第16話 お忍びメイドと安楽庵探偵事務所

仔細しさいはお任せいたします。何卒」


「あんじょう、まかせてください」


 悩める男タカカゲ・リトルリバーは頭を下げると、お忍びメイドはニコニコしながら答えた。

 そして、そのままシンプルな造りの床のヘリを踏まずに歩き、部屋を出ると、スライドするドアを「そっ」ドアを閉めた。


 お忍びメイドの名前は、コトリ・チョウツガイ。


 冒険者レベル1。スマイルレベル25。装備はメイド服。そしてアイテムに〝短刀〟〝鯛のおかしら〟〝だいじな手紙〟をもっていた。


 コトリ・チョウツガイは、ニコニコしながらタカカゲ・リトルリバーの仮住まいの屋敷を出ると、すぐ横に立っているドアの前に立った。

 ドアは、ハッキリした色合いの黄色と緑のツートンカラーだった。そして額縁が備え付けられてあった。額縁の中に数字の〝15〟が書かれてあった。


 ガチャリ


 コトリ・チョウツガイは、ドアを開けて入ると、バタンとドアを閉めた。

 ハッキリとした、緑とグレーのツートンカラーのドアは、ドアが閉じた瞬間に「フッ」消え去った。


 コツコツコツ……


 コトリ・チョウツガイは、たくさんのドアが並んだ廊下を歩いていた。

 カラフルなドアは、規則正しくハッキリとした色合いのドアと、淡い色合いのドアが、交互に並んでいた。


 コツコツコツ……


 コトリ・チョウツガイは、長い長い廊下を歩き続けた。そして行き止まりにたどり着いた。行き止まりは非常ドアだった。


 コトリ・チョウツガイは、ニコニコしながら非常ドアのドアノブをに回した。


 ガチャリ


「ただいま帰りました」


 コトリ・チョウツガイはニコニコしながら部屋の中に入った。


 普通の事務所だった。至って普通に応接椅子があり、至って普通に応接机があった。そして、黒スーツで短髪をテカテカになでつけた男が、ものすごい勢いでキーボードをガチャガチャ言わせていた。


「お疲れさま、コトリちゃん」


 キーボードをガチャガチャ言わせていた男が、キーボードを叩くのを中断して言った。

 男の名前は、イツキ・ケブカワ。

 嫁入り前の娘の扱いがいろいろとひどい男だ。


 至って普通の事務所には、まだ机があった。

 それは、いかにも高価そうなエグゼクティブデスクで、いかにも高価そうなエグゼクティブチェアーに、絶世の美女が座っていた。

 グレーのストライプのスーツを着て、銀縁のメガネをかけた絶世の美女だった。


「おつかれ、おつかれ、おつかれ」


 絶世の美女は、とても珍妙にコトリ・チョウツガイをねぎらった。


「先生、おつかれさまです」


 先生と呼ばれた絶世の美女の名前は、キコ・アンラクアン。

 ここ、安楽庵あんらくあん探偵事務所の所長を務めている。


 安楽庵あんらくあん探偵事務所は、異世界の事件を専門に扱う探偵事務所だ。


 調査依頼はいろいろだ。

 この世界から、異世界に消えた人間の調査、異世界に消えてしまいそうな人間の保護。時には異世界に消えた人間を連れ戻すこともある。


 コトリ・チョウツガイも、これらの仕事に関わることもある。だが、どちらかと言えば、彼女にとってはイレギュラーの仕事だった。


 役不足だった。


 誤用、つまりは力不足という意味でも役不足だし、本当の意味、つまり、そのような任務にはもったいない人材という意味でも役不足だった。


 そう、つまりは彼女専門、彼女にしかできない任務があるのだ。


 つい一週間前、つまりタカカゲ・リトルリバーが住む世界では半年とちょっと前に行った任務も、彼女にしかできない任務だった。


 コトリ・チョウツガイは、唐草模様からくさもようの風呂敷包みを、いかにも高価そうなエグゼクティブデスクの上に広げた。そして、おもむろに〝短刀〟をつかんで、キコ・アンラクアンに突き付けた。


「それじゃ、早速やけど、これお願いします」


「了解。了解。了解」


 キコ・アンラクアンは、〝短刀〟を受け取った。


———————————————————

 推命アビリティ24。〝丁亥ひのとい〟発動。状態異常干支じょうたいいじょうえと。スキル効果を乗算に強制変換。

———————————————————


 キコ・アンラクアンは、おもむろにスーツのポケットから3個のサイコロを取り出した。


 八面体の赤い字の刻まれたサイコロと、八面体の黒い字が刻まれたサイコロと、至って普通の六面体のサイコロだった。


———————————————————

 推命アビリティ60。〝癸亥みずのとい〟発動。

 人物観察プロファイリング:鑑定方法、相術そうじゅつ

 対象、キコ・アンラクアンの本日の〝うんのよさ〟

———————————————————


 3つのサイコロはいかにも高価そうなエグゼクティブデスクの上で、てんてんと転がった。


 八面体のふたつのサイコロは、難しい漢字が刻まれた目を出した。ふつうのサイコロは「6の目」を出した。

 キコ・アンラクアンの本日の〝うんのよさ〟6。


———————————————————

 キコ・アンラクアンのスキル発動。〝干支七度巡るてんてんどんどんてんどんどん

———————————————————


 3つのサイコロは「ふわり」と浮かび、そして、てんてんと転がった。それをてんてんと7回繰り返した。


 キコ・アンラクアンの本日の〝うんのよさ〟6。

 キコ・アンラクアンの本日の〝うんのよさ〟6。

 キコ・アンラクアンの本日の〝うんのよさ〟5。

 キコ・アンラクアンの本日の〝うんのよさ〟5。

 キコ・アンラクアンの本日の〝うんのよさ〟6。

 キコ・アンラクアンの本日の〝うんのよさ〟5。

 キコ・アンラクアンの本日の〝うんのよさ〟5。


———————————————————

 〝丁亥ひのとい〟発動。加算を乗算に状態異常。

———————————————————


 キコ・アンラクアンの本日の〝うんのよさ〟810,000。


———————————————————

 推命アビリティ48。〝辛亥かのとい〟発動。

 状態異常干支じょうたいいじょうえと、装備者の〝うんのよさ〟を任意の相手に移譲。対象は〝短刀〟。

———————————————————


 キコ・アンラクアンの〝うんのよさ〟を〝短刀〟に移譲。


———————————————————

 キコ・アンラクアンのスキル発動。〝干支七度巡るてんてんどんどんてんどんどん

———————————————————


 キコ・アンラクアンの〝うんのよさ〟を〝短刀〟に移譲。

 キコ・アンラクアンの〝うんのよさ〟を〝短刀〟に移譲。

 キコ・アンラクアンの〝うんのよさ〟を〝短刀〟に移譲。

 キコ・アンラクアンの〝うんのよさ〟を〝短刀〟に移譲。

 キコ・アンラクアンの〝うんのよさ〟を〝短刀〟に移譲。

 キコ・アンラクアンの〝うんのよさ〟を〝短刀〟に移譲。

 キコ・アンラクアンの〝うんのよさ〟を〝短刀〟に移譲。


———————————————————

 〝丁亥ひのとい〟発動。加算を乗算に状態異常。

———————————————————

 とくに効果はなかった。

 とくに効果はなかった。

 とくに効果はなかった。

 とくに効果はなかった。

 とくに効果はなかった。

 とくに効果はなかった。

 とくに効果はなかった。


「うん、うん、うん、上出来。上出来」


 〝短刀〟は、〝うんのよさ〟810,000とベラボーに運が良くなった。


 キコ・アンラクアンのは、ベラボーに運が良くなった〝短刀〟を満足そうに眺めると、コトリ・チョウツガイに手渡そうとした。そして「つるりん」と手をすべらせた。


 ブスリ!


 〝短刀〟は、コトリ・チョウツガイの爪先5ミリの所で、床にザックリと突き刺さった。


 危なかった。


 〝短刀〟の〝うんのよさ〟が低かったら、あやうくコトリ・チョウツガイの足を突き刺す所だった。


「先生、ありがとうございます」


 コトリ・チョウツガイは、ニコニコしながら、床にザックリと刺さった〝短刀〟を引っこ抜いた。


 安楽庵文あんらくあん探偵事務所では、日常茶飯事の光景だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る