5.モチベイション・モチベイション

「私の故郷のジャングルは、大麻の製造工場乱立ブロッコリー・ファクトリーと、その焼失バニシングによって取り返しが付かないダメージを負った。私は思った……人間は愚かだと。森と共に、罪のない命が数え切れないほど失われていった。思い上がった人間に制裁ジャッジメントを――因果応報を与えなければいけない。

 私は森の意志を体現すべく、すべての人間を抹殺するためにこの街へとやってきた。だが、すぐにそれは間違いだったと気が付かされた。アキハル。君が私を変えたのだ」


 白い袈裟ホワイト・ドレスの死体を燃やしながら、ゴリラは訥々とつとつと語った。


「すべての人間が薬物の誘惑に屈し、堕落と悪の道を歩んでいるわけではない。君のように強靭な意志で誘惑を断絶し戦う人間がいる。それは希望であり、絶やしてはいけない光のようにも思えるのだ……」


 俺は半分くらい何を言っているのか分からなかった。なんでゴリラが人間より難しいこと言ってんだよ。クレイジーおかしいだろ。コカインでもキメてんのか?


「お前はなんのために戦う? アキハル」


「俺か? ……俺はダニーボーイなのサ」


 ようやくシンプルな話になってきた。手は自然と、壊れたペンダントブロウクン・アミュレットを握りしめていた。

 とても悲しいことがあった。だがそれは遠い昔の日のことだ。確かにそこには何かがあった。だが今は復讐の炎リベンジ・オブ・ファイアが揺らめくだけだ。


 メリー、メリー。遠い日の名前マントラめいたスペルを唱える。

 魔法のようにライク・ア・マジック夢のようにライク・ア・ドリーム


「知ってるだろ、湾岸戦争バトル・オブ・モンゴル・ウォー。俺は帰還兵ダニーボーイなんだよ。十年も前に終わった戦争のな」


湾岸戦争バトル・オブ・モンゴル・ウォー


 ゴリラは深いため息と共に、思慮深い横顔を覗かせる。


「酷い戦争だった。私の生まれ故郷カントリーもナパーム弾で燃やされた」


「ああそうだ。思い出すだけで胸糞が悪くなる戦争だった。俺は拉致同然で恋人メリーと引き離された挙句、泥まみれのAKだけ支給され戦場に送られた。いつ死んでもおかしくない状況下では、モルヒネとガトリング砲の乱射トリガーハッピーだけが癒しだった」


「その時に負った言語障害が……今でも?」


「いや。これは素の俺トゥルーだ」


「失礼。話の腰を折ったようだ」


「気にすんな。……そしてようやく戦争が終わったと思ったら――待っていたのはオーバードーズした恋人メリーだったってわけさ。傑作だろ? 最愛の人に逢えない寂しさを薬物で誤魔化していたのは俺だけじゃなかったってワケだ」


 メランコリーだゼ。忌まわしい記憶パンドラを開けるからこんな気分になる。俺はルーシー・ストライクを三本トリプルで吸った。


「そう、つまり……癇癪かんしゃくを起しているのサ」


 もしこの世に薬物が存在しなければ、今とは違った人生を歩んでいたかもしれない。或いは薬物に負けない強靭な精神タフなメンタルがあれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。

 だが、どちらの未来も俺の元に訪れなかった。

 世界はクソったれで運命はカス。とんだ世界フェイク・ワールド堕とされちまったもんフォーリンダウンだぜ。


「それで救済教会ヴァ・ジラヤッテを目の敵にしているのか」


「ああ。俺は薬物の無い世界トゥルー・ワールド創造つくる……だが、それでは野蛮な略奪者バンディットと何も変わらない。だから俺のサウンドで、誰も彼も夢中にさせたいのサ……」


 俺はギターの弦をはじいた。ロクに勉強もしていないから、どの音が出ているのかも分からない。だが、必要なのは知識タクティクスではない。指が動くままにサウンドを乗せるのが肝要だ。


「そのまま一曲、歌ってくれないか」


 俺は小さく頷いて、脳内で浮かべた即興のリリックを星座のように繋げてみた。


 必要なのはサウンドだ。そいつが俺を正しさトゥルーへと導いてくれる。


「それでは聞いてください。曖昧な感情と自由律俳句アンヴィバレント・ブルース……」


 夜の静寂サイレント・ナイト死体の煙デス・スモークに、ツギハギだらけの旋律ジグソー・リリック踊って消えるロストダンス


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