6.アンストッパブル・モンスター

 そしていくつかの時が過ぎ去り――決戦の日がやってきた。


 ――エメラルド・グリーンのカラスは紅レンガ倉庫の上に降り立ち、感情のない瞳で俺たちを睥睨していた。


「ジェニー・ウォーカーは橙の袈裟オレンジ・ドレスに昇格した後、持ち前の頭脳を生かし救済教会ヴァ・ジラヤッテの勢力図拡大に貢献してくれた。

 ヴォルカリリスは戦闘狂の才を発揮し、威力統治者フェルト・イェーガーとして個性派ぞろいの深紅の袈裟レッド・ドレスたちを統治してくれた。

 すべては順調に進んでいた。だが、全ては失われた。夢のようにライク・ア・ドリーム魔法のようにライク・ア・マジック


 黒死病のマスク、シルクハット、タキシード――そして両手には、雄々しく反り返った蛮族鉈ククリ・ブレイド狂人を思わせる出で立ちクレイジー・アトモスフィア。只者の風格ではない。


「これ以上、悲しみを連鎖させるわけにはいかない。よって救済ワタシが来た――救済教会ヴァ・ジラヤッテ教師教導師マスター・オブ・グランドマスターたる救済ワタシがキミたちを導いてやろう!」


「ようやくラスボスのお出ましか? やれやれだぜ」


「ああ、主要な幹部連中はすべて殺した。残るはヤツだけだ。救済教会ヴァ・ジラヤッテは実質的な解散に追い込まれ、薬物の供給量は眼に見えて減るだろう」


「負けられないゼ」


 俺は軽反動全自動掃射砲インスタント・ガトリングガンを、ゴリラは拳を構えて紅レンガ倉庫の上を見据えた――だがそこにはもう、エメラルド・グリーンのカラスはいなかった。


「遅いですねぇ!」


 足元からカラスの鳴き声――蛮族鉈ククリ・ブレイドが舞い踊る! 俺は咄嗟に反応できず、足から力が抜け、だらしなく地面に転んでしまう。ゴリラも同様に、何が起こったのか分からないような顔をして地面に転がっていた。


「足の腱を斬らせていただきました……キミたちにはぜひ救済ワタシの話を聞いてもらいたい!」


 カラス蛮族鉈ククリ・ブレイドを収納する代わりに、一本の注射を取り出した。


「この世は悲しみに満ち溢れている! 人はいつどんな時でも怒り、嘆き、そして争う運命にある。どれだけ世の中が平和でも、これは決して変わらない不文律なのだ。喜びがある限り悲しみが生まれ、争いはいつも些細な怒りによって起こり、欲望は決して満たされず、ちっぽけな嘆きに振り回される……分かるかい? 生というのは、地獄なんだ」


 喧しいビー・クワイエット

 お前はコウノトリに義務教育を教わってこなかったのか?


「人類はどうしようもなく救えないのか? 否! 全員が甘い夢に浸かってしまえば解決するんだよ! すごいだろう!? さぁ、みんなで甘い夢を見よう! 辛いことも苦しいことも悲しいことも全部全部忘れて、天国ヘブンズゲートドライブっちゃおう! 私たちは皆同じ人間なのだから、全員で幸せになろうじゃないか!」


「……救えねぇキャント・サルヴァーレ。とんだクソ野郎マザー〇ァッカーだぜ」


「耳を貸すなアキハル。この男は狂人クレイジーだ」


「さぁ! キミたちにも一度味わってほしい! 救済ワタシが独自に調合したスペシャルかつハイエンドな味わいを! どんな高潔な人間でもたちまち堕落するぞ~! 政治家も、町長も、警視総監も、最高裁判官も! そうやって私は太陽愚裏羅サン・グリラという楽園アンダーグラウンドを築き上げたのだ! さぁキミたちもレッツイニシエーション!」


 エメラルド・グリーンのカラスが注射を手に近寄ってくる。相当に興奮しているらしく、黒死病のマスクはヨダレでグチャグチャになっていた。


 ――そうやってすぐ回りが見えなくなるから、足元を掬われる。


「死ねぇェェェェェェッッ!!」


「オゴァーーーッッ!?」


 俺は渾身の一撃ハイパー・ストレートカラスチンに叩き込んだ。まさか俺が立ち上がると思っていなかったのだろう、カラスはそのまま三メートルほど吹き飛んだ挙句、紅レンガに激突して情けない声を上げた。


「バ、馬鹿な。救済ワタシは確かに両足の腱を切断したはず。なぜ動ける!?」


「俺は足じゃなく魂で立ってアンストッパブル・モンスターなんだよ、分かるか?」


「とてもコワイ。キミは狂っている」


 カラスは震え上がり、その場から逃げようとしたがすかさずゴリラに拘束された。どうやらヤツも、腱を破壊された程度では止まらないアンストッパブル・モンスターらしい。

 俺は地面に転がった注射を拾い上げ、カラスの元に歩み寄った。


「どんな高潔な人間だろうと堕落するんだったか?」


「やめろォ! やめてくれェ! 救済ワタシドライブってしまったら誰がみんなを救うんだ!? まだこの国は指導者を必要としているのだ!」


いい夢見ろよグッナイベイビーマザー〇ァッカー


「や、やめ……オゴゴゴ!? なんということだ!? あれは金色のピラミッド!?  聴こえる、聴こえるぞ! 救済ワタシにも天国ヘブンズゲートの鐘の音が! 戦乙女ヴァルキュリアは最初から私の耳元で歌っていたのだ! ハハハ……そうか! 黄金郷エルドラドの地図はそんなところに隠されていたのかァァァァァ!」


 カラスは狂ったように走り去って、紅レンガ倉庫の向こう側に広がる海に着水、そのままどこかへ泳ぎ去っていった。俺はその背中をめがけて、ありったけの軽反動全自動掃射砲インスタント・ガトリングガンを叩む。飛沫スプラッシュが消え去る頃には、暗い色の水が海に浮かんだ。そして、それきりだった。


因果応報Karma is go around


 ゴリラの呟きが、夜の帳に吸い込まれて消えた。

 夢のようにライク・ア・ドリーム魔法のようにライク・ア・マジック


ノット・メランコリー最高にイイ気分だゼ」


 俺は死んじまったカラスにクソったれの祈りを捧げた。


 そして、壊れたペンダントブロウクン・アミュレットを握りしめながらルーシー・ストライクを二本ダブルで吸った。

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