第18話 お忍びメイドと6階の倉庫

「褒めてくれるのは嬉しいが、このペースで飲まれると、肝心の異世界に持っていけなくなる。ほどほどにしよう」


 やもすれば、お酢を飲み干しでしまいそうなコトリ・チョウツガイに対して、タクミ・ケブカワは、静かに、しかし力と凄みを込めて、コトリ・チョウツガイをたしなめた。


「はーい……」


 コトリ・チョウツガイは、静かに、そして力なくしょんぼりと返事をした。


 タツミ・ケブカワは、再び「フン」を力を込めてお酢盛り沢山のカゴを持ち上げると、コトリ・チョウツガイはすばやくカゴの下に唐草模様からくさもようの風呂敷を忍び込ませた。


 ドシン!


 タツミ・ケブカワは、お酢盛り沢山のカゴを唐草模様からくさもようの風呂敷の上に降ろすと、「ふう」と粗めの息を吐いた。

 コトリ・チョウツガイは、丁寧ていねいにお酢盛り沢山のカゴを唐草模様からくさもようの風呂敷で包むと「ひょい」っと持ち上げた。

 まるで、発泡スチロールでできた作り物のように、軽々と持ち上げた。


「それじゃ、わたしは着替えてきます」


「わかった。俺も事務所で待っているよ」


 コトリ・チョウツガイは、ビストロたくみの非常階段のドアノブを時計回りにひねった。


 ガチャリ


 コトリ・チョウツガイは、ふたつの唐草模様からくさもようの風呂敷を持って、タンタンとリズミカルに雑居ビルの外階段を二階分降りると、メイド服のポケットから、キーホルダーを取り出した。


 キーホルダーには、デフォルメトされた真っ白な衣装の可愛らしい女性キャラクターのフィギュアが付いていた。アイドルだろうか? マイクを持っている。


 コトリ・チョウツガイは、数本の鍵の束から一本の鍵を取り出すと、ドアノブにブスリと指してひねった。


 ガチャリ


 そこは倉庫だった。いや、衣装部屋と形容したほうが良いだろうか。色とりどりの様々な衣装が並んでいた。そして、大小様々な武器が整然と並んでいた。


 コトリ・チョウツガイは、一面鏡ばりの壁の前に立った。


 そして、メイド服のエプロンをしゅるりと外した。

 つづいて、メイド服の背中のジッパーをジリリと下げてシュルリと脱いだ。

 それから、その下に着ていた真っ白なキャミソールをしゅるりと脱いだ。

 そしてそして、その下につけていた真っ白なブラジャーのホックをパチリと外してシュルリと脱いだ。

 そしてそしてそして、真っ白なショーツのサイドの紐をしゅるりとほどいた。真っ白なショーツがハラリと床に落ちた。


 コトリ・チョウツガイは、一糸まとわぬ姿になって、その場でゆっくりと回転して自分の身体をまじまじと観察した。


「うんうん、今日もスタイルバッチリや! タクミさんのお酢のおかげや! 今なら、水着の写真撮影にも、自信満々で挑める!」


 コトリ・チョウツガイは、鏡の前で形の良い胸をはってひとりごちた。そして気がついた。


「あ、この姿はちょっとマニアックすぎる……」


 コトリ・チョウツガイは、頭につけたホワイトブリムと、エナメルと靴と、くるぶし丈のレースのソックスをはぎ取ると、本当の一糸まとわぬ姿になって、いそいそと着替える服を選びはじめた。



 ガチャリ


 7階にある安楽庵あんらくあん探偵事務所の非常階段のドアのドアノブが、時計回りにひねられた。


「お待たせしました!」


 コトリ・チョウツガイは、着替えを済ませていた。着物姿だった。


 オレンジの小袖に、黄色い前掛けを合わせ、布製の手甲しゅこう脚絆きゃはんを着けていた。

 旅装束たびそうぞくたった。


 お酢盛り沢山のカゴを包んだ唐草模様からくさもようの風呂敷を背負しょい、胸には〝鯛のビール昆布締め〟と、重し代わりの〝短刀〟を入れて丁寧ていねいに包んだ唐草模様からくさもようの風呂敷をたすき掛けにしていた。


 そして、両手に〝どうのつるぎ〟と〝かわのたて〟を持っていた。いささか不釣り合いだった。

 タカカゲ・リトルリバーが住む世界では、高度な鋼の錬成技術が進んでいる。公方くぼう様よりたまわった、片刃の〝短刀〟の見事な業物わざものを見れば一目瞭然だ。


 そう、タカカゲ・リトルリバーの住む世界では、両刃の〝どうのつるぎ〟などとっくの昔に時代遅れなのだ。神話の話でしか出てこない。明らかに時代遅れの代物しろものだった。

 そして、〝かわのたて〟はもっと不釣り合いだった。タカカゲ・リトルリバーの住む世界では、刀は両手で構えて振るうのが常識だ。盾はいくさで矢や鉄砲を凌ぐ時しか用いない。


 コトリ・チョウツガイの衣装は、本当にチグハグだった。だが止むを得ない。任務に、〝かわのたて〟と〝どうのつるぎ〟は、絶対に必要だった。

 とくに、〝かわのたて〟は絶対の必需品だった。

 〝かわのたて〟がないと、こちらの世界と通信ができない。スキル〝駅馬〟でイツキ・ケブカワと交信ができない。


「悪くない。小袖が似合っている」


 タクミ・ケブカワは、短く無難に衣装をだけを褒めた。


「うん。ギリ旅芸人と認識されるはず」


 イツキ・ケブカワも、色々と酷い衣装を無難に褒めた。


「大丈夫だ。問題ない。ない。ない!」


 最後に所長のキコ・安楽庵が、とても不穏な褒め方をした。


 こんな装備で大丈夫か?


「それじゃあ、行ってきます!」


 コトリ・チョウツガイは、安楽庵あんらくあん探偵事務所の非常階段のドアのドアノブを、に回した。


 そこには、長い長い廊下が広がっていた。

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