第19話 お忍びメイドと社会の窓

 そのドアは、今回の依頼人である、タカカゲ・リトルリバーの仮住まいの屋敷の庭に、おもむろに現れた。


 ドアは、ハッキリした色合いの黄色と緑のツートンカラーだった。そして額縁が備え付けられてあった。額縁の中に〝15〟と数字が書かれてあった。


 ガチャリ


 コトリ・チョウツガイは、ドアを開けて外に出ると、屋敷の門をくぐり、あぜ道をスタスタと歩いた。

 そしてすれ違う人が、ことごとく自分をチラチラと不審に見ていることに気がついた。


 なにかがおかしい。


 不安になったコトリ・チョウツガイは、〝かわのたて〟を天にかかげた。


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 〝かわのたて〟のスキル、〝駅馬えきば〟発動。

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 プルルルル……プルルルル……プルルルル……ガチャリ


「なんや、さっきからずっと、すれ違う人にジロジロ見られているんですけど? なにか隠してイジワルしてますよね! 性格悪すぎません!?」


 コトリ・チョウツガイは、圧強めに電話先の主に悪態をついた。


(……その異世界では〝どうのつるぎ〟と〝かわのたて〟に、違和感があるからだと思う。言い出せなかった……すまない)


 電話の声は、タクミ・ケブカワだった。


「え、タクミさん!? えらいスミマセン! めっちゃ恥ずい!! てっきりイツキさんやと……」


 コトリ・チョウツガイは、予想外の電話の主に、戸惑い謝罪した。


 コトリ・チョウツガイは、異世界におもむく時、よく見当違いの装備を選んで後悔する。

 

 嫁入り前の娘の扱いがいろいろとひどい男イツキ・ケブカワは、世渡りが上手いが性格の悪い人間だった。コトリ・チョウツガイの珍妙な格好をしているのを知っていて、敢えて黙って楽しむタイプの人間だった。


 つまりは〝社会の窓〟が全開の人がいたとしても、面白がって、当人が気づくまで黙っているタイプの人間だ。


 対して、実兄であるタクミ・ケブカワは、世渡りが下手な生真面目人間だった。生真面目だから〝社会の窓〟が全開の人がいたとしても、伝えた相手が傷ついてしまうのが可哀想と思うタイプの人間だ。


 ケブカワ兄弟は、ふたりそろって、コトリ・チョウツガイの珍妙な格好に気づいていた。そして全く異なる理由で口をつぐんでいた。


 だが、結果は変わらない。悪意があろうがなかろうが、結果的にコトリ・チョウツガイは、異世界ですこぶる恥をかいた。


 〝社会の窓〟とおなじだ。当人が気がついていないチャック全開を指摘してあげれば、恥はそこで断ち切れる。ただ、言わなければその人物は恥をかき続ける。

 悪意があろうがなかろうが、結果として恥の総量に変化はない。


 だからもし〝社会の窓〟全開の人がいたとしたらすぐに教えてあげよう。


 そうしないと〝社会の窓〟全開の人は、その事実に自分で気がつくまで、ずっと恥を描き続けてしまうのだ。現実を突きつける優しさだって、この世にはあるのだ。


(……本当にすまない。以後、気を付ける)


 世渡りが下手な生真面目人間のタクミ・ケブカワは、自分の行いを大いに恥じて反省をした。


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 なお、かなり余談になってしまうが、キコ・アンラクアンには〝恥〟という概念はない。

 どんな格好をしていても、一切人目を気にしない。

 大丈夫だ、問題ない。ない! ない!

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 閑話休題。


 生真面目なタクミ・ケブカワは、〝かわのたて〟越しに状況を説明をした。


(イツキは今、会社の部下と込み入った話をしている。四半期説明会の準備にトラブルが生じたらしい。

 だからイツキの電話が終わるまで、俺が代わりにナビゲーターをするよ。至らないと思うが、許してくれ)


「そ、そんな! タクミさんの方が嬉しいです! イツキさんは嫁入り前の娘の扱いが色々と酷いですから!!」


 コトリ・チョウツガイは、心の底からの本心、ならびに苦情を、兄のタクミ・ケブカワに申告した。


(了解。今回は、戦闘は発生しないようだからな。

 それなら、俺でもなんとかサポートできる。ゲームは一切やらないから、受信レベルは1までしか上げることはできないが……)


「はーい」


 コトリ・チョウツガイは元気よく返事をした。そして、


「それじゃあ、早速サポートをお願いします。わたし、なんで道ゆく人に笑われているんですか?」


 生真面目なタクミ・ケブカワは、コトリ・チョウツガイがいる異世界の常識をわかりやすく説明した。〝どうのつるぎ〟と〝かわのたて〟がこの世界のではあり得ないことを説明した。


 前回のこの異世界の任務では、イツキ・ケブカワが丹念な調査をし、コトリ・チョウツガイは最後の仕上げをするだけたった。だからメイド姿のまま、いきなりイナバ=トットリ城の城主の間に乗り込むことができた。

 だから知らなかったのだ。コトリ・チョウツガイは、自分が今、とてもな装備をしていることを知らなかったのだ。


 コトリ・チョウツガイは、顔を真っ赤にして、あわてて、着物の旅装束の懐から、唐草模様からくさもようの風呂敷を取り出すと、〝どうのつるぎ〟と〝かわのたて〟を丁寧ていねいに包んだ。


 そして、生真面目なタクミ・ケブカワの声が聞き取りやすいように、お酢山盛りの唐草模様からくさもようの風呂敷の上に乗っけて、角度を細かく微調整した。


「これでもう安心や! 今回の任務はもう成功したようなもんや!!」


 そんなことはない。こたびの任務の進捗しんちょくは未だ0%だ。

 こんな進捗しんちょくで大丈夫か?


(大丈夫だ、問題ない。ない! ない!)


 〝かわのたて〟越しに、キコ・アンラクアンの叫ぶ声が聞こえてきた。


「アカン! めっちゃ、急ぎましょう!」


 不穏な空気を感じ取ったコトリ・チョウツガイは、目的地のビッチュウ=タカマツ城に足早に向かって行った。

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