専属メイドの一日は長い

 オルガ姫様の専属メイドとなった初日。

 私は支給された支度着に問題がないか姿見の前で確認を行う。

 黒を基調とした制服で、長く黒いスカートと長袖の袖部分の端に金の刺繍が施されている。

 流石金糸城の制服です。たとえメイドであっても金の刺繍があるなんて贅沢な作り。

 エプロンはとてもシンプルで腰から下に下がるタイプのものだった。フリルのような華々しい飾りがないのが有難い。ドナーズ家ではミラルダ様の趣味でフリルのついた制服でした……辛かった……


 黒髪に地味な顔のためか華やかな服が苦手なので、こうした金糸城のメイド服は有難いです。

 

 更に支給されていたメイド道具をポケットに一部仕舞い込み私は扉を開けた。

 最初のうちは迷うだろうからと、サイラスさんに地図を頂いている。こちらは覚え次第すぐに返却するように言われているため、とにかく必死で覚える。

 他のメイドの方とも顔を合わせる機会はあるものの、オルガ姫の専属となると管轄が全く違うようで接する機会はほとんどない。ついでに制服も少しだけ違っている。どちらかといえば王城のメイドの方が可愛らしいメイド服だったので、姫の専属であることを少しだけ感謝した。


 地図の通りに向かったオルガ様の部屋は北の塔にある。先日謁見した塔と同じことから、彼女の住まいは北の塔なのだと分かる。

 ようやく辿り着いた部屋の前に立ち、戸を叩く。


「おはようございます、マリアです」


 声をあげて名乗る。

 すると暫くして鈴の音が聞こえる。

 「入室許可」の合図だ。


 昨日、サイラスさんから地図と共に説明を受けたのがこの鈴の合図だった。


『姫の部屋に入室する時は名乗ってから合図を待つように。合図は呼び鈴の音で分かる。鳴らない場合は暫く待ってくれ。暫く待っても鳴らないのであればもう一度名乗り確認を取るように』


 サイラスさんの説明通り、呼び鈴が鳴ったので私はそっと扉を開いた。


 中はとてもシンプルなデザインをした部屋だった。

 モノトーンな色彩のカーペットにカーテン、寝台の色合いも若い女性というよりも落ち着いた大人の雰囲気を思わせる。

 部屋の中央にオルガ様が立っていらっしゃった。

 こちらを見つめて優雅に微笑んでくださっていた。

 今日もお美しいです。


「おはようございます。お支度は……既に済ませられていたのですね」


 朝だというのにオルガ様は支度も化粧も完璧な状態でいらっしゃった。

 本来であればメイドが手伝うべきだというのに。


「オルガ? 彼女もう来ちゃった?」


 すると、隣の部屋から女性が入ってきた。

 まさか別に人が居たなんて思わなかったので驚いた。

 更に驚いたのは、その女性もまた金の髪をしていたこと、そして青色の瞳をしていたことだった。

 長い金の髪と青色の瞳から王族の血縁者であることが分かり、私は慌てて頭を下げた。


「貴方がマリアさんね。初めまして、私はレスティ・カルデルクス・テーランド。オルガの従妹にあたるわ」


 レスティ・カルデルクス・テーランドの名前は私でも知っている。王兄殿下の長女だったはず。

 従妹ということもあってオルガ様によく似ていらっしゃる。

 ただ瞳の色はオルガ様よりも灰色の掛かった色のようです。


「初めてお目にかかります。私はマリア・テレーズ・ウェンゼルと申します。本日よりオルガ姫様の専属メイドとして勤めさせて頂きます」

「オルガから聞いているわ。今日は貴方に会いたくていつもより早めに来たの」


 私に会いに?

 何故?


 全て顔に出していたようで、オルガ様が困った様子をしつつレスティ様にメモを渡された。

 一読すると「そうね」と一言、レスティ様がオルガ様に返事をする。


「まずはひと息つくとしましょう。マリアさん、お茶を淹れて下さる?」

「かしこまりました。ご希望はございますか?」

「ミルクたっぷりの甘い紅茶で。オルガはいつもの?」


 オルガ様が頷く。


「オルガにはハーブティーをよろしくね」

「かしこまりました」





 オルガ様はハーブティがお好きらしい。

 オルガ様の私室にあった専用のお茶置き場にはハーブと合わせた茶葉が多くあった。

 こうして小さくも専用のお茶用スペースを作るのは、北の塔という場所が他の場所より遠いことと、毒を盛られないようにすることが多い。

 一体どちらでしょう……


 お湯だけはこの場で用いることは出来ないものの、どうやらいつも常備されているらしく精巧な陶器ポットに入ったお茶をカップに注ぐ。

 必要な分だけ茶葉を揃えている間にもお二人は会話をなさっているらしくレスティ様の声だけが小さく聞こえてくる。


「機嫌がいいのはそういうことだったのね…………ええ? そうじゃないの?」


 筆談と口頭の間を置いた会話は慣れた様子で時々レスティ様の笑い声が聞こえてくる。

 お茶の用意が出来たところでお二人の前にそれぞれお茶を用意する。


「良い香り。淹れ方が上手ね」

「恐れ入ります」


 優雅にカップを手に取り香りを楽しんでいらしたレスティ様から褒めて頂けた。どうやら及第点のようです。

 給仕を終えたので壁に立っていようと思って後ろへ下がろうと思ったけれど。


 レスティ様の、手袋で包まれた優雅な手が「こちらへおいで」とばかりに揺れている。


「貴方もここに座って。話があるの」

「え?」


 レスティ様が正面、向かいにはオルガ様。

 その間に私に座ってと?


 恐れ多いけれど、その有無を言わせぬ圧力は何でしょうかね……

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クビになったメイドはお姫様(♂)の専属メイドになりました あかこ @akako760

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