第3話 魔王と彼女

 魔王は走馬灯を見ていた。魔王は少年だった。


 少年は花畑に大好きな彼女と、のんびりと空を見ていた。流れる雲を見ていた。

 流れる雲を見ていた彼女が言った。


「あ、あの雲、一角獣ユニコーンみたい」


 彼女は空を指差した。魔王は彼女を横顔を見た。

 ひたい、つまりオデコから、十五センチほどの、真っ白な美しい一本のツノが生えていた。


 少年と彼女は魔族だった。オデコから一本のツノが生え、白髪と白い目をした美しい魔族だった。

 少年たちの種族は、人間、そしてそのほかの亜人族よりも圧倒的に人数が少ない。すなわち、〝絶滅危惧種〟だった。


 少年たちの種族が〝絶滅危惧種〟となった理由はたったひとつ。乱獲だ。

 額のツノが万病に効くと言われていた。

 真偽の程は不明だ。だが、少年とその彼女たちの種族が高い魔力を誇っていたことが、信憑性を高めていた。



 悲劇は突然やってきた。花畑に、彼女の死体が転がっていた。盗賊の仕業だった。

 頭蓋骨をかち割られ、美しいツノを引きずり出されていた。そして衣服が乱れていた。

 つまり彼女は、美しいツノを奪われるついでに、大切な命と可憐な貞操を奪われたのだ。


 少年の理性は吹き飛んだ。正気を失うには充分な動機だった。世界を滅ぼすには充分すぎる動機だった。


 この瞬間、少年は魔王になった。


 魔王は、まず最初に、彼女を花畑に埋めた。

 魔王は、墓標にやさしくキスをすると、ひたいのツノを根元から「バキリ」と折った。そしてバリバリと食すと、ひたいをバンダナで隠し、里山から街へと降りていった。


 彼女のツノは、盗賊に売り飛ばされていた。

 彼女のツノは、キッチリと1グラム単位で均等に7等分されて、裕福な人々の手に渡っていた。


 魔王は七つに別れた彼女を取り戻した。


 1つ目は、闇夜に紛れて邸宅に忍び込んで取り戻した。そして彼女を食べた。

 2つ目は、力ずくで取り戻した。そして彼女を食べた。

 3つ目は、良い投資があると、奸計に落として取り戻した。そして彼女を食べた。

 4つ目は、持ち主が婦人だったので、恋に落として取り戻した。そして彼女を食べた。

 5つ目は、金にモノを言わせて取り戻した。そして彼女を食べた。

 6つ目は、すでに食べられてしまっていたので、彼女を捕食した人物を、骨ひとつ残らず食い殺した。

 7つ目は、善良な医師に、さらに7つに小さく切り分けられて、貧しく病弱な7人の善良な市民の命を救っていたので、魔王は貧しいけれども健康になった、7人の善良な市民を骨ひとつ残らず食い殺した。


 彼女を完全に取り戻した魔王は、彼女のツノと命と貞操を奪った盗賊を、丁寧ていねいに7等分して、さらにそのうちの一欠片を、もう一度丁寧ていねいに7等分して、海にばらまき魚の餌にした。


 彼女の復讐を遂げた魔王は、ようやく救われた。奪われた彼女を食し、完全にひとつになった。


 ・

 ・

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 そう、魔王は、彼女と完全にひとつになっていた。

 つまりは、魔王は命をふたつ宿していた。少年と少女のふたつを宿していた。

 少年が息絶えた時、少女は目覚めた。


 そして、目覚めた瞬間に、愛する少年が事切れたのを知った。


 少女の理性は吹き飛んだ。正気を失うには充分な動機だった。世界を滅ぼすには充分すぎる動機だった。


 この瞬間、少女は魔王になった。

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