第17話 お忍びメイドとビストロ匠

 コトリ・チョウツガイは、ニコニコしながら、床にザックリと刺さった〝短刀〟を引っこ抜いた。


「じゃあ、〝鯛のおかしら〟は、タクミさんに美味しくしてもらいます。お酢も調達しないと」


 コトリ・チョウツガイは、いかにも高価そうなエグゼクティブデスクに広げた風呂敷の上に、〝短刀〟を載せると、〝鯛のおかしら〟と一緒に丁寧につつんだ。


 そしてスタスタと歩いて、先ほど入ってきた非常階段のドアを時計回りに回した。

 外には新宿の街並みが広がっていた。

 安楽庵あんらくあん探偵事務所は、ごくごく普通の新宿の雑居ビルの7階に事務所を構えていた。



 シュシュシュシュ


 男は、ビストロの厨房で刃物を研いでいた。

 男は和食料理人の調理白衣を着た、ガタイ良く大柄な青年だった。

 そして男が研いでいるのは、両刃のバスタードソードだった。


 ガチャリ


 非定口のドアが、時計回りにひねられた。


「おつかれさまです。タクミさん」


 現れたのは、お忍びメイド服のコトリ・チョウツガイだった。

 コトリ・チョウツガイは、ビストロのカウンターに、唐草模様からくさもようの風呂敷を広げた。風呂敷の中身は〝短刀〟と〝鯛のおかしら〟だった。


「タカカゲさんから預かってきました。一週間前と同じようにお願いします」


「わかった」


 タクミと呼ばれた男は、静かに短く答えた。

 タクミと呼ばれた男は、バスタードソードを厨房に立てかけると、カウンター越しにコトリ・チョウツガイから〝短刀〟と〝鯛のおかしら〟を受け取った。

 そして慣れた手つきで、〝鯛のおかしら〟を〝短刀〟でさばきはじめた。


 男の名前は、タクミ・ケブカワ。

 嫁入り前の娘の扱いがいろいろとひどい、イツキ・ケブカワの実兄だ。


 とても名の知れた料理人で、日本一の和食料理人とうたわれたこともある。

 しかし、今はごくごく普通の新宿の雑居ビルの8階にビストロを構えていた。

 メニューは一切決まっておらず、一期一会の運任せで、手に入った食材を気まぐれに調理する。しかしその料理は全てが絶品で、全てが〝知らない味〟だった。


 タクミ・ケブカワは、瞬く間に鯛をさばくと昆布を二枚取り出した。

 さらに、冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、「プシュリ」とプルトップのフタを開けて、トクトクとボウルに注ぎ、そこに布巾ふきんをくぐらせて、ビールで湿った布巾ふきんで二枚の昆布の片面を丹念たんねんに拭いた。


 タクミ・ケブカワは、ビールの苦味が染み込んだ昆布の上に、さばいた鯛を等間隔に並べると、もう一枚の昆布で挟んでそれをラップで隙間なくピッタリと密閉した。


 すべての所作がどれも流れるように美しく、一切の無駄がなかった。


 タクミ・ケブカワは、ラップで包んだ鯛をコトリ・チョウツガイに手渡しながら話した。


「食べごろは四時間後だ。重石おもしをしたほうがいいから、上に〝短刀〟を載せておくのがちょうどいいだろう」


「はーい」


 コトリ・チョウツガイは、〝鯛のビール昆布締め〟を受け取った。


 タクミ・ケブカワは、〝短刀〟をシンクで丹念たんねんに洗うと、まっさらな布巾ふきんで拭いて、別のまっさらな布巾ふきんで包み、コトリ・チョウツガイに手渡した。


 コトリ・チョウツガイは、〝鯛のビール昆布締め〟と〝短刀〟を唐草模様からくさもようの風呂敷に丁寧ていねいに包むと、背中に背負しょった。


 そして、口を「しゅるん」とぬぐいながら、タクミ・ケブカワに尋ねた。


は? 準備できてます?」


「もちろんだ」


 タクミ・ケブカワは体を屈めると「フン」と力を込めて大きなカゴを持ち上げた。カゴの中には、なんだかお洒落な青色の瓶に入ったドリンクが大量に入っていた。お酢だった。


「待ってました!」


 コトリ・チョウツガイは、目を輝かせながらお酢の瓶を取ると、お酢のキャップを「パキリン」と開けて、腰に手を当ててゴクゴクと飲みはじめた。


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 コトリ・チョウツガイの木行ポイントが1上がった。

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「あぁ! めっちゃうまい。強烈な酸っぱさの中にも、ハッキリとしたしょぱさと、淡くピリリとした苦味が楽しめて、でもその奥にかすかに、しかしながらしっかりと輪郭の立ったコクのある酸味。やっぱりタクミさんの調合したお酢は世界一や! いや、異世界にもないから異世界とこの世界ひっくるめて一番や! 美味しさ一等賞Most Variableすばらしいおすや!」


 コトリ・チョウツガイは、タクミ・ケブカワの調合したお酢に最高の賛辞を述べながら、二本目のお酢のキャップを「パキリン」と開けて、腰に手を当ててゴクゴクと飲みはじめた。


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 コトリ・チョウツガイの木行ポイントが1上がった。

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「褒めてくれるのは嬉しいが、このペースで飲まれると、肝心の異世界に持っていけなくなる。ほどほどにしよう」


 タツミ・ケブカワは、静かに、しかし力と凄みを込めて、コトリ・チョウツガイをたしなめた。


「はーい……」


 コトリ・チョウツガイは、静かに、そして力なくしょんぼりと返事をした。

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