初めてアレを見られる話
(────まさかここまで爆睡するとは)
摩美が映画のクライマックスから眠り始めて数時間、夜の七時になり猛は困り果てていた。
最初は背負って帰ろうとしたが、無防備な摩美の太腿を他の男に見せたく無い独占欲と、勝手に背負って身体に触れたら摩美は怒るのでは無いか、と不安になり起きるのを待っていた。
(────────────と、思っているようですね)
しかし摩美は既に目を覚ましていた。つまり狸寝入り、寝ている事で猛にもたれ掛かっても問題ない、寝ているのだから猛に密着して匂いを堪能しても問題ない、心配する猛をよそに摩美は堪能していた。
(しかし好都合、何故かはわかりませんが家から遠い映画館を選んでくれたおかげでこのまま遅延をしていれば帰れなくなった大義名分で二人でホテルに泊まることができますね)
(流石に起こすか、これ以上はマズイ)
猛は摩美を揺さぶる。しかし意地でも狸寝入りをすると決めた摩美は見事な寝たふりでそれを無視する。
「タクシーを呼ぶか……だけどこっからだと家まで遠いしな、泊まった方が安いか? 」
(そうです! ホテルを選ぶのです!! )
「おや、珍しい人に会ったな」
「坂部さん! 」
(──────チッ、邪魔が入った)
猛が坂部と呼んだ男──かつて猛が通っていた空手道場の師範の一人だ。
「若いってのは羨ましいね、二人はデートかい? 」
「先生もお若いでしょうに、まぁ……はい」
「しかし彼女が寝るなんてどんな映画を観たんだい? 」
「ショットガン忍者とバニーガール」
「馬鹿か君は!? 」
(よかった。この人の感性はまともです)
「カップルで観る映画では無いだろう」
「────カッ」
(カップル!? )
「嘆かわしい、僕の生徒でこれほどダメだった子はいないよ」
「先生、空手の時より厳しい事言うのやめてくださいよ」
「教育者としてはいけないかもしれないが────やむを得ないな、猛、君はこれから帰りかね? 」
「は、はい……ただ摩美はご覧の通りぐっすりですし、家まで遠いのでどこかホテルでも探そうかと」
「────うむ、それでいい、車を出してくるついでに知り合いのホテルに連絡をしてみよう、彼女を連れて降りてきなさい」
「バイク派の先生が車を……!? 」
「はは、少しね」
「いや、何にせよありがとうございます! 」
この時猛は冷静に考えるべきだった。坂部と言う男は師範達の中で一番若く、適当で、他人をからかうのが好きだった事を
「────あああぁぁぁぁ!! あのアホめええぇぇぇ!! 」
猛は"ホテル"の前で膝をついて項垂れる。途中から狸寝入りをやめた摩美は窓の外の景色を見てこうなる事を予測できたので嬉しそうに笑っていた。
「まぁ、仕方ありませんね、幸い無人ですし、ここならば他の人と会う事は無い場所ですし」
「だけどマズイでしょうが」
「──私は、いいですよ」
「なっ」
「小五までは同じお風呂に入った仲、無防備に眠る私に悪戯もしない、何よりこれから二人で暮らすのにホテルの同じ部屋で泊まることに何の躊躇いがありますか」
「……だってさ」
「ほら入りますよ、私は早くシャワーを浴びたいのです」
「ま、待てって! 」
手早く済ませて猛を連れて部屋に入る摩美、扉の鍵を閉めると一気にサキュバスの力を解放した。
「ん?どうした摩美、急に黙り込んで」
「少し緊張しているだけですよ、背徳感でゾクゾクします」
「そうか……」
観念した猛はベッドに腰を下ろし
「──────ハァ」
重い、重いため息を吐いた。
「風呂沸かしてきますね」
(冷静だなぁ)
自分がよほど異性として見られていないのか、それとも自分が意識し過ぎているのか、頭の中でぐるぐると考え込み、猛は横になりながら天井を見上げる。
「──────猛? 」
「うわっ! 」
「そんなに驚く事はないでしょう、さっきから風呂が沸いたと言っているのに」
「ご、ごめん」
「……もしかして、私とここにいる事に緊張しているのですか? 」
「悪いかよ」
吐き捨てるように言う猛を愛おしそうに摩美は撫でる。
「まさか、私ほどのスタイル抜群な美少女と"ここ"にいるのに緊張しないなんて、よほど異性として見られていないのかと思うところでした」
「……腹立つな、そのにやにや顔」
「他の誰にも見せない表情です。レアでしょう?」
恥ずかしくなって来た猛は起き上がる。
「風呂入って来る」
「少し待ってください」
「────なっ」
「しっかり洗ってきてくださいね、私達はまだ子供ですけど"ここ"では特にそうするのがベターですから」
◇
(────未熟ッ! 未熟千万ッ!! )
浴室の壁に何度も頭をぶつけて冷静になろうとする猛、しかし鼓動は早くなる一方、冷水を浴びても尚興奮は治らない
「……くそ」
必死に落ち着こうとする。しかし摩美に抱きつかれた感触と耳元で囁かれた言葉が何回も繰り返されるのだ。
「くふっ、くふふふふ」
猛は知らなかった。ガラス張りの風呂場はマジックミラーで外側から見ることが出来ることを、必死に鎮めようとしたモノはすでに摩美の記憶とスマホに刻まれていた。
「夢の中で見慣れたつもりでしたが実物はまた違いますねぇ……スーパーで発情がおさまらなくなりますよ、節分とかもう猛の日にした方がいいですね」
興奮のあまり意味不明な事を言いながら嬉しそうに足をバタつかせ、落ち込む猛を愛おしそうに見つめる。
「おや、もう出て来るようですね」
何事も無かったかのように座り直すと、備え付けのバスローブを身に纏った猛が出てきた。
「新しい家の風呂、ここより少し小さいくらいだわ」
「そうですか」
足取り軽く風呂場に入った摩美に猛は首を傾げた。風呂の広さに浮かれるようなタイプだったかな?と疑問を浮かべると素っ裸の摩美の姿にベッドから転がり落ちた。そして頭をよぎる──もしかしてアレを見られた?
その答えは、風呂上がりの摩美の「どうでしたか?」の一言で理解し、枕に顔を埋める猛を摩美は慰めていた。
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