声をなくしたカナリアは
話すことが出来ない。
そう言われても私にはまだ信じられなかった。
美しいお姿で佇むオルガ姫は穏やかな笑みで私を見つめて下さっている。
その唇から漏れる声はきっとカナリアのように美しい声色だと思っていた。
「公の場で姫が言葉を発する機会は与えないよう国王が決断している。なので知る者は一部の貴族か、姫に仕える者だけに限られている」
「そのような大事なことを私に話してよろしいのですか?」
「ハルド様の推薦だからな」
改めてこの場にいないハルドさんを思い出す。
彼は私が想像もしないほどに位が高い方なのかもしれない。
実際、彼は王族に連なる者しか宿さない青色の瞳の持ち主。恐らく本来は気軽にお話しすることも出来ないような立場の方なのかもしれません。
来てしまったからには腹を括ろう。
私は改めて姫様に顔を向けた。
「大変失礼致しました。改めましてマリアと申します。伯爵家の家に生まれましたが事情があり家を出ております。三年ほど男爵家にてメイドとして勤めておりました。紹介状はございません。縁あってハルド様より姫様のメイドとして紹介頂きました」
私が姫様に対して今すべきことは彼女メイドとして相応しいか見て頂くこと。
「ロメド語とアゼンバイルド公国語は分かります。その他家庭教師の真似事もしておりました。姫をお守りできるような力はございませんが、姫様の手助けが出来るよう努力して参りたいと思っております」
私という人物を一気に説明した。少し息を整えつつオルガ姫を見つめていると、彼女は手元から小さな紙を取り出して書き始めた。
そして書き終えると手を差し出し、いつの間にか近づいていたサイラスさんがそれを受け取られ、代わりに読んで下さった。
「年齢は幾つですか」
「二十一です」
それからまた書いて。
「婚約や結婚相手は?」
「どちらもおりません」
「家族に事情は説明していますか」
「家族とは疎遠のため連絡をするつもりはございません」
少し考えて姫様が他より長い文を書かれた。
読み上げるサイラスさんも受け取った紙の内容に少しだけ眉を顰める。
「……命の危険に巻き込まれることがあるかもしれません。私は護衛を信じております。貴方は怖くありませんか? もし、怖いのであれば無理強いは出来ません」
命の危険。
「恐ろしいですね。ですが、たとえ姫様のメイドではなくて何処か違う場所で働いたとしても、常に危険はあります。私の考えでは、その危険の度合いに差はあれど、いつか必ず人は死ぬのですから。であれば私自身が悔いのない場所で命を落としたいです」
まあ、いきなり連れてこられた姫様のメイド業に後悔があるかは難しいところですが。
けれど。
「今まで生きてきて、私の命を心配して下さったのは家族を除いて姫様が初めてでした。そんなお優しい貴方の元で働くことは、きっと私にとって不幸なことではないでしょう」
死んで欲しいとか、いらないとか、嫌いだとかは言われてきたけれど。
よく考えれば心配してくれる人なんていなかった。
オルガ姫は優しい方なのですね。
「ありがとうございます、姫様。私のような立場の者も心配して下さり感謝致します。今のお言葉で私も迷いは消えました。ぜひ、姫様の専属メイドとして雇って頂けませんでしょうか」
この優しい姫様の元で働いてみたい。
私はそう考えるようになっていた。
その想いが伝わったのか、紙に書いていた手を止めて、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
面接が終わりました。
また元いた部屋に戻されています。
面接の後、姫様からも快い返事を頂けたので、後は事務的な手続きが必要になるそうです。
今日から城内に住まいを用意するからとサイラスさんも部屋まで案内して下さった後、何処かに行ってしまいました。
一人残された私は柔らかなソファの上でようやく一息つくことができた。
想像以上に緊張していたらしい。
「はあ…………」
急にドッと訪れる疲労に全身から力が抜けていく。
オルガ姫は本当に美しい方だった。
年齢は確か十六歳で、そろそろ婚約の相手を決めなければならないという。
私が嫁ぐまでの間、どうか付き合って。
彼女自身が書いたメモを渡され、そう書かれていた。
綺麗な細い文字から伝わるオルガ姫の願いに応えないなんて選択肢はなく。
私はオルガ姫様の専属メイドになった。
「……実感ありませんね」
怒涛すぎる日々は目まぐるしく、ドナーズの屋敷にいて静かに過ごしてきた日々とは大違いすぎて。
ついていけるでしょうか……
疲れが訪れてきた体は休むことを求め。
私はそのままソファに座りながらうたた寝の世界に誘われていた。
ノックの音が聞こえた気がするのですが。
これはもう、夢でしょうかね……
ーーーーーーーーーーーーーーー
「マリアさん? いないの?」
部屋に戻ったはずだったのに、部屋から彼女の返事は無い。
少しばかり心配になり、もう一度名前を呼んだ上で失礼ながら扉を開けさせてもらった。
後ろから「ハルド様……」と、不快そうな声をあげているサイラスの事は気にしない。
マリアさんはソファに座ったまま眠っていた。
いつも表情が固い彼女だったけれど、眠っている間は年齢よりも幼く見える。
「寝ちゃってた」
「ご婦人の寝顔を覗くことは不敬ですよ」
サイラスは遠慮して扉の前で立っているけれど僕は気にせず彼女を覗き込む。
マリアさん。
宿で見かけた時から気になる女性。
無表情だと冷たい印象にも見えるけれど、彼女はそんな性格ではない。喜怒哀楽が結構はっきりと出す可愛らしい女性だった。
それでいて賢い。
僕がそこがお気に入りだ。
「オルガのことをよろしくね」
僕は起こさないよう、眠る彼女にかかる前髪を優しく掬った。
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