第1話 ティア

目を覚ます。

四肢が固定され、今はまさにファラオみたいな格好で謎のケースに磔にされている。透明なケースの中で口にはマスク、厳重な事だ。

「やぁ起きたかね?」

目の前に車椅子の初老の男、クラウス。

「あぁ、そのままだと声も出せないか、今マスクを外そう」

クラウスが手元にあったカードをなにか機械に通しボタンを押すとマスクがとかれる。

「……今のお前は本体か?」

「残念、私は用心深くてね。だがそうだな、せっかく私のモルモットになるんだ少しご褒美をあげよう」

そう言ってクラウスはまた気色の悪い笑みを浮かべる。悪意を持って弱者を嬲る顔だ。

「ここは私の数少ない研究施設の1つでね、主に研究内容としては人造人間の製造と能力の定着だ。ただ前者の方はともかく後者の方はなかなか難しくてね……失敗ばかりだよ」

「……その一環で俺の街も潰したのか」

「ははは、まぁそうだね。けど君は人間の醜悪さを知っているだろう?結果的に君のえーと、『あれ』はなんてよぶんだい?まぁ先代かあれを殺したのも別の街の人間だろう?」

ガンッ!と額を透明なケースに打ち付けた。

「お前がっ!そう仕組んだんだろ!!それ以上あの人を愚弄するな!」

クラウスは楽しそうに言葉を続ける、もう黙ってくれと叫びたかった。

「知らないよ、私はただ実験をしていただけだ、あの場で誰が死のうと関係なかった。けどまぁおかげで面白いものが見れたのは確かだね。あれも君のために力なんて使わなきゃ、もっと長く生きれただろうに」

今この手が自由なら、今この手に銃があれば、今目の前にこいつの本体がいるなら、どんな手を使ってでも殺してやるのに。

ギリギリと歯を食いしばる、落ち着け、焦りは全ての思考を鈍らせる、そう教わったのだから。

「そういえばね、君がこのケースから出る時正式な手順を踏まないと施設内のサンプルの首輪がランダムで爆発するようになっているんだ。無垢な少年少女を殺したくなかったら大人しくしていてくれ、まぁ無理だろうけどね」

頭が真っ白になった。

今こいつ……何を言った?

「お前……」

「あぁ、質問は受け付けないよ?」

口に再びマスクが付けられる。

「っ〜〜!!!」

暴れたくても暴れられず、口も動かせず、ただ敗北感と憤りが全身を浸す。

「じゃあ、とりあえず血をギリギリまで抜かしてもらうよ」

腕に鋭い痛みが走り、血が抜かれていく。

頭がふらつき脳に酸素が行かなくなる。

意識を失う一歩手前まで血を抜かれてぐったりと頭を傾ける。

こいつらの目的はなんだ。世界の意思はこいつらをこいつを危険だと警鐘を鳴らした。確かにこいつは危険だ、間違いなく世界を混乱に陥れる。けど何が目的だ。もしテロ的な世界の変革を望むならきっともうできる。もし無差別な混乱が目的でも同じだ、もしそうならこの世界はとっくに負けてる。けどそうじゃない、なら一体何が……。目眩が酷い、体を動かせない不快感がいっそう強く感じる。

ふらつく視界の隅であいつの顔だけがハッキリと象を結ぶ。

だけどそれもすぐに揺らいでやがて意識を失った。



施設の人が何やら忙しそうにし始めたのは2日くらい前、いつもは私の身の回りを世話していた人でさえあんまり構ってくれなくなった。

そんなことに少し腹を立てた私は施設を探検してみることにした。改めてこの施設がすごく広いことを知る。私たちが自由に歩いていいと言われていた場所は施設の半分もなかった。外にも出れるけど高い塀に阻まれてそこから外には出たことは無い。

ドクターに怒られるのは怖いけど、それでも好奇心が勝ってしまい施設の立ち入り禁止エリアに足を踏み込む。

「わぁ……!」

そこはまさに未知の世界だった。

本で読んだモンスターの研究所みたいな、カプセルに入ったモンスターみたいな目玉や見たことも無い獣、怖さは好奇心の前ではスパイスに変わりずんずんと進んでいった。

やがて突き当たりに着き、その横の扉から話し声が聞こえた、耳をすまして見てもよく聞こえず、少し迷ったがさらに隣の鍵の空いてる部屋に入って耳をすまして見る。

「……みは……るほ……らし……」

やっぱりよく聞こえない、けれどドクターの声だということは分かった。

やがて、隣の部屋が開く音と共にカツンカツンと足音が遠ざかっていく。

足音が聞こえなくなってから部屋から出て隣の部屋を見る。

……鍵が空いていた。

少し悩み、しかし好奇心が勝ってしまう。怒られたら謝ろうと勝手に自分を納得させて部屋に入る。

薄暗い部屋の中に人が一人いた。

絶句した、だって……そこにいた彼は道中に見た怪物たちと同じように、いやそれよりも酷い状態で捉えられていたからだ。

ドクターは私を救ってくれた。私の村が疫病で滅びて、みんな化け物になった時に助けてくれた。私に勉強を教えてくれる施設に案内してくれて、疫病にかからないためのワクチンも打ってくれた、一緒に助けて貰った人達はワクチンが適合しなかったとかでもういないけど、それでも辛い治療の時間もそばにいてくれた。

けれど、これは……

そのケースの中に捕らえられた少年はパチリと目を開け、一瞬こちらを鋭い目で見た後に驚きと戸惑いが滲み出る。

よく見ると口元が縛られていて話せなくなっていた。

彼は何なのだろう、もしかしたらすごく危険なのかもしれない、けれど……そう感じないのは私がおかしいのだろうか。

彼の前の機械を見る、見たこともないし使い方も分からない、それに多分勝手に使ったら怒られる。けど、どうしとも彼と話がしたい。そんな気がした。

「えーと、あ、これかな?」

押したスイッチが正解だったみたいで彼の口を覆っていたマスクが外された。

「えっと……聞こえてるのかな?」

「……君は……どうしてここに?」

その人の声は機械に通しても疲弊に満ちていた。そしてこの質問は……。

「それはえっと、私がここの施設にいるわけのこと?それとも部屋のこと?」

「……どっちも」

なんの意図があるのだろう。

「私は疫病で滅んだ村から救ってもらったのそれからはここで生活してる、今はえーっとちょっと冒険中!」

彼は少し顔をしかめたあと、そっかと笑った。

笑えるんだと言う思考が端に出てきて初めて分かった。この人は紛うことなき人間だ。

「あなたはなんでここにいるの?」

その言葉にまた悲しそうな顔になる、けれどその答えが帰ってくることは無かった。

「何をしているんだい?」

後ろからの声に慌てて後ろをむくとそこにはいつもの笑顔のドクターが立っていた。

けれど何故だろう、いつもの笑顔のはずなのに暗さのせいか、圧というか少し汗が出てくる。

「ダメじゃないかリリア、ここは立ち入り禁止区域だよ」

そういつもの優しい口調で言う。

「で、でもドクター、この人なんでこんなところにいるの?」

その言葉にドクターは表情を変えずに答えた。

「それはこれが人じゃないからさ、ただのモルモットだよ」

そういうやいなや何かわからないボタンを押す。途端に彼が入っていた水槽のようなものが赤く染った。遅れて彼の四肢から生えてる管から血が吹き出しているのだとわかった。

「ぎっ!ぁぁぁあああああ!!!!」

「なっ、やめて!」

「やめる?意味が無いだろう、これは私や私の部下以外との接触を避けなければならないんだ、さ君ももう帰りなさい、今回は許すけど次はないよ」

そう、張り付いただけの笑顔をうかべるドクターに私は無言でうなづいて直ぐに来た道をもどる、か細く息を吐きながら、さっきのドクターを思い浮かべる、あれはいまさっきのあの人は母様が話してくれた悪魔に笑って人をさらう悪魔によく似ていた。

「あの人……」

そして私は見逃さなかった、あの人がドクターに見つかった直後に口だけで声に出さずに何かを伝えようとしていた……あれは

「に げ て……?」

それが意味することはなんなのだろうか、この施設から?それともあの場から?……それとももっと大きい何かから?

少しの寒気を背中に感じながら、私は急いでいつもの、兄の元へと向かった。



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