は明らかに分の悪い条件を飲むことになる。

 領土三国と、ビッチュウ=タカマツ城の城主、ムネマサ・クリアリバーの切腹、すなわち、首を差し出さねばならぬのだ。


 連合国家に属する、ムラカミ・パイレーツと僧侶のエケイ・ブラックテンプルの態度は、ある意味当然と言えた。

 そして当然の仕打ちを受けた、魔王西方進行軍の司令官ハゲネズミ男の軍師、カンベエ・ブラックフィールドは、頭を下げた。


「お見苦しいところをお見せしました」


 僧侶のエケイ・ブラックテンプルは無表情で言った。


「では、拙僧は城主のムネマサ・クリアリバー殿宛に、我らが総大将、モトハル・グットリバー殿がしたためたふみをどどけてまいります。

 貴殿は、そこいらで散歩でもしておいでなさい」 


「かたじけない」


 魔王西方進行軍の司令官ハゲネズミ男の軍師、カンベエ・ブラックフィールドは、ふたたび頭を下げた。

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