第5話 魔王と武闘家の娘たち

 勇者ご一行が、エルフの魔道士、ホクト・ノースポイントの死に気づいたのは、彼女が死んだ30秒後だった。そして、魔王が目覚めてキッカリ60秒後の事だった。


 気づいたのは、上半身まる裸の武闘家、タツミ・イヌウシと、下半身まる裸の武闘家、タツミ・イヌウシの言い争いが、激しくなったせいだった。


 上半身まる裸の武闘家、タツミ・イヌウシは言った。


「なによ! あんたのトロイ頭突きと後ろまわし蹴りがヒットしたのは、私が怒涛の連続攻撃で、魔王の気を引き付けていたからでしょう?」


 下半身まる裸の武闘家、タツミ・イヌウシは言い返した。


「なによ! 手数が多いだけの薄っぺらい跳びヒザ蹴りと、ヘロヘロの正拳突きなんて、ほんとんどダメージ通ってないじゃない!」


 痛い所を突かれた上半身まる裸の武闘家、タツミ・イヌウシは、頭に血が昇ってしまい、うっかり手を出してしまった。目にも止まらぬ正拳突きで、下半身まる裸の武闘家、タツミ・イヌウシをぶん殴ろうとした。


 バキイ!


 仲裁に入ったテンセン・チチュウは、109のダメージを受けた。


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 テンセン・チチュウのタツミ・イヌウシに対する〝幸運度〟が1あがった。

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 勇者テンセン・チチュウはよろけて、エルフの魔道士、ホクト・ノースポイントにぶつかった。

 エルフの魔道士、ホクト・ノースポイントは、毒蛇の血管拡張剤と、勇者テンセン・チチュウとの〝幸運値〟を貯める為、昨晩宿屋で深夜にまで及んだ、激しく肉体を酷使する行為によって疲弊しており、死後硬直が信じられない速度で進行していた。


 カチンコチンのエルフの魔道士、ホクト・ノースポイントは、そのまま彫像のように「ごちん」と倒れた。側頭部をしたたか打ちつけて倒れた。


 勇者ご一向に緊張が走った。交易ギルドの看板娘のコトリ・チョウツガイは緊張をほぐすため、お酢ドリンクをゴクゴクと飲んだ。


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 コトリ・チョウツガイは、木行もくぎょうポイントが1上がった。

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 大変な緊急事態だった。なぜなら、このパーティで蘇生を司る、推命アビリティ52〝乙卯きのとう〟を詠唱できるのは、エルフの魔道士、ホクト・ノースポイントだけだったからだ。

 蘇生どころか、回復の推命アビリティを操れる人物すら、一人もいなかった。


(余談であるが、選ばれしスキル、酸性耐性おす、めっちゃスキを持つ

コトリ・チョウツガイに限り、お酢ドリンクでHPが30回復する)


 上半身まる裸の武闘家、タツミ・イヌウシと、下半身まる裸の武闘家、タツミ・イヌウシはすぐさま魔王に対する攻撃を開始した。


 現在の魔王のHPは14640。


 上半身まる裸の武闘家、タツミ・イヌウシが正拳突きを134回ヒットさせる必要がある。

 しかし、息を吹き返した魔王は、推命アビリティ40。癸卯みずのとうを7つ発動している。HPを1秒間に244回復し続けていた。


 そして、下半身まる裸のタツミ・イヌウシの一秒間に繰り出せる正拳突きは、最大効率で3.75回。しかしこれはあくまで最大効率。戦闘体制の魔王に対しての命中率は、せいぜい63%。ダメージ期待値は240。


 詰んでいた。


 しかし今は違う、今なら、上半身まる裸のタツミ・イヌウシと協力ができる。連携プレイができる。下半身まる裸のタツミ・イヌウシの回し蹴りは、6443ダメージを与えることができる。


 上半身まる裸のタツミ・イヌウシが、怒涛の攻撃で防御を崩し、下半身まる裸のタツミ・イヌウシの回し蹴りを確実にヒットさせていく。

 自分ひとりでは敵わない相手でも、自分ふたりなら決して倒せない相手ではない。


 しかし、その慢心を、復活した魔王は見逃さなかった。控えめなアビリティを1つと、とても控えめなアビリティを1つを使用した。


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 推命アビリティ50。〝癸丑みずのとうし〟発動。

 地場ロック。対象は、下半身まる裸のタツミ・イヌウシの立ち位置半径105センチメートル。


 推命アビリティ50。〝癸丑みずのとうし〟発動。

 地場ロック。対象は、上半身まる裸のタツミ・イヌウシの右足半径15センチメートル。

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 勇者は、タツミ・イヌウシの〝幸運度〟を消費した。

 下半身まる裸のタツミ・イヌウシの身代わりに、勇者テンセン・チチュウの足元に、半径105センチメートルの小さな沼地が出来た。勇者は胸まで埋まり、沈んだ瞬間に沼地が「パキリン」と凍りついた。


 上半身まる裸のタツミ・イヌウシの右足に小さな小さな沼地を作り、足首が沈んだ瞬間に「パキリン」と凍りついた。


 勇者、テンセン・チチュウは、またも判断を誤った。護る相手を誤った。

 勇者は、上半身まる裸のタツミ・イヌウシを護るべきだった。


 魔王は、ひかえめな推命アビリティを5つ発動した。


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 推命アビリティ21。〝甲申きのえさる〟発動。

 かまいたち発動。対象は、上半身まる裸のタツミ・イヌウシの右手首。


 推命アビリティ21。〝甲申きのえさる〟発動。

 かまいたち発動。対象は、上半身まる裸のタツミ・イヌウシの左足首。


 推命アビリティ21。〝甲申きのえさる〟発動。

 かまいたち発動。対象は、上半身まる裸のタツミ・イヌウシの首。


 推命アビリティ21。〝甲申きのえさる〟発動。

 かまいたち発動。対象は、上半身まる裸のタツミ・イヌウシの首。


 推命アビリティ21。〝甲申きのえさる〟発動。

 かまいたち発動。対象は、勇者テンセン・チチュウの首。


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 目覚めた魔王から、5つのかまいたちが、唸りをあげて放たれた。


 身動きを取ることができない、上半身まる裸の武闘家の娘、タツミ・イヌウシは、4つのかまいたちによって、右手首を斬り落とされ、左足首を斬り落とされ、首の丁度ちょうど半分を切り裂かれ、4つ目のかまいたちによって、首の残り半分を丁寧ていねいに切り落とされた。


 そして、5つ目のかまいたちは、勇者テンセン・チチュウの首の丁度ちょうど半分を切り裂いた。


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 〝四墓土局タイムズスクエア〟発動。

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「いやぁあああああ!」


 下半身まる裸の、タツミ・イヌウシは、無残に惨殺された自分と、致命的なダメージを受けた勇者を見て、叫び声をあげた。


 上半身まる裸で右手首、左足首、そして首を斬り落とされた武闘家の娘、タツミ・イヌウシは、左足を凍った沼地に取られた足を、どうにか引っこ抜こうともがいた、たったひとつだけ、自由に動く左手で思い切りふんばって、凍った沼地から右足を引きり出そうと足掻あがいた。だが、無理だった。4秒の間、ただただ、凍った沼地に沈められた右足の為に、もがきながら絶望しながら息絶えた。


 上半身まる裸の武闘家の娘、タツミ・イヌウシの絶命後、左足を凍った沼地は、音もなく「すっ」と消え去った。


 目覚めた魔王の推命アビリティは、とても控えめだ。

 しかし、目覚めた魔王の魔力は、人類の8倍だった。


 美しいツノにより、人類の2倍の魔力を持つ魔族の出身で、かつそのツノを2本体内に宿し、その体内で2本のツノは永遠に結ばれていた。

 そんじょそこらの、ただれた肉体関係の繋がりではなく、プラトニックでイノセントな精神的な硬い絆で融合していた。カッチカチだった。


 半熟の味付けたまごのような、ぬるま湯や醤油出汁しょうゆだしにヌルヌルとひたっている関係ではない、熱い地熱でグラグラと煮えたぎる堅ゆでたまごのように、ふたりの絆はカッチカチだった。ハードボイルドだった。

 そして、そんな堅ゆでたまごのような理論によって、目覚めた魔王の魔力は、常識を遥かに超える8倍もの魔力を有していた。


 目覚めた魔王にとっては、とても控えめな推命アビリティであっても、人類にとっては驚異だった。

 武闘の達人だった所で、身体能力が4倍になった所で、所詮は人類の、しかも左腕しか万全ではない状態の、上半身まる裸の武闘家の娘、タツミ・イヌウシでは、目覚めた魔王のとても控えめな推命アビリティを破ることはできなかった。


 勇者テンセン・チチュウは、本当に判断を誤った。致命的な二択の選択ミスを行った。

 見捨てる相手を、下半身まる裸の武闘家のタツミ・イヌウシにしておけば良かった。


 下半身まる裸の武闘家のタツミ・イヌウシには、推命アビリティ35〝戊戌つちのえいぬ〟の効果があった。身体硬度が二倍になっていた。

 その頑丈な身体なら、控えめな威力のかまいたちの刃を、耐えうることができたものを。

 

 そして、上半身まる裸のタツミ・イヌウシは、には、推命アビリティ57〝庚申かのえさる〟の効果があった。身体速度が二倍になっていた。

 その身軽な身体で、控えめな速度のかまいたちの刃なら、避け切ることができたっものを。


 勇者テンセン・チチュウは、目覚めた魔王との、50%の賭けに敗北した。結果、愛する武闘家の娘、上半身まる裸のタツミ・イヌウシを無残に刻み殺され、自身も胸から下を凍った沼に沈められ、首を半分切られてグラングランになっていた。


 交易ギルドの看板娘のコトリ・チョウツガイは、なんとか平静を保っていた。スマイルレベル23は伊達ではない。大抵のお客様トラブルは、ニコニコしながら対処できる。だが、さすがに今回の案件はキツかった。


 交易ギルドの看板娘のコトリ・チョウツガイは、冷静さを取り戻すために、お酢ドリンクを両手に持ってゴクゴクと飲んだ。


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 コトリ・チョウツガイは、木行もくぎょうポイントが2上がった。

 (現在、累計で木行もくぎょうポイント+9上昇)

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